第61話 霧姉に物申す


 「篠さんって二刀乱舞さんだったんだね! すごーい!」

 「二刀乱舞さん! サイン、サイン下さい!」

 「篠さん! この棒で僕の尻をぶって下さい! お願いします!」

 「鏡花ちゃーん! 俺とデートしようよ!」


 学校では篠がもみくちゃにされそうになって大変だった。

 人気選手の二刀乱舞さんが、実は自分達の学校に転校して来た篠だったんだからな。


 「はゎゎ……み、水亀君……たた、たすけてー」

 「コラ! お前ら押すんじゃねぇよ馬鹿!」


 篠がフラフラと目を回していたので身を挺して助ける。

 俺ももみくちゃにされたが、篠の事はしっかり助けないと後で霧姉からもっと酷い目に遭わされるからな。


 「コラ! サインが欲しいなら並べ並べ! ――待て、テメェは駄目だ」


 ぶって欲しいとか言う変態も混ざっていたので、俺が尻を蹴飛ばして追い返してやった。

 何だコイツは。何年何組の奴だよ! ったく。

 デートしようとかふざけた事を言っていた奴も列から摘まみ出す。

 ウチのゾンビハンター部は恋愛禁止だっつーの。


 「うぅ……」

 「頑張れよ篠。人気者の宿命だからな」


 樫高ゾンビハンター部として、学校で逃げるわけにもいかねぇからな。

 今後スタジアムでもサインを求められるだろうから、今から学校の連中相手に練習させておこう。


 篠は慣れない手付きで色紙に、下敷きに、教科書にとサインを書いている。


 「篠さん篠さん、空いてるスペースに風寅っぽい絵って描いて貰えるのかな?」

 「余裕です。バッチリ任せて下さい」


 色紙に書かれたサインは弱々しい字だが、風寅の絵は完璧に仕上げられていた。

 い、いつの間にか自分のモノにしてるじゃねぇか。

 ……俺もミッケルの絵の練習とかしておいた方がいいのかな。






 放課後、俺は霧姉を部室に呼びだした。

 篠と泉さんと瑠城さんも背後で待機してくれている。

 みんなが言えない大切な事、俺が代表して言わねぇと……。


 か、神様。俺に勇気を下さい!


 「何だよ急に呼び出して。私は忙しいのだぞ? 帰ってもいいか?」

 「駄目だ。今日は帰さねぇぞ。ホラ――」


 霧姉にウォーターウェポンを押し付けた。

 泉さんが自費で大量に購入してくれたヤツだ。


 「霧姉の射撃が下手過ぎてみんなに迷惑が掛かっている! 今日は射撃の練習だ!」 

 「エェー、ヤダよ。工場の仕事が山積みなのにさー」


 霧姉はむくれた顔で文句を言っている。

 だが、ここで甘やかしては駄目だ。


 「工場の仕事とみんなの命。どっちが大事なんだよ?」 

 「ぅぐ。ゆ、雄ちゃんのくせに生意気な――」

 「霧姉の射撃が当たらなかった所為で誰かが噛まれたりしたら、部長としてどうやって責任を取るつもりなんだ?」 

 「はぐっ! ぐぬぬ、おのれ言わせておけば――」

 「嗚呼、あの時しっかりと練習しておけば――とか後悔しても遅せぇんだぞ?」

 「わ、わわ分かった分かった! 分かったよ! するよ、練習するよー。……私も思っていたのだ。私だけ全然当たらないしさ。こんなに下手でいいのかな? ってさ」


 霧姉は観念した様子で項垂れている。


 ……俺、頑張ったよな?

