第82話 訪問者


 「おや? 雄磨君知らなかったのですか? 新聞に載っていましたよ?」


 田井中のオヤジが入院したってところしか読んでなかった。

 校門前で待ち構えていた女子達が獰猛な肉食獣へと変化していたのは、俺がSSランクに昇格したからか。 


 「今日は大きなニュースが沢山出ていましたよ。田井中氏の入院や私達樫高の滋賀県大会優勝、それに日本人高校生史上初のSSランカー誕生。更にはスーパースターが大怪我から復帰を――」


 瑠城さんが熱く語り始めたところで、朝礼十分前のチャイムが鳴ったのでみんなで部室を後にした。






 放課後――


 篠を連れて部室に向かおうとしたのだが、篠の姿が何処にも見当たらねぇ。

 クラスメート達に囲まれている間に、先に一人で向かったのか?


 ……無事に部室まで辿り着けるのだろうか? 


 『デデッデッデデーデデッデッデデー……』


 そんな事を考えていると携帯に着信が入った。……霧姉からだ。


 『ああ、雄ちゃんか? 今日は一足先に鏡ちゃんと家に戻ってるから』

 「おい。今朝瑠城さんに気を引き締めて行こうって言われたとこじゃねぇか」

 『彩芽には雄ちゃんから上手く話しておいてくれ! じゃあな。ブツッ、ツ――』


 ……切りやがった。なんて勝手な部長だ。

 しかも自分が怒られるのが嫌だから、俺から瑠城さんに説明させるつもりだな。

 篠も一緒みたいだけど……工場絡みなのか?


 仕方なく一人で部室に向かうと、ゾンビハンター部部室のドアの前で、瑠城さんがポツンと佇んでいた。


 「どうしたんだ? 中に入らねぇのか?」

 「部室が乗っ取られてしまいました」

 「……は? 何言ってんだよ。誰にだよ?」


 ガラガラ……


 瑠城さんと話していると部室のドアが開いた。

 部室から出て来たのは……八幡西高校の制服姿のアキちゃん。


 「今日からこの場所はウチと師匠のウォーターウェポン研究室になりました。以降は関係者以外の立ち入りを禁止させて頂きます。では――」


 ガラガラ……


 「待てーい!」


 では、じゃねぇよ!

 閉まるドアに足先と指先を捻じ込んで、強引にドアをこじ開けた。


 ……さ、更に荷物が増えている。


 部室内で真っ先に目に付いたのが、ドアのすぐ傍に置かれている巨大な段ボール箱。

 一人では抱えられない程の大きさなんだが、一体何が入っているんだ?


 異様な雰囲気の部室の奥では、作業に没頭している泉さんと、アキちゃんと同じ制服を着た女子が三人。

 その三人は泉さんの作業を見学しながら瞳を輝かせている。

 あのちょっとオタクっぽいのがウォーターウェポン部の連中か。


 何故彼女達はHRホームルームが終わってすぐ部室に駆け付けた俺達よりも、先に来られたんだ?

 学校を早退して来たのだろうか……。


 「……水亀さんもう宜しいですか? 非常に忙しいんですけど?」

 「はい……ごめんなさい」 


 不気味に光を放つ眼鏡のレンズの奥から、鋭く睨むアキちゃんの迫力にビビっている間に、部室のドアはガラガラと閉められてしまった。

 アキちゃん怖いよ。


 「……ね? 乗っ取られたでしょ?」


 瑠城さんもちょっと怯えている様子なので、俺と同じくアキちゃんに睨まれたのだろう。

 霧姉が居ねぇと分が悪い。アキちゃん達が明日も来るなら、霧姉に追い出してもらおう。

 今日は俺と瑠城さんしかいないので、このままウェイトリフティング部にお邪魔する事にした。







 筋トレを済ませて自宅の玄関先まで戻ると、工場に併設された狭い店舗の方から微かに声が届いて来た。


 「ごめんクダサーイ! ごめんクダサーイ!」


 女子の声っぽいんだけど、オヤジも霧姉も居ねぇのか?

 体中痛くてあんまり動きたくねぇんだけど……しょうがねぇ。


 「ごめんクダサーイ! ごめんクダサーイ!」


 外から回って応対に向かうと、クリクリとパーマの掛かったブロンドヘアーが腰の辺りまで伸びている若い外人さんが、自動ドアの前に立つようにして店舗のガラス戸の前で叫んでいた。

 真っ赤なシャツの袖を腕まくりしていて、ホットパンツにニーハイブーツという、暑いんだか寒いんだかよく分からない服装の女性なのだが、流石外人さん。スタイルが滅茶苦茶良い。

 足は長くて腰はギュッとくびれていて胸も大きい。

 ブーツにホットパンツという組み合わせで、真っ白な太股が際立っている。何だこのけしからん生き物は。

 足もとに置いてある俺でも知っている高級ブランドのキャリーケースには、つばの広いブラウンのテンガロンハットが引っ掛けてある。 


 カウボーイ? カウガール? そんな感じでファッションをコーディネイトしているのか? 


 「あ……っと、日本語通じますか?」


 夕日に映えるブロンドヘアーをふわりと揺らし、女性がこちらに振り返った。

 スッと鼻筋の通った、驚く程小顔の美人さんだ。


 「もちろ――!!」 


 俺と目が合った後、青い瞳をぱちくりさせている。

 身長が俺と同じくらいあって、整った容姿で凄く大人びて見えるのだが……年齢は不詳。

 外人さんだから大人っぽく見えても実際には若いのかも。

 ほんのりと化粧が施されているので二十歳だと言われれば二十歳に見えるけど、表情は幼く見えるし……二十五歳? 十五歳? さっぱり分からん。


 「ユ、ユウマ! ユウマー!」


 凄く嬉しそうに両腕を大きく広げて近寄って来た。

 ハグしましょう的な感じだ。

 俺を知っているって事は、ゾンビハントのファンか何かか?

 学校でもこういう人達は多いので、俺もすんなりとハグを受け入れる体勢に入る。


 「ど、どうも……」

 「ユウマー! あいたかったデース!」


 ……全然ハグじゃなかった。

 首に両腕を回してがっしりと抱き締められて、右の頬に柔らかい感触がチュッチュと当たっている。


 「ちょっ――何してんだよ! 離れ――」


 強引に引き剥がそうにも、見た目からは想像出来ない程力が強い。

 どうなってんだ? 霧姉と同じ人種か?

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