第62話  田井中龍一


 今日はいつもみたいにモノレールでの移動ではなく、学校が用意してくれたバスでスタジアムに向かっている。

 決勝戦という事で樫高からも大応援団がスタジアムに駆け付けてくれる事になったのだ。


 しかし雨降ってるんだけど、こんな日でも試合するのか?

 ゾンビ達、勝手に浄化するんじゃねぇのか?


 「ウフフ、雄磨君の考えている事は表情を見ただけで簡単に分かりますね。大丈夫ですよ、沖ノノ島やスタジアムでは雨は降りませんから。島やスタジアムの上空には様々な装置が浮かべてあるのですよ」

 「そうなのか? 全然気付かなかったぞ?」


 上空なんて見ている余裕がなかった、と言った方が正しいのかもしれねぇけどな。

 スタジアムで観戦した時も上空視点なんて物も存在していたと思うし、実際に色々と浮かんでいるのだろう。


 「雲は全てかき消されますし、島に接近する鳥類には音波を当てて追い返しています。それでも接近するようであれば、やむを得ず排除されてしまいますけどね」

 「へぇー。鳥がゾンビ化するのかどうかは知らねぇが、ゾンビウィルスが島外に出るのを阻止する為だな」

 「その通りです。因みに島には虫も居ませんよ?」


 虫か。血を吸った蚊が船に紛れ込んで……とかそんな事考えもしなかったな。

 腐った企業だがゾンビウィルスを扱っているんだ、という事はしっかりと意識しているみたいだな。



 「ぐははー! 任せろ任せろ! 優勝するのは我々樫高ゾンビハンター部だぞー!」


 バスの車内ではゾンビハンター部のメンバー達五人で最後列に座っているのだが、霧姉が上機嫌でずっとバカ騒ぎしている。

 それもそのはず、大型バス四台分の大応援団全員が、樫高ゾンビハンター部のユニホームである水亀商店Tシャツを着用しているのだ。

 学校から百五十着超の大口注文だ。

 そりゃ霧姉も浮かれるわけだ。口角緩みっぱなし。

 そんな大量の在庫をしっかりと用意していた霧姉にもビックリしたけどな。


 「……なぁ篠、バスに乗る前から風寅のお面を装着するのは、流石に早過ぎると思うぞ?」

 「いいんですよ。それにもうすぐスタジアムだし」


 篠はいいのかもしれねぇが、そのお面見てると本当に車酔いで吐きそうになっているのを我慢しているみたいに思えて来るんだよ……。






 スタジアムに到着すると、俺達五人は大応援団に見送られながら別々の更衣室に向かった。

 そして更衣室に到着して早々に、面倒な奴と鉢合わせた。


 「よぅ! テメェが樫高の島の支配者アイランドルーラーか?」


 八幡西高校の田井中とか言う奴だ。

 身長は俺と同じくらいで金色の髪をロックンロール風にセットした、ちょっとだけワイルドでちょっとだけイケメンな男。

 真っ白な長袖シャツ、真っ白なスラックス、そして真っ白な靴というぶっ飛んだ服装で、ズボンのポケットに両手を突っ込んでいる。

 俺にはファッションの事はよく分からねぇが、真面な神経なら拒絶したくなる格好だ。

 まぁ水亀商店Tシャツを着ている俺も、あんまり人の服装の事をとやかく言える立場じゃねぇけど。


 「俺は八幡西の田井中龍一ってモンだ。巷ではブラッディドラゴンなんて呼ばれ方もしている」

 「あ……はい。水亀雄磨です」


 挨拶されたので一応は返しておくが……まずはポケットから手を出せ。

 巷では――とか言ったけど、霧姉達は誰もそんな名前で呼んでいなかったぞ?

 しかもダサい。名前が龍一だからドラゴンなのか?

 じゃあブラッディ……は血か。コレはなんだろう?

 まぁ別に何でもいいか。興味ねぇ。


 「クックック、俺に勝つのは無理だとは思うが、まぁ今日は精々頑張ってくれや」

 「……はい頑張ります」


 薄っすらと浮かべた笑みが本当に気持ち悪い奴だ。

 やけに自信たっぷりみたいだが、何か不正でも企んでいるのだろか。

 俺に挨拶を終えると、今度は他の学校の部員達に絡み始めた。


 「お前ら一般人は今日も無駄死にしに来たのか? ハハハー、止めとけ止めとけ! 棄権した方が身の為だぞ?」

 「ぐっ!」


 だが、見た目も性格も想像していた通り最悪で、ムカつく奴っぽくて良かった。

 これが実は世間の風評が出鱈目で、本当は一生懸命頑張っている良い奴とかだったら凄く戦い難かっただろう。

 色々とやり易そうだ。作戦通り完膚なきまでにぶっ潰してやろう。



 係員からタンクを受け取って待合室に向かうと、田井中は更に問題行動を起こし始めた。


 「おおー! 霧奈ちゅわーん! お前マジ俺のタイプだわ! 彼女にしてやるよ!」

 「い、いやぁだ田井中さぁん。ウフフ、揶揄わないで下さぁい」


 肩を抱こうとする田井中と、それを全力で避ける霧姉。

 一応表情は笑っているが、目が全然笑っていない。

 後が怖いからこれ以上霧姉にちょっかい出すんじゃねぇよ馬鹿!


 「揶揄ってねぇって! マジマジ! 何ならオヤジに頼んで商品全部買ってやるからよ! なっ?」

 「ゴメンなさぁい! 今日は商品全部売り切れちゃったんですぅ」


 嘘だ。まだまだ在庫は残っていたはず。

 商売の鬼の霧姉が、ウチの商品を売りたくない程嫌っているって事だ。

 マズい。霧姉の眉がピクピクと痙攣し始めたぞ。こんな場所で霧姉がキレたら死人が出そうだ。

 そろそろ止めねぇと――


 「ええー! 龍一君またなのー?」


 俺が止めに入ろうとしたら、八幡西高校の女子部員達三人が先に割って入って来た。


 「私達が居るのにどうして他の女子を口説いちゃうのかなー?」

 「あ、いやー、ぐははー! スマンスマン! カワイイ子を見てしまうとつい、な」

 「へー、そうなんだ。私達よりも可愛いって思ったんだよね? へー」

 「いや、そ、そんな事はないぞ? 全然そんな事はないぞ? お前達が一番だぞ?」

 「じゃあそんな人には用ないよねー? あっちで作戦会議しましょうねー」

 「ま、参ったなー」


 田井中は女子部員に両脇を抱えられて連れて行かれた。

 何だアイツら。部員達は田井中の彼女なのか?

 そして女子達に頭が上がらない様子の田井中は格好悪い。


 まぁそんな事は全くどうでもいいが、一つだけ気になる点がある。

 田井中に群がっていたのはピアスが幾つも付いていたり、ゴテゴテとしたネイルが盛られていたリ、派手に髪を染めたりといった馬鹿っぽいチャラチャラした雰囲気の三人。

 そんな三人とは違い、真面目でおとなしそうな女子が一人、少し離れた場所で成り行きを見守っていたのだ。

 そんな彼女も俺達に一礼をしてから、田井中達の後ろに着いて行った。


 『八幡西』と胸に大きく描かれたTシャツを着ているので、部員には違いないと思うのだが……変だな、タンクを背負っているぞ?

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