第73話 抜け駆け?
「シャ……シャァァ」
「ウフフ、なかなかしぶといですね。そういう子、大好きですよ」
瑠城さん、いい加減止めを刺して戻って来てくれねぇかな?
他校の部員達もちょっと引いてるぞ?
そんな事を思い始めた頃、漸く瑠城さんがこっちに戻って来てくれた。
「……弾がなくなってしまいました」
「薬莢があれだけしかねぇって説明聞いてただろ? それなのに無駄撃ちばっかりして! 長い牙を狙い撃ちしたり、ピアスの穴みたいなの開けていた事、ここからでも見えていたぞ!」
「あ……やっぱり分かっちゃいました?」
ったく、ゾンビの事になると人が変わり過ぎるだろ!
「そうだぞ彩芽。私みたいにサッと終わらせてすぐに戻って来ないと駄目だぞ」
「霧姉はすぐに戻って来過ぎだ馬鹿。タンク部分が壊れるから注意しろって言われてただろうが! 何だよ一発って!」
「いやー、まさかバベルタイプがあんなに柔いとは思わなかったのだ」
「グラウンドに穴開ける勢いで振り下ろしてんじゃねぇよ!」
どいつもこいつもどうしようもねぇな。
……なんて偉そうな事を言っている俺だが、実はここで見ていただけで何もしてねぇ。
一番どうしようもねぇのは俺だったりするんだよな……。
「二刀乱舞さん! 止めを刺してくれるかー!」
ナーガ改バベルタイプの体を切り刻んでいた篠は……あれ? 無理らしい。
二本のセイバーで頭上に『×』を作っている。
そんな変な使い方していないで、一旦戻って来てくれるか?
戻って来る最中に落っことしたポーチに気付き、首を傾げながらスカートのポケットに仕舞っていた。
……残念、破れているのはそっちのポケット側じゃなくて、逆なんだよ。
「水切れです。給水して下さい」
「お、おぅ。でもその前にコレ――」
水亀商店Tシャツを脱いで篠に手渡した。
篠が怪我するといけねぇから、キーホルダーの類は先に外しておいた。
「ど、どどうしたの? こ、こんなの貰ってもどうすれば――」
「あのよ、非常に言いづらいんだけどよ……」
「は、はい……」
「スカートの横、破けているから隠すのにそのTシャツ使ってくれ」
「……ふぇ?」
篠はそろりと手を伸ばして、スカートの破れた部分を確認すると動きが固まってしまった。
ストライプ柄の何だかんだがチョットだけ見えてしまっていたから……な。
「……もう、お嫁に行けない」
俺のTシャツを腰に巻いた篠は、その場で屈み込んでしまった。
どよーんとした空気を醸し出していて、止めを刺してくれとお願い出来る雰囲気じゃねぇ。
「あのー、ナーガ改バベルタイプはもう虫の息だと思うのですが、止めは刺さないのですか?」
俺達が止めも刺さずにチンタラチンタラと長引かせてしまっているから、南彦根高校の部長さんが様子を伺いに駆け寄って来てくれた。
部長さんの言う通り、ナーガ改バベルタイプは全身をズタボロにされて反撃する力は微塵も残ってなさそう。
「シャァ…… シャァ……」
瑠城さんに眉間をぶち抜かれても尚、力なく苦しそうに呼吸しながら巨体を横たわらせている。
「どうしたのですか?」
各校の部員達も集まって来てくれた。
「止めを刺したいのはやまやまなんだが、部員達のウォーターウェポンがこんな状態で……」
「では自分のウォーターウェポンを渡しますので、これで止めを刺して来て下さい。トッププロ達でも勝てるかどうかと噂されていたナーガ改バベルタイプを、まさか圧倒してしまうとは恐れ入りました。今回の試合、我々の完敗です。素直に勝ちを譲りますよ」
「我々もです。これから毎日練習に励んで、次こそは樫高のみなさんと勝負が出来るように力を付けて来ます」
「全国制覇の夢は後輩達に託します!」
みんなからの祝福ムードの中、霧姉が受け取ったウォーターウェポンを持って止めを刺しに行こうとした、まさにその時。
「シャァ……」
小さな呻き声を最後に全く動かなくなってしまったナーガ改バベルタイプ。
だらりと伸びきった舌の傍で、長く赤茶色い髪の人物がウォーターウェポンをぶっ放して止めを刺していた。
「死ね! 死ねー!」
カチッカチッカチッ!
ウォーターウェポンのタンクが空になるまで攻撃を続けた様子で、最後には狙撃銃をナーガ改バベルタイプの鼻面に向かって投げ付けていた。
「やった……やったわ!
一人大はしゃぎなのは……ド派手な水着姿の伊富貴さん。
「SS――いえ、SSSでのランクインだって夢じゃない! 富も……地位も名誉も全てこの手に! ……ハハ、アハハハーー!」
狂ったように笑い始めた。
……こっちは全然笑い事じゃねぇ。嘘だろ……おい!
「き、霧姉、ポイントはどうなってる?」
「……八幡西に一万五千ポイントが加算されている。私が油断したからだ……。すまない」
「霧奈さんの所為ではありませんよ! ううっ……私が、私がすぐに止めを刺していればこんな事には――」
責任を感じてしまっているのか、瑠城さんが今にも泣き出しそうだ。
でも決して瑠城さんの所為ではない。
誰の所為かと言われれば、油断してしまって周囲をしっかりと確認していなかった……俺の所為だ。
ここで見ていただけのクセによ、くそっ!
「ちょっとキミ! 勝利は樫高に譲るという約束だったじゃないか!」
「そうだ! 命を助けて貰って抜け駆けするなんて、この恩知らずの卑怯者め!」
「アハハー! 何とでも言いなさよ。そこでワンワン吠えているのが負け犬達にはお似合いよ!」
伊富貴さんと各校の部長さん達の言い争いが始まった。
「約束? はぁ? なにそれ? 私はそんな約束してませんけどー?」
「な……」
「樫高のみなさーん。私、そんな約束しましたっけ? していませんよねー?」
ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべている伊富貴。
確かに彼女とは約束を交わしていねぇが……今すぐぶん殴って黙らせてやりたい。
「選手権で協力だ約束だと甘ったるい事言っているから負けるんですよー! アハハー!」
その場に居る誰もが怒りを堪えるのに必死で、今すぐ飛び掛かりたい気持ちを拳を握り締めて押さえ付けている。
「Sランクの
これでもかという程嫌味を振り撒いた後、伊富貴は一人で沖ノノ島漁港へと帰って行った。
「あの、本当にスイマセン、スイマセン」
「まさかあんな事をするだなんて――」
俺達の前で何度も頭を下げているのは、八幡西のまいさんと麻美さん。
「私達も頑張って彼女を押さえ付けていたのですが、振り切られてしまって……。流石に彼女の態度には共感出来ません」
「あの雰囲気の中で手柄を横取りするなんて。世間から何て言われるか考えただけでもゾッとします」
この二人は伊富貴とは違い、約束を交わしていなくても止めを刺すつもりはなかったみたいだ。
「……我々は決勝戦敗退だ。みんな、申し訳ない」
霧姉は左腕の端末を外し、地面に叩きつけてしまった。
予選敗退……。
全てお終いで……一家離散、か。
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