 無茶苦茶怖かった。こんな風に霧姉に意見するの初めてだったんだ。

 ボコボコにされたらどうしようって、実は昨日からずっとビビっていた。

 でも俺の言葉は本心で、みんなに迷惑が掛かっているのも事実だし、それに霧姉に後悔して欲しくねぇ。

 俺も筋トレと並行して、射撃の練習もやろうと思っている。


 待機してくれていたみんなも、パチパチと小さな拍手をくれている。

 ゾンビに向かって行くよりも勇気が必要だったぞ。


 「大丈夫ですよ霧奈さん! 私がしっかり教えますから!」

 「霧ちゃんならすぐに上達するって!」

 「あ、彩芽ぇ。泉ぃ。ありがとー」


 こうして人気ひとけのない校庭の隅で射撃訓練が始まった。

 何故こんなキノコが育っていそうな場所で訓練するのかと言うと、つい最近まで休部状態だったゾンビハンター部には、練習場所が設けられていなかったからだ。

 今まで誰も射撃訓練なんてやって来なかったから、部長の霧姉は練習場所の申請すらしていなかったのだ。

 よくもまぁこんな適当な部活で決勝戦に進めたもんだ。


 「……ぉお、おおー! 当たる、当たるぞー!」


 そして訓練を初めてすぐに、霧姉の狙撃が命中しない理由が判明した。

 ハンドガンタイプのウォーターウェポンなら的に命中するのに、両手で構えるアサルトライフルタイプのウォーターウェポンだと極端に命中率が落ちたところで、瑠城さんと泉さんが気付いた。


 ……ただの力み過ぎだった。霧姉の馬鹿力での力み過ぎ。


 射撃が的に命中せずに霧姉が苛立ち始めると、力んで構えたアサルトライフルのフレームが僅かに歪んでしまったのだ。

 どうりでブボーンの膝にサイトスコープを当てても、射撃が逸れるはずだ。

 腕力でフレームを曲げてしまうなんて馬鹿力にも程があるぞ。

 パワーの制御ってモンを覚えようぜ?



 最初はひっそりと訓練していたのだが、途中から見学する生徒達が続々と集まって来た。

 何だかんだでゾンビハンター部は人気の部活なのに、樫高では今まで練習風景は見られなかったからなぁ。


 「水亀さーん! 写真撮っていいですかー?」

 「霧奈さんカッコイイー!」


 ちょっとした騒動に発展してしまったので、本日の射撃訓練は終了となった。




 狭い部室に戻ると決勝戦に向けての作戦会議が行われた。

 まぁそんな大層なものじゃなくて、雑談会に近い感じだが。

 そんな中で気になったのは、霧姉と泉さんが話し合っていた内容だ。

 どうやら泉さんは射撃が下手な霧姉の為に、オリジナルのウォーターウェポンを幾つか試作しようとしていたらしい。

 ただ、今日の訓練でその問題も解消出来そうだからどうしたものか、という事。


 「おお! 遂にが完成するのか!」

 「いやー、流石にを作るのには、もうちょっと練習が必要なんだよねー」


 二人が言うアレが何を指しているのかは不明だ。


 「でも前に言っていたの方は、いつでも作れるよ?」

 「おお、そうか! やっぱり泉は凄いなー。私もの扱いなら得意だぞ。任せてくれ!」


 アレばっかりで何を言っているのかさっぱり分からねぇが、何やら二人で企んでいるみたいだ。

 作戦会議なんだから教えてくれてもいいんだぞ?




 「ねぇねぇ、決勝戦の事でちょっと相談があるんだけどいいかな? ムフフ、面白い作戦を考えたのよねー」


 泉さんがちょっと悪い事を考えていそうな顔をしている。

 そう言えば予選の時にも、こうやって泉さんが船上で作戦を提案してくれたんだったな。


 「ズルしてるんだからさ、多分決勝戦には八幡西高校が上がって来るじゃない?」


 まぁそうだろうな。

 アイツ等が出場する試合はゾンビのランクも低いって言っていたし、全滅する事もないだろうしな。


 「あそこが試合する時ってさ、漁業センターの近くに必ずショットガンタイプのウォーターウェポンとか、対物ライフルとかいっぱい設置されるじゃない?」

 「おおーそうか! 泉、なかなか楽しそうな事を考えるなー」


 フフ、泉さんが何を言いたいのか、俺にも何となく分かってしまったぞ。

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