第65話 交渉


 「おーいみんな聞いてくれ! 決勝戦はレイドボス戦みたいだぞ!」


 霧姉が船上で声を張ると、他校の部員達がざわつき始めた。

 しかし――


 「フハハー! 沖ノノ島で――しかも選手権でレイドボス戦なんかありえねーっての! 馬鹿じゃねーの?」

 「「「アハハー!」」」


 田井中とその田井中に寄り添っている三人のギャル達にはどうやら信じて貰えなかったみたいで、体をのけ反らせて笑っている。

 確かに選手権でレイドボス戦は行われた事がないのも事実みたいだし……田井中達の態度は見ていてちょっとムカッとするけど、俺達の考えが間違っている可能性もゼロではない。


 タンクを背負っているメカニックの子は……よく分かっていない様子で首を捻っている。

 俺や篠と同じ反応だな。

 彼女はゾンビハントの事にあまり詳しくなさそうだ。


 「霧奈ちゃーん、なかなか笑わせてくれるなー」

 「本当だって! 協力して戦わないと全滅するかもしれないのだぞ!」

 「ハハハ! 協力だと? 選手権で協力なんかするワケねーだろ馬鹿馬鹿しい」


 霧姉と田井中が言い合っている間に、船は桟橋に到着してしまった。


 「そっちで勝手にすればいいだろ? 俺達には関係ねーよ。行くぞ里依奈りいな、まい、麻美あさみ


 田井中達はさっさと船を降りて、防波堤の方へ向かってしまった。

 何故真っ先に防波堤へと向かったのかは分からない。


 霧姉は呼び止めようとはせずに、田井中達に向かって中指を突き立てていた。


 「そ、それで……今の話、本当なのですか?」


 部員達と相談していた南彦根高校の部長さんが、霧姉に歩み寄って来た。

 野武士のような古風な顔立ちには、不安の色が滲み出ている。


 「ああ。十中八九間違いないだろう」 

 「も、申し訳ないが……その根拠は一体何処に?」

 「弟の島の支配者アイランドルーラーが今のところ沖ノノ島島内で、ゾンビの存在が一体も確認出来ないと。そして設置されているウォーターウェポンが普段よりも高火力だと、ミッケルのキーホルダーが教えてくれているそうだ」

 「島の支配者アイランドルーラーさんが……ですか。そうですか……」


 船上の部員達の視線が一斉に俺に集まったので、何も言わずにコクコクと頷いておく。

 ミッケルは何も教えてくれていねぇぞ、と言える雰囲気ではない。

 みんなの視線が痛い。ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえて来そうだ。


 「そんな……我々はSランク以下の、しかも高校生だぞ!」

 「生き残れるワケないじゃないのよ!」

 「非力な私達にどうしろって言うのよ!」

 「俺達は……死ぬんだ!」


 ここに集まっているのは予選を勝ち上がって来た、言わばゾンビハントの上級者達。

 そんな彼らがパニックを起こし、絶望感を漂わせている。

 レイドボス戦というのはその名前を聞くだけで、戦意を喪失してしまう程過酷な試合なのだろう。


 「か、樫高のみなさんはどうされるのですか?」

 「どうもこうもないだろう。レイドボス戦だというのであればやるしかない。死にたくないからな」


 他校の選手達とは違い、霧姉は普段通り強気な姿勢だ。


 「私達は樫高のゾンビハントを貫く。それだけだ。そして今回の試合がレイドボス戦だとみんなに教えたのは、みんながどうしたいのか確認したいからだ。協力して戦い生存率を上げたいのか、それとも各校別々に戦い勝負に徹するのか」

 「……それが、協力したいのはやまやまなのですが……先日行われた樫高の予選の戦い方を見る限り、正直な話我々では樫高のみなさんの足を引っ張ってしまうだけかと」

 「……それならこうしよう。今回の試合、最終的に私達樫高に勝利を譲るというのであれば、島の支配者アイランドルーラーが探し出した強力なウォーターウェポンの設置場所をみんなに教えよう。そして神の手ゴッドハンドに出来る限りの調整をさせようじゃないか」

 「それはゾンビに止めを刺すのは樫高のみなさんだ、という事ですね?」

 「そうだ」


 霧姉はあくまで強気な姿勢を崩さない。

 試合の勝ち負けに直結する事だから、一歩も譲る気配はない。

 ただしどんなに約束しても、これはただの口約束に過ぎない。

 最終的に俺達が裏切られても罰する事は出来ないし、みんなの行動を抑制する事も出来ない。

 賭けみたいなモンだな。


 「我々南彦根高ではSランクのゾンビ相手に、犠牲者を出して倒せるかどうかという実力しかありません。ですがSランクのゾンビ相手ならみなさんと勝負したいというのが本音です」

 「それなら出されたゾンビがSランクまでなら正々堂々と勝負。SSランク以上なら私が提示した条件を飲む、というのはどうだ?」

 「……それはウォーターウェポンを提供して貰った後でも、ですか?」


 霧姉はコクリと頷いた。


 「俺達はその条件を飲みます!」


 手を上げたのは高島台今津高校の部長さん。


 「俺達もだ!」

 「足を引っ張らないように頑張ります!」  


 近江商業高校、湖南中央高校の部長さんも続いて手を上げてくれた。

 おおー! みんなやる気になってくれたみたいで、士気が上がって来たぞ!

 そして――


 ブォー ブォー


 早く船から降りろと警笛が二度鳴らされた。

 船長の顔が怖い。睨まないで下さいごめんなさい。





 「樫高のみなさん、よろしくお願いします」


 桟橋に降り立ったところで、南彦根高校の部長さんと霧姉が握手を交わした。


 「よーし、それじゃ各自得意なウォーターウェポンを島の支配者アイランドルーラーに伝えてくれ」

 「ぅおー! 島の支配者アイランドルーラーさんに探して貰えるなんて夢みたいだ! 俺はMG4をお願いします!」

 「私、私はAS50で!」

 「こっちはF-2000を! M社が製造している方でお願いします!」

 「M20スーパーバズーカってありますか?」

 「そんなにいっぺんに言われても分かんねぇよ!」


 そもそもウォーターウェポンの名前で言われてもさっぱり理解出来ねぇ!

 どんなウェポンなのか形状で教えてくれ!

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