第60話 昇格


 「凄く可愛く出来ていたけどさ、工場の備品は勝手に使っちゃ駄目だ」

 「……ハイ。ごめんなさい」


 通学途中、霧姉のお説教が始まった。


 「それにヘルメットじゃ商売にならないぞ。描くのであれば世間一般誰でも使いそうな物で、尚且つ生産コストが掛からない物に描いてくれないと――」


 ……お説教じゃなかった。商談だった。


 「……よく分からないですけど、携帯カバーとかどうですか? どブサにゃん極のカバーとかカワイイですよ?」

 「うーん、携帯の保護カバーか。……ちょっと厳しそうだな。携帯カバーは種類が沢山あるからなぁ。持っているだけで人よりも優位性が保てる物とか、オンリーワンな物がいいんだけどなー。それに携帯カバーならカバーを製作している会社にどブサにゃん極の使用許可を与えて……いや、それだとウチの工場の存在意義が――」


 何やら難しい話が始まったのだが、篠はポカンと口を開けて聞いている。

 ブツブツと呟いている霧姉はこのまま放置しておこう。


 因みに俺達の通学鞄には、どブサにゃ極のキーホルダーやゾンビ缶バッジが強制的に飾られている。

 霧姉の鞄に至っては、鞄の生地が見えない程ジャラジャラと大量に取り付けられている。

 売りたいという欲望が剥き出しだな。


 「ところで篠、秘策のヘルメットが失敗だったのは明白だが、野菜ジュースはどうした? 秘策があったんじゃねぇのか?」

 「そう、それだよ! いつも真っ先に選んだジュースが何故かタバスコ入りだったから、今日はコップを選んで手に取ってから一度トレイに戻して、別のジュースを選んだんだよ? ……うう、それなのに――」

 「ただの当てずっぽうじゃねぇか」


 秘策でも何でもねぇよ。

 コレ、特訓になってなくねぇか?



 「おはようみんなー!」

 「おはようございます!」


 そこに泉さんと瑠城さんも合流して、ゾンビハンター部の五人が勢揃いしたのだが――


 ジャラジャラ

 ジャラジャラ


 二人の鞄にもウチの商品が大量にぶら下がていた。

 霧姉からの指示だと思うんだけど……何か、ホントごめんな。


 「霧ちゃんAランク昇格おめでとー!」

 「おめでとうございます!」

 「いやーありがとう! 泉も彩芽も昇格おめでとう! ウェーイ!」


 霧姉達はキャッキャッとはしゃぎながら三人でハイタッチしている。

 しょ、昇格?


 「ちょっと待った! 霧姉が昇格したのか?」

 「今更何を言っているのだ。今朝新聞を渡しただろ? ……おい、まさか見ていなかったのか?」


 マズイ。石山北高校の事や馳の事しか見ていなかった。

 霧姉達の視線が痛いし、霧姉の背後に薄っすらと黒い靄が掛り始めたぞ。


 「悪かった、悪かったよ! 記事を見ていなかった事は素直に謝るが、昨日の霧姉の一体何処に昇格する理由があったんだよ!」


 昨日の霧姉の行動と言えば、冷蔵庫を漁っては食べ、土産物を漁っては食べ、そして破壊、破壊、ウォーターウェポンでの攻撃は命中せずに破壊……。

 全然活躍してねぇ! 降格の間違いじゃねぇのか? いや、Bランクだから降格のしようがないのか。ランク剥奪だな。


 「分かってないなー雄ちゃんは。以前も言ったけど運営は私の商売の才能を評価しているのだ」


 そういやそんな事言っていたな。

 商売上手っていう二つ名が付いた事で、アピールしても御咎めなしだとか何とか。


 「スタジアムでのどブサにゃん極のアピールは大成功だった。昇格してもおかしくないだろ?」

 「でもゾンビハントとは関係のない事だろ? そんなので昇格するのか?」

 「今の雄磨君にはまだ分からないかもしれませんが、プロのゾンビハンター達にとって、会場を盛り上げるというのはとても大切な事なのですよ。昨日の試合ではきちんと勝利を収めましたし、ブボーンを倒すきっかけも作りました。昇格しても全然おかしくないですよ」


