第72話 樫高総力戦
水亀商店Tシャツに制服のスカート。
風寅のお面を装着した篠が中心となって、樫高の作戦会議が行われている。
さっきみんなの前でゾンビの特徴を話した時にも思ったけど、篠は凄く成長しているよ、うん。
ナーガ改バベルタイプは泉さんの不意打ちを受けた事で、俺達にターゲットを絞った様子。
じわりと態勢を整え睨みつけるとこちらに向かって来た。
「みなさん、今から攻撃を控えて下さい! 蒸気で鎌の出どころが見えにくくなります! 合図するまで待機で!」
「「「「はい!」」」」
瑠城さんは指示を出しつつ、手早くリズミカルに弾を装填する。
命拾いした南彦根高校のみんなは、南彦根高校のみんなは湖南中央高校の部員達と共に学校校舎側へと避難していた。
「水亀君……」
先頭に立つ篠がゆっくりと振り返った。
「私、本気出すから見ててね」
「お、おう」
篠は背中のリュックを降ろし、二本の改良型セイバーにスイッチを入れると、ナーガ改バベルタイプに向かって走り出した。
風寅のお面の向こう側で、篠が笑ったように見えた。
今からあんなバケモノに立ち向かって行くっていうのに……。
気を付けてとか、頑張れとか、篠を勇気付けられるような気の利いた事を言えば良かった。
なんだよ『お、おう』って。
情けねぇ駄目な男だな、俺。
無事に篠が戻って来た時には、恥ずかしがらずにきちんと褒めるなり、礼を言うなり……出来るだろうか?
ツインテールを靡かせて突き進む篠の姿勢は低い。
二本の改良型セイバーを逆手に握り、一直線にナーガ改バベルタイプに向かって行く。
「シャァーー!」
そんな篠を敵だと認識したのか、ナーガ改バベルタイプは牙を剥き出しにして威嚇するとその場で動きを止めた。
そして先程同様右腕の鎌を大きく振りかぶり始めた。
「篠! 危ねぇー!」
俺の声は届かなかったのか、篠は止まろうとも逃げようともしない。
いよいよナーガ改バベルタイプの大鎌が大気を切り裂き始めたのだが、それでも篠は避ける気配すら見せない。
斬られる!
誰もがそう思った瞬間、篠は低い姿勢のままほんの頭一つ分、更に身を屈めただけで大鎌の横薙ぎ一閃を見事に躱して見せた。
その際靡いていたツインテールの先、数センチだけがはらりと宙を舞う。
「「「ぅおーーー!」」」
「ぅぉほぉー!」
あまりのギリギリすれすれっぷりに、俺や各校の部員達から思わず声が漏れる。
ナーガ改バベルタイプの体は、大鎌を振った勢いそのまま、左側に大きく流れてしまっている。
チャンスだと思い一段ギアを上げたのか、篠の突進スピードが更に加速した。
そんな篠に気付き、ナーガ改バベルタイプは体勢を大きく崩したまま、慌てた様子で左腕の大鎌を力なく振る。
低い体勢から放たれた今度の一撃は、地面と平行して篠に襲い掛かって行く。
そんな大鎌を今度は走り高跳びの背面飛びのように、体をふわりと宙に浮かせて難なく飛び越えて見せた。
――かのように思われたが、ここでアクシデントが起こってしまった。
ナーガ改バベルタイプが巨体を倒し込みながら放った為、腕が途中で地面と接触してしまい、篠が飛び上がってから大鎌が若干上方へと軌道を変えてしまったのだ。
その為――
ビリビリッ!
大鎌がスカートに引っ掛かってしまい、ポケットに仕舞われていたポーチが回転しながら宙に投げ出されてしまった。
スカートは大胆なスリット加工が入ったように破れてしまっているのだが、篠は全く気付いていない様子だ。
くるりと宙で体を捻ると、綺麗に着地を決めて再び突進を開始した。
宙でくるくると姿勢を変える篠の動きは、ハリウッド映画のワイヤーアクションを見ているみたいだぞ。
……でもそんなに動いてしまうと、色々見えてしまう。
「「「おおーーー!」」」
「おおー! じゃねぇよ馬鹿野郎! 見るな見るな!」
目を塞げとみんなに向けて両目を押さえてジェスチャーを送っているのだが、誰一人言う事を聞きやしねぇ!
