第63話 今回の作戦
「ス、ストレスが……ストレスが……」
「い、いいから落ち着けって」
霧姉を宥めるのに苦労した。
あの野郎、余計な手間掛けさせんじゃねぇよ!
このストレスの捌け口が俺に向かわない事を願おう。
待合室には決勝戦で争う各校が勢揃いしていた。
そしてその中には知っている顔もチラホラ。
「やぁ樫野高校の皆さん。こうして挨拶させて頂くのは初めてだな」
南彦根高校の部長さんが握手を求めて来た。
スタジアムで観戦した時の勝利チームだ。
「こちらこそ初めまして。あの時は凄い展開になりましたね」
古風な顔立ちの部長さんや、部員達みんなと握手を交わす。
スタジアムで観ていた選手と会話するのは少し緊張するのだが、俺だけかな?
何処の学校もこの部長さんみたいに友好的ならいいんだけどなー。
因みに俺は中盤くらいから大津京高校ばっかり観ていたので、南彦根高校の活躍をあまり見ていない。内緒だけど。
「いやー、あの時の一撃には面食らってしまいましたよ!」
部長さんは嬉しそうに瑠城さんと握手を交わしている。
スタジアムで狙撃されてぶっ飛ばされた件だな。
何故嬉しそうなんだ? 実はMっ気でもあるのか?
南彦根高校のみんなと会話していると、他の参加校も続々と挨拶に来てくれた。
決勝戦は俺達樫高、八幡西、南彦根、
「決勝戦はどんな戦いになりそうですか?」
「どの辺りのゾンビ達が配置されそうですか?」
「今回も島の北側は厳しそうですか?」
などなど。八幡西以外各校の部長さんから質問攻めにあっているのだが……全然分かりません! 何ならこっちが聞きたいくらいだよ!
何か勘違いしているみたいだが、俺はど素人だぞ? 情報収集なら瑠城さんに聞いてくれ。
スタジアムで各校の紹介が始まった。
地元滋賀県の決勝戦という事もあり、何処の学校も大応援団が結成されている。
『必ず勝って選手権を三連覇してやるぜ!』
田井中がステージ上でアピールすると、スタジアム前列の観客席と八幡西高校の応援団が集まっている一区画が熱気に包まれた。
ただし、他の観客達からは拍手がパラパラと送られただけ。
人気薄だとは聞いていたけど、Sランクなのにまさかここまで不人気だとは思わなかった。
まぁ不正疑惑がある選手に人気が出る理由ねぇか。
『どんなゾンビが出て来ようが、全部ぶっとばしてやるぜ!』
……でもコイツ凄いな。
常にこれだけ偉そうな態度で話せるもそうだけど、殆どの観客が白けていても全然心が折れねぇんだよ。
『みんな! 俺の活躍、しっかりと瞼に焼き付けておけよ! フハハー!』
延々と田井中がアピールを続けているのだが……コイツの紹介長くね?
ステージ上での並び順から考えて、俺達樫高は最後の六番目に紹介されるみたいだ。
前回同様俺達の
霧姉もアピールする気満々で待ち構えていたのだが、何やら様子がおかしい。
『――以上、樫野高校の皆さんでした』
「え? ちょ、ちょっと早過ぎじゃないですかぁ?」
「スイマセン! 試合開始時刻が迫っていますので――」
進行役のおっさんが樫高の紹介を早々に切り上げたのだ。
「コラーど阿呆! ワシは商売上手霧奈ちゃんのファンで、彼女の猛烈アピールを楽しみにしとったんじゃぞ!」
「高校生Sランカー達の紹介を端折るな馬鹿野郎! ちゃんと仕事しろ!」
「
「Sランクに昇格した
会場からは大ブーイングが起こっている。
他校の応援団からも野次が飛んでいるみたいだ。
霧姉も進行役のオッサンに喰って掛かろうとしたけど、ギリギリのところで思い止まったみたいだ。
というのも――
ゾンビハンター社の地元、八幡西高校が出場するこの試合で樫高を目立たせるな。
そんな風に圧力を掛けられていると、オッサンの目が物語っていたのだ。
申し訳なさそうにしている進行役の隣に立つ霧姉は、怒りを堪えつつ観客達に向けて精一杯手を振っていた。
「作戦に変更なし。私の商売の邪魔をした八幡西高校に赤っ恥を掻かせてやる」
沖ノノ島に向かう船上で、最後のミーティングを行っているのだが……霧姉の顔が怖い。
本気で怒っている時の顔だ。
霧姉が言う作戦と言うのは、先日部室で泉さんが話してくれた作戦だ。
ゾンビハンター社からの情報で、八幡西の連中はウォーターウェポンの設置場所を知らされている。
そんな不正が行われているのであれば、俺が漁業センター付近のウォーターウェポンの設置場所を暴いて、先に全部奪ってしまおうというのだ。
瑠城さんの話では、八幡西高校の射撃の腕前は平凡だそうで、試合序盤に高性能のウォーターウェポンが発見出来なければ、実力は普通の高校と大差ないそうだ。
ウォーターウェポン以外にお宝の隠し場所も知らされている可能性があるので、今回はお宝も片っ端から回収する。
不正している八幡西高校に何もさせずに勝つ。
それが今回の作戦だ。
船上でのミーティングの最中、瑠城さんの視線がとある一点に釘付けになっている。
八幡西高校の真面目そうな女子部員だ。
そして彼女もまたこちらを意識しているみたいで、チラチラと俺達樫高の様子を窺っている。
俺も色々気になっているし聞いてみるか。
「あのー瑠城さん。あの女性、タンク背負ってるよな? 八幡西って田井中以外全員スナイパーだって言ってなかったか?」
「そうなんですよ。今まではそうでしたけど、先日の予選で色々あったみたいですよ? 田井中さんのショットガンが壊れてしまったのですが、誰も修理出来なかったようです。その点を考えると彼女はタンク職というよりも、メカニックじゃないでしょうか?」
メカニック? あぁ、泉さんがやってるようなウォーターウェポンのメンテナンス作業をする人の事か。
メカニックとしてチームに加わって、ついでにタンク職を兼ねているのか。
前回危険な目に遭ったから、今回は安全策を講じて来たって理由だな。
髪ゴムで後ろに束ねられた黒髪は短く、体の線が凄く細い女性。
色白で理系女子っぽく眼鏡を掛けた真面目そうな子だ。
ただし瑠城さんの例もあるので、眼鏡を掛けていて真面目そうに見えても、実際はそうだとは限らない。
そして何処からどう見ても力がありそうには見えないのだか、これも霧姉の例があるから何とも言えない。試合が始まれば途轍もない力を発揮するかもしれねぇし。
まだタンクには水が入っていないはずなのに、もう重そうにフラフラとしてるのだが大丈夫か? この後水を入れて島内を歩き回るんだぞ?
「うーん……彼女、何処かで見た記憶があるんですよねー」
瑠城さんはブツブツと呟きながら首を傾げている。
瑠城さんがすぐに思い出せないという事は、どうやらゾンビに関係のある事ではなさそうだ。
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