 ふーん。一種のパフォーマンスみたいなものか。

 会場を沸かせて勝利する、って事も昇格に影響するのか。

 地味に生き残って会場が白けるよりも、ゾンビハントで活躍しなくても業界を盛り上げてくれる方が、運営にとっても都合が良いんだろうな。

 ランキングってのは単純にゾンビハントの強さだけで評価されるんじゃなくて、人気のバロメータみたいな物も兼ねているのか。


 「彩芽の昇格はブボーンとブオーンの遠吠えを瞬時に聞き分けた事、それに作戦の指示が的確だった事が評価されていたな」


 泉さんの昨日の活躍を見れば昇格してもおかしくないと思うが、瑠城さんが昇格したのはそういう理由か。

 これで瑠城さんもAランク、泉さんは俺と同じSランクか。

 結構簡単に昇格するんだなぁ……と一瞬だけ思ったが、よくよく考えたら昨日の試合、SSランクのブボーンが出現して、俺達以外の選手は全滅してるんだよな。

 そんな試合を生き延びたのだから、……まぁ昇格してもおかしくないのか。


 「因みに俺や篠のランクには変化なしか?」

 「ああ。二人共Sランクのままだ。でもなー、私は雄ちゃんも昇格すると思ったんだよなー」

 「ホントそうだよね! アタシも雄磨は昇格すると思ったよ! ったく!」


 不満げな表情を見せる霧姉と、ちょっと怒っている感じの泉さん。

 待て待て。昨日の俺の行動に昇格する要素なんか何処にもねぇぞ?


 「雄ちゃんは今までゾンビを倒していなかっただろ? それでSランクだったのだ。昨日の試合ではゾンビを倒したのだし、昇格は確実だと思っていたのだ」

 「そうそう。それに何だかんだでお宝も幾つか見つけていたしね。一試合で数個のお宝を発見する選手が他にどれだけ居るんだよ! って話だよね」


 二人とも不機嫌そうにブツブツ言い合っている。


 「実は雄磨君が昇格しなかったのには理由があるのですよ」


 瑠城さんが俺の隣に来てそっと話してくれた。

 急にどうしたんだ? また話が長くなるパターンか?


 「泉さんがSランクに昇格した事で、高校生Sランカーは泉さん、鏡花さん、雄磨君……そして八幡西高校の田井中龍一さんの四名になりました」


 八幡西の田井中って……ああ、アイツか。ゾンビハンター社の専務の息子で、不正してるっぽい――いや、不正して勝って粋がっている奴だな。

 アイツSランクだったのか。……まぁそのSランクってのも、どうせ不正した結果なんだろうけどよ。 


 「今まで唯一の日本人高校生Sランカーとしてメディアに取り上げられていた田井中さんですが、ここに来て樫高から一挙に三名のSランカーが誕生してしまいました。そうでなくとも人気が薄かった田井中さんなのに、雄磨君がSSランクに昇格してしまえばどうなりますか?」


 遠くからしか見てねぇけど、女子を侍らして馬鹿騒ぎしていたし態度悪そうな奴だった。

 人気も薄かったのなら、あんな奴には誰も見向きもしなくなるだろうな。


 「そんな理由でゾンビハンター社のトップから、昇格しないようにと圧力が掛かったみたいですよ」


 自分の息子が高校生ゾンビハンターのトップであって欲しいと父親の専務が願ったのか。

 或いは馬鹿息子がオヤジに泣きついたのかは不明だが、ホントくだらねぇ会社だな。


 「理由は分かったけどよ、瑠城さんは何でそんな事まで知ってるんだ?」

 「勿論ゾンビハンター社をハッキングしたからですよ。ウフフ、内緒ですよ?」


 瑠城さんは唇に人差し指を添えている。


 しーっ! じゃねぇよ。

 簡単にホイホイとハッキングするな!

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