第64話 何かがおかしい
遠方の琵琶湖対岸では今も雨が降り続いているようだが、上空では瓢箪のような細長い形で青空が顔を覗かせている。
黒く分厚い雨雲にぽっかりと穴が開いているのだが……そうか、この瓢箪の空の下は沖ノノ島だったのか。
小さい頃から遠くに見えるこの空を不思議には思っていたが、俺はゾンビの事になると耳に蓋をしてしまっていたからなぁ……。
じっくりと目を凝らして見ると、遥か上空に無数の黒い物体が浮いている。
スタジアム上空から船の航路上、そして先方に見える沖ノノ島と周囲の人工島まで、広範囲の雲を蹴散らしているようだ。
「雄ちゃんどうだ? もう見つけられそうか?」
「そうだな……やってみるか」
沖ノノ島漁港まではまだまだ距離があるのだが、田井中達八幡西高校の為に用意されているであろうウォーターウェポンを探し始める。
というのも俺自身、オープン戦、予選と実戦経験を積んで鍛えられたからなのか、最近感覚が物凄く研ぎ澄まされているのが分かる。
前回の予選ではかなり島に近付かないと、泉さんにお願いされた狙撃銃が発見出来なかったのだが……さて、今回はどうだろうか。
……うむ、ここから漁業センター付近は流石に遠過ぎた。全然分からん!
しかし……しかしだ。
何かがおかしい。
沖ノノ島からゾンビの気配が全然感じられないぞ?
運営側の設置ミスなのか、それとも八幡西が出場する試合は配置されるゾンビのランクが低いと、瑠城さんが言っていた事に関係するのか。
いや、それでも一匹も見つけられないってのも変だ。
まさか、最近霧姉が俺に嫌がらせをして来ない所為で、危険を察知する能力が低下してしまったのか?
もしかしてお宝やウォーターウェポンが発見出来ないのも、俺の能力が落ちてしまったからなのか?
不安を覚えつつも再びウォーターウェポンを探し始めると、比較的近い弁天様だかの神社や学校、そして周辺の住宅街に設置されたウォーターウェポンは次々に発見出来た。
……何だか今までよりも見つけ易い場所に、そして火力が高そうなウォーターウェポンが多く設置されている気がするのだが……気のせいだよな?
ウォーターウェポンは発見出来ると分かったのでひとまず安心だが、もしかして危険を察知する能力だけが低下してしまったのか?
……いや違うな。そうじゃねぇな。
ゾンビの黒い靄は発見出来ねぇが、得体の知れない危険が迫っている気がする。
厄災や天災の類でも訪れるのだろうか。
緊迫感で胸が締め付けられそうだ。
船が沖ノノ島漁港に接近してからも、どれだけ集中してみせても漁業センター付近ではショットガンタイプや狙撃銃タイプのウォーターウェポンが見つからねぇ。
一体どうなってやがるんだ? 今回田井中達は不正しなかったのか?
「――ちゃん! おい、雄ちゃんってば!」
「ん? ああ、悪い悪い。ちょっと集中し過ぎた」
気付くと霧姉に両肩を大きく揺さぶられていた。
「ずっと声を掛けていたのに、返事すらしないから心配したじゃないか」
全然気付かなかったぞ。
他校の部員達に聞かれたくないので、ちょっと近寄ってくれとみんなに手招きをする。
「それがよ、どれだけ探してみても漁業センター付近では、それっぽく纏めて設置されたウォーターウェポンっていうのが発見出来ねぇんだよ」
「え? そうなのか? ……もしかして私が特訓しないから、雄ちゃんの能力が低下したのではないのか?」
「いや、俺も一瞬考えたけどそうじゃなさそうだ。かなり遠くに設置されているウォーターウェポンは発見出来ている。どうやら今回、八幡西高校は不正しなかったみたいだな。それよりもおかしいのが、今のところゾンビの気配が全く感じられねぇんだよ。一匹もだぞ?」
「……本当に、ですか?」
俺の言葉を聞いて、瑠城さんの表情が強張った。
「雄磨君が発見しているウォーターウェポンって、強力な物が沢山設置されていませんか?」
「そうなんだよ、よく分かったな。しかも民家の玄関口なんかにポンポンと設置されて――って、ど、どうしたんだ?」
瑠城さん、霧姉、泉さんがそれぞれ真剣な面持ちで顔を見合わせている。
篠は……俺と同じで、何が何だかよく分かっていないみたいだ。
「レイドボス戦だな」
「間違いないですね。レイドボス戦ですね」
「レイドかー。さて、どうする?」
そして霧姉達はそのまま作戦会議を始めた。
普段のおチャラけた感じではなく真面目な会議だ。
何だか聞き慣れない言葉が飛び交っているぞ?
「……あの、瑠城さん。レイドボス戦ってなんだ?」
「一体だけ出現する強力なゾンビを参加者全員で協力して時間内に倒すという、Sランク以上のランキング戦で開催されている試合形式の一つですよ」
へー、そうなのか。……一体のゾンビを?
ポイント制の選手権なのに?
「えーっと、みんなで倒す? って言っても、そもそもそのゾンビが居ねぇぞ?」
「試合開始から一定時間経過後、地下通路から解き放たれるのです。それまでに参加者達はなるべく強力なウォーターウェポンを手に入れておかなくてはならないのです」
なるほど。それで俺の話を聞いてピンと来たって理由か。
地下通路から解き放たれるって……帰還する船に乗り遅れた後みたいな流れか。
「このまま試合が始まれば私達樫高以外はレイドボス戦だと気付かないまま、試合を進める可能性が高くなります。普段ランキング戦で開催されているレイドボス戦が選手権で、そして沖ノノ島で開催されるのは初めてなのですよ」
以前ランキング戦は人工島で開催されているって言っていたもんな。
「アレ? 今日の試合ゾンビに遭遇しないぞ? なんてみんなが考え始めた頃には強力なゾンビが既に出現していて、手遅れになっているかもしれません」
「駄目じゃねぇか。危ない試合なんだろ? 死ぬかもしれねぇんだろ?」
「その通りです。ですが今回は選手達の滋賀県大会決勝戦です。以前雄磨君にもお話しした通り、止めを刺した人物にしかゾンビを倒した時のポイントは入手出来ません。しかもゾンビは一体のみです」
「だからどうしようかと悩んでいるのだ。みんなにも教えて試合をややこしくするか、みんなには内緒にして私達だけでなんとかするか……だ」
しかしみんなに教えない場合だと、犠牲者が増える可能性が高い。
それで二択で悩んでいる、と。
俺は他のみんなにも死んで欲しくない。例えそれがムカつく八幡西の奴等でもだ。
ゾンビハントで俺に助けられる命があるなら、何とかしてやりたいと思う。
みんなで協力すれば一人でも多く生き残れるかもしれねぇ。
志賀峰さんの時みたいな思いをするのはもう嫌だ。
「今日はレイドボス戦だとみんなに話そう」
「私もみんなに話した方が良いと思います!」
篠も俺の意見に賛成してくれた。
瑠城さんも泉さんも頷いてくれている。
「分かった。みんなには部長の私から話そう。早く話さないと漁港に到着してしまう。勝負の事は後で考えよう」
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