第59話 秘策?


 「何頼むか決まったか?」

 「うん。私はこの『とろーり煮込んだビーフカレー』にするよ」


 またカレーか。

 たまには違う物が食べたくなったりしねぇのかな?



 注文したメニューが届けられるのを待つ間、篠の特訓の話題になった。


 「……もう毎朝ハリセンで起こして貰っている気分だよ」


 「何故かタバスコ入りの野菜ジュースを選んじゃうの」


 ドリンクを飲みながら愚痴を聞いているが、特に進歩はしていない様子だ。

 まぁそんなすぐに対応出来れば苦労はしねぇけど。

 そもそも最初からやりたいなんて言わなけりゃ良かったのによ……。

 因みに今ではトイレに鍵は掛かっていない。

 仕事に影響が出るからと親父からNGが言い渡されたのだ。


 「でも……フフフ、とっておきの秘策を用意しました」

 「秘策? なんだそりゃ?」

 「秘策だから秘密の策だよ。明日からはもう大丈夫だよ!」


 なにやら自信があるみたいで、篠は不敵な笑みを浮かべている。

 良からぬ事を考えているみたいだが……篠は特訓しているんだよな?


 「特訓で思い出したけどよ、篠は泳げねぇんだよな?」

 「う、うん。そうだけど――」

 「ついでだし水泳も特訓したらどうだ?」

 「どうだって言われても……どうやって?」

 「次の滋賀県大会決勝が終われば、全国大会まで少し時間があるだろ? 温水プールでも行こうぜ。俺が教えるぞ」


 無茶苦茶得意ってワケじゃねぇが、普通に泳ぐくらいなら俺にだって出来るぞ。


 「プ、プププ―ル……水亀君と……水着……はゎゎ」


 篠はテーブルの一点を見つめながら、何やらブツブツと呟いている。


 「どうした? 止めておくか? ……おーい、聞いてるかー?」

 「う、ううん。きき聞いてるよ聞いてるよ。滋賀県大会決勝が終わってからだね。頑張るよ」


 どうやら水泳の方もやる気になってくれたみたいだ。


 こんな話をしていると店員さんが食事を運んで来てくれた。






 翌朝――


 「コラー! 鏡ちゃん何をズルしているのだー!」


 スパ―――ン!


 「ふぎゃーー!」


 お隣さん家のチワワが騒ぎ出すよりも前に、霧姉の怒号と篠の悲鳴がご近所中に響いた。

 篠は秘策がどうとか言っていた気がするが、一体何をやらかしたんだ?

 しかもしっかりとハリセンの音は響いていたので、秘策は全然役に立っていないようだ。


 「か、かりゃりゃーー!」


 やっぱりタバスコ入りの野菜ジュースを引き当てた様子。

 おい、秘策はどうした?


 霧姉が俺の部屋に来る前に、さっさと着替えを済ませてリビングに降りる。

 そこへ霧姉がやって来たのだが、脇に何かを抱えている。


 「おはよう。何だソレ?」

 「ああ、おはよう……」


 霧姉はちょっと疲れた顔をしている。

 昨日の仕事の疲れが残っているのか、それとも篠の特訓に疲れているのかは分からない。

 挨拶と一緒に手渡してくれたのは……塗装されたヘルメットだ。

 ウチの工場で使っているヘルメットと同じ型なのだが、全体的に茶トラ柄でヘルメット前面部に風寅の顔が描かれている。

 そして後部には尻尾の先の部分が、左右にフリフリしている感じで描いてある。

 こんなの誰が描いたんだ? もしかして霧姉が描いたのか?


 「鏡ちゃん、そのヘルメットを被って寝ていたのだぞ」


 ……これが篠の言っていた秘策か。

 ただのズルじゃねぇか! しかもよくヘルメット被ったまま寝られたな!

 こんな不細工なヘルメット被って寝たら、悪夢にうなされそうだが……。


 「このヘルメット、霧姉が作ったのか?」

 「いや、鏡ちゃんが勝手に新品のストックを持ち出して作ったみたいだ。後でキチンと叱らなきゃ駄目だな」


 篠が作ったのか。

 ズルはともかく器用だな。

 上手に風寅が描かれているのだが……やっぱりブスな猫だ。朝から見るもんじゃない。


 困ったもんだと呟きながら、霧姉が新聞を渡して来た。

 そ、そうか、ゾンビハンター新聞だ! そうだよ、これなら昨日の予選の状況が載っているんじゃねぇか?


 思った通り昨日の結果が記載されていたのだが、扱いは凄く小さかった。

 記事によると長浜南高校、野洲工業高校が立て続けに全滅した事で、志賀峰さんは撤退を決断したらしい。

 しかし猛威を振るうブボーン相手では撤退する事も容易ではなく、二人の部員が死亡。

 部長として志賀峰さんは囮になり、馳一人を逃がしたそうだ。

 一人でブボーンに立ち向かい善戦するも、最後は掴まり下半身を食い千切られた、と。

 この志賀峰さんがブボーンと対峙していた時、スタジアムは物凄い盛り上がりを見せていた……という事らしい。

 俺は自分達の事で精一杯で、歓声を聞いている余裕なんてなかったけどな。  


 そうか、志賀峰さんは囮になって噛まれてしまったのか。

 あんな巨大な化け物と一人で戦って善戦……彼女は凄い人だったんだな。

 そして最後まで部長として頑張ったみたいだな。



 予選の記事の扱いが小さかった理由は簡単で、馳の事が大々的に取り上げられていたからだ。

 石山北高校も数年間の出場停止処分になったらしい。

 どれだけ志賀峰さんが命を懸けて頑張ろうが、馳の取った行動の所為で『石山北高校イコール琵琶湖に飛び込んだ卑怯者の馳が居る学校』というレッテルが貼られてしまっている。

 毎年決勝戦に駒を進めていた強豪校だったのに、今後このイメージを覆すのはなかなか難しそうだな。

 残された者にも迷惑が掛かると瑠城さんが言っていたのは、こういう事だったんだな。 


 そして記事によると馳や馳の家族は、昨晩から行方が分からないそうだ。

 自分から逃げたのか、それとも消されてしまったのか……。

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