第83話 有名人の目的


 「……店先で何をやっとるんじゃ貴様は」


 外人さんを引き剥がそうと格闘していると、店舗のガラス戸が開いたのだが……黒い靄が濃過ぎて霧姉の姿が見えねぇ!


 「ま、待て霧姉! 誤解だ! 俺は被害者だ!」

 「被害者が頬に口紅着けて鼻の下伸ばすか馬鹿タレが」


 霧姉の声のトーンが死を予感させる程低い。

 こりゃもう駄目だな……と人生を諦めかけていると、霧姉に掛かっていた黒い靄が何故か突然フッと消し飛んだ。


 「ジュ……ジュ、ジュディー! ジュディーだ!」


 ジュディ? この外人さん、霧姉の知り合いなのか?


 「Oh-! しょうばいじょうずサーン! はじめましテー!」

 「初めましてー! スゲー、本物だー!」 


 ジュディと呼ばれた外人さんは、俺から離れて霧姉と普通のハグをしている。

 ……知り合い、というよりも有名人なのか?


 「雄ちゃん、ジュディーだぞ!」

 「知らねぇよ、誰だよ。教えてくれよ」

 「馬鹿! 見た事あるだろ?」


 いや、ねぇよ。――と思ったけど、改めてジュディーさんの容姿を見ると……確かにこの顔、大きな青い瞳、艶やかな唇、何処かで見覚えがある。

 俺がまじまじと眺めていると、ジュディーさんがちょっと照れた様子でポージングしてくれた。


 ……思い出した。スタジアムだ。堀切スタジアムの外だ。

 巨大なパネル写真で二丁のハンドガンを構えていた女性だ。


 「思い出したか? 彼女はデュアルパイソンの二つ名で知られている、若手ゾンビハンターで人気ナンバーワンのジュディーだ」

 「へー。……でもその人気選手が、こんな場所に何の用事があるんだ?」

 「そりゃー……なんだろう? ジュディー、今日はどういった要件だったのだ?」


 ジュディーさんはポージングを解くと、俺の肘にするりと腕を絡めて来た。


 「ハイ! ミッケルのキーホルダーとユウマをもらいにきまシター!」


 右肘がグッと締め付けられた。

 はぇ? 何言ってんだ?


 「ユウマはわたしのパートナーにぴったりデス! しょうばいじょうずサン、ユウマをわたしにくだサイ!」


 更に右肘がキリキリと締め付けられる。……痛い。

 全然関係ないけど『パートナー』の部分の発音だけ、すげぇネイティブだ。


 「うーん、ミッケルのキーホルダーは販売出来るけど、雄ちゃんは売り物じゃないしなー」

 「わたしとユウマがパートナーをくめば、こわいものなしデス! わたしがゾンビをたおして、ユウマがウォーターウェポンとおたからをみつけマス! すぐにワールドチャンピオンになれマース! ねーユ・ウ・マ」


 ……パートナーって、ゾンビハントのって事かよ。

 勘違させる言い方するんじゃねぇよ。

 パートナーってのは、ランキング戦でそういう試合があるって事なんだろう。

 ジュディーさんが隣で俺の顔をジッと見つめている。

 甘い香水の香りと肘に当たる感触に釣られて、どうしても意識はジュディーさんに向いてしまうのだが、ここはとにかく無視だ。また霧姉に『鼻の下伸ばしてからに!』と言われてしまう。