そして篠は見事にナーガ改バベルタイプのもとまで辿り着いてみせた。
ズシンとグラウンドに巨体を横たわらせたナーガ改バベルタイプ。
勢い余った左腕の大鎌は、切っ先が自分の体の蛇皮部分に突き刺さってしまっている。
そんな左腕二の腕上部、鎌に変わる手前くらいを篠は二本のセイバーで切り刻み続ける。
「今です粟生先輩!」
篠の合図と同時に、またもや背後から金属が砕けて弾け飛ぶような射撃音が響く。
ズパーン!
横たわるナーガ改バベルタイプの右腕上腕部が、青や紫色の肉片を辺りに撒き散らしながら弾け飛ぶと、千切れた大鎌部分がゴロリとグラウンドに転がった。
篠にも少し血飛沫が掛かってしまった。
後で洗って拭いてやろう。……そして俺のTシャツで破れたスカートの部分を覆ってやろう。
泉さんが放った今度の一撃は、威力も申し分なかったぞ。
霧姉がポンプ圧を上げたから威力が大幅に上がったのか。
「凄いじゃねぇか泉さん! 腕をぶった斬ってしまうなんて――おい、大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない……かな。痛てて……」
振り返ってみると泉さんがずぶ濡れになっていて、おねぇさん座りで両手を痛そうにフルフルと振っていた。
その泉さんの前にはバネや破裂したポンプが飛び出し、変わり果てた姿になってしまったライフル銃が転がっている。
本当に暴発してしまってるじゃねぇか。
霧姉がポンプ圧を上げ過ぎて壊れたんじゃねぇのか?
「あ……あ、師匠の芸術品が……」
そして泉さんの隣に座っているアキちゃんは、スクラップになってしまった物体を見て項垂れている。
「瑠城先輩! 霧奈お姉さん!」
「もう向かっていますよ!」
「ぐははー! 任せておけー!」
霧姉はハンマーを抱えてナーガ改バベルタイプの短い尻尾に向かって走って行く。
「っしゃー! もらったー!」
尻尾の先を三メートル程を残した部分に、大きくジャンプを加えてハンマーを振り下ろすと――
ズバーン!
か細い腕とは違い、人の胴体二、三人分程の太さの尻尾が、大量の水飛沫と共にぐちゃぐちゃになって爆ぜた。
しかし霧姉が振り下ろした力が強過ぎたのか、ハンマーのヘッド部分が尻尾を突き破ってグラウンドにまで直撃してしまい、タンクが使用されたヘッド部分も粉々になって弾け飛んでいた。
あの馬鹿、注意しろって言われていたのに、たったの一撃でハンマーを壊したぞ。
尻尾も使い物にならなくなったのを確認すると、瑠城さんは横たわるナーガ改バベルタイプの顔の前、数メートル先まで向かい、シルバーのハンドガンを両手で構えた。
「シャァァーー!」
「ウフフ、初めましてですね。まずは何処にしましょうか? お鼻ですか? お耳ですか? お目目は駄目ですよ? 最後まで私をしっかりと見ていて欲しいですからね」
……ここからじゃよく聞こえねぇが、何やらナーガ改バベルタイプに話し掛けながら、銃をぶっ放している。
一発撃つ度に銃本体から、ブシュ! ブシュ! と大量の水飛沫が飛び散っているのだが、五発撃つ毎にちょっと体で隠す感じで足もとの消火器型ポンプと接続して……非常に面倒臭そう。
そして撃ち出す時には、また大げさに格好を付けて構えて……あのホント、一体これの何処で浪漫を感じればいいんだ?
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