番外編 伊富貴里依奈


 やった……やったわ!

 上手く切り抜けられたわ!


 いくら競技中だと言っても、数で束になって襲い掛かられたら太刀打ち出来ない。

 それに馬鹿力の商売上手に殴られでもすれば、ペシャンコにされてしまうわ。



 将来芸能界入りを目指していた私にとって、龍一君の存在は有難かった。

 龍一君と一緒に居るだけでメディアへの露出は増えるし、おかげで様々なコネクションも築けたわ。

 出来れば今後も一緒に活動して、色々と利用させて欲しかったけど……彼、やられちゃったのよね。

 ちょっと残念だけど感謝しなきゃ。

 彼のおかげで地位も名誉も手に入れる事が出来たのだから!


 高校生で初めてSSSランクのゾンビを倒した女性。

 私が……私が高校生トップのゾンビハンターよ!


 一体どれ程の注目を集めるのかしら!

 ウフフ、記者達に囲まれる自分を想像しただけで口もとが緩んでしまうわ。




 明るい将来に夢を膨らませながら漁業センターに戻ると、信じられない光景が目に飛び込んで来た。


 「ガハッ…… グッ……くそ」


 右腕を失った龍一君が漁船のコックピットから転がり出て、船上で苦しそうにもがいていた。

 信じられない!

 まさか、あんなに吹き飛ばされて生きているだなんて!


 「だ、大丈夫なの龍一君!」

 「!! ……り、里依奈……か? たすけて……くれ」

 「ま、待ってて! すぐそっちに行くから!」


 船を数隻飛び移り、龍一君のもとへと駆け付ける。

 全身傷だらけで、特に右腕からの出血が酷い。

 でもこのくらいの怪我なら大丈夫。すぐに良くなるわ。

 特に龍一君の場合、滋賀県の名医達が挙って治しに来てくれるでしょうし。


 「ガラス片が沢山刺さっているわ。今は痛いでしょうけど、もう少しだけ我慢しててよね。すぐに迎えの船が到着するから」

 「オヤジの……オヤジの力さえあれば、何とかしてくれる……ぐっ……」

 「……そうね。でも先にお医者様に見てもらいましょうね」


 ……この人はいつもそう。

 オヤジ、オヤジさえ居れば、オヤジの力で、オヤジに頼めば……。

 この人個人には何もない。


 でもそんな彼でも、元通り元気になってくれれば幾らでも利用価値はある。

 その為にもこのまま死なせるわけにはいかないわ。


 左肩を担いで船を降り、なんとか桟橋まで辿り着いたところで力尽きた。

 男の人って重いのよね。船の搭乗口付近に寝転がすので精一杯だったわ。

 血で真っ赤に染まった龍一君のシャツを引き千切り、止血の為に右腕の残っている部分をきつく縛り上げた。


 「うう……里依奈、すまない……すまない」

 「何言ってるのよ? ウフフ、普段はそんな事言わないでしょ。そうだ、私あのゾンビ倒したのよ! 滋賀県大会決勝戦は私達の勝利よ?」

 「……そうか。……そうか」


 少し意識が朦朧としているみたいね。

 なるべく話し掛け続けた方がいいのかしら?


 「……ひとりに……ひとりに、しないで……くれ」

 「もう、するわけないでしょ? ……そうだ、この端末で私達のポイントが確認出来るよ?」


 残された龍一君の左腕に装着された端末を操作する。


 「ホラホラ、見て? 私達一万五千ポイントだって!」

 「うぅ…… ウゥゥ……」

 「ちょっと、大丈夫なの? 意識をしっかり――」


 端末の操作を終了させる間際、とんでもない文字が見えた……気がする。

 慌ててもう一度端末を起動させる。

 出来れば見間違いであって欲しい。


 『田井中龍一 死亡』


 見間違いじゃなかった。

 って事は――


 「!! 龍一君、あなた噛まれて――」

 「ゥガアァーー!」


 龍一君から離れようとしたまさにその瞬間、近距離から飛び掛かられて、桟橋に押し倒された。


 「ぐっ……うぅ」


 頭も強く打ったみたいで、キーンという音が耳の奥に劈き視界が少し歪む。

 脳からの命令が体に上手く伝わらない。

 目の前の男は目を血走らせて、白い歯を剥き出しにしている。

 体は押さえ付けられていて上手く身動きが取れない。


 早く……この人を始末しない……と!


 しかし今自分が置かれている状況に愕然とした。


 反撃しようにも私は水着姿。

 ミストアーマーすら着用していなかった。

 そういやたった一つのウォーターウェポンも、止めを刺した後に投げ付けてしまったっけ……。


 ハハ、試合中に何を一人で浮かれていたんだろう、私。


 視界から男の顔がフッと消えると、首筋に激痛が走った。

 ガフガフと言葉を発しながら、私を貪り食っている……みたい。


 寒くなって……来た。

 ああ、こんな……こんなはずじゃなかった……のになぁ。


 ホントこの人……大切な事は全然言わ……ない。


 最後にどうしても……これだけはどうしても……あなたに言っておきたい事があるの。

 ずっと……思っていた……事。

 ガフガフ言っているけど……あなた、この距離でも……口臭が……ひど。

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