 「いやージュディーのお願いでも流石にそれは聞けないよ。雄ちゃんは選手権で優勝しないといけないからさー」

 「だいじょうぶデース! いそぎまセン! こんどのしあいでゆうしょうしてむかえにきマス! ねーユウマ、いいデショ?」

 「よくねぇよ。何で選手権が終わってからも試合に出なきゃなんねぇんだよ」


 優勝賞金で借金返済して終わりに決まってるだろ。

 こんな馬鹿げたデスゲーム、ずっと出ていられるかっての。


 「へ? ユウマはせんしゅけんがおわれば、しあいにでないのデスか?」

 「当たり前だ」

 「Oh-もったいないデス! ユウマのさいのうはオンリーワンデスよ? すぐにSSSランクにあがれマスよ?」

 「あのさジュディー、雄ちゃんは工場の借金返済の為に選手権に出場しているのだ。賞金が出たら二度と試合には出ないと思うぞ?」

 「そう……デスか」


 ジュディーさんは俺に視線を固定させたまま、何やら考え込んでいる様子が声のトーンから感じられる。


 「わかりまシタ。ではせんしゅけんでゆうしょうできなかったトキは、むかえにきてもいいってことデスね?」

 「モチロンだ! その時は雄ちゃんの事、よろしく頼むよ!」

 「をい! 勝手に決めるな馬鹿!」

 「馬鹿は雄ちゃんだ。これでウチの工場は絶対に潰れないって決まったようなものじゃないか! ウェーイ!」


 ウェーイ! じゃねぇよ。

 工場を存続させる事しか頭にねぇのかよ!


 確かに万が一優勝出来なかった場合は、他所で金策しなきゃなんねぇんだけどよ。

 俺の意思とか……あるわけねぇか。強制だよな。

 霧姉がここまで工場は潰れないと言い切るって事は、ジュディーさんは凄い選手なんだろうな。


 「ありがとうございマース! きょうはミッケルのキーホルダーだけいただいてかえりマース!」

 「はぁい、持って来るからちょっと待ってて下さぁい」


 霧姉は店の奥、工場の方へと駆けて行った。


 「ユウマ、ユウマ!」

 「な、何だよ」


 俺の腕を抱えて離さないジュディーさん。


 「せんしゅけんでゾンビにかまれてはだめデスよ?」

 「言われなくても分かってるよ。死にたくねぇからな」

 「ユウマとみずきしょうてんのことは、わたしがぜったいにまもりマス!」


 どうやってだよ。

 もしかして店の商品全部買ってくれたりするのか? 

 有名人みたいだし……荷物を見る限り、お金持ってそうだしな。


 「ふたりでトップハンターをめざしまショー!」


 ……ランキング戦に出ましょうねって事か。

 それにしても明るい人だな。





 霧姉を待っていると、黒塗りの巨大な高級車が店の前までやって来た。

 どうやらジュディーさんのお迎えみたいで、ミッケルのキーホルダーを持って来た霧姉と何やらやり取りを交わした後、後部座席に乗り込んで帰って行った。


 「まさか今日ジュディーに会えるとは思わなかったぞ」

 「有名人みたいだしな」

 「そういう意味じゃない。彼女は昨日退院したばかりなのだ」

 「へ? そうなのか?」


 元気そうに見えたけど。実は病気なのか? 


 「今朝の新聞の事で彩芽が『スーパースターが大怪我から復帰する』って言っていただろ? あれはジュディーの事だ」 

 「そんな事言ってたか? 全然怪我していた風には見えなかったぞ?」

 「滋賀県の病院で長い間入院していたからな。彩芽が『SSランクのランキング戦でジャイアントノーズを三体出した』って言っていたのを覚えているか?」

 「ああ、朝の話だろ? 確か人気選手達が全滅寸前まで追い込まれたってヤツだよな」

 「そうだ。その時に生き残ったのがジュディーだけだったのだ。あの試合でジュディーはジャイアントノーズの強烈な一撃を真面にくらって、瀕死の重傷を負ったのだ」


 全然そんな風には見えなかった。

 しかもそんな大怪我をして、またゾンビハントに戻ろうと思えるって凄いな。


 「その一撃でジュディーは吹き飛ばされて琵琶湖に落水。故意に琵琶湖に入ったわけじゃないからただの失格で終わったけど、顔面がぐちゃぐちゃになる程の重症だったそうだぞ」

 「……って事は、ジュディーは整形美人なのか?」

 「馬鹿。彼女は元から美人だぞ。スタジアムに飾られている巨大パネルは、怪我する前の写真だからな」


 そういう事か。元通り綺麗に治してもらったのか。

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