滋賀県大会 決勝

第58話 心の傷


 五月半ばという時期はずぶ濡れになるにはまだまだ早く、俺達はまたもやシャワー室に直行した。


 ――が、温まっている最中に異変が起こった。


 「「「「ぅおおぉぉーーー!」」」」


 観衆達の声でスタジアム全体が揺れ始めたのだ。

 まるでシャワー室のすぐ外で、ジェット機のエンジンを稼働させているみたいだったぞ。

 この轟音と揺れは数分間に渡って続き、現在は収まっている。

 俺達に向けられていた歓声とは全然違った雰囲気だったのだが、一体何が起こったのだろうか。


 シャワー室を出ると霧姉達は既に待合所で待機していた。

 そしてそのすぐ傍では、前回の俺の時みたいに泉さんが数人の取材陣に囲まれていた。


 「将来の夢は自分のウォーターウェポンブランドを立ち上げる事です!」 


 笑顔で自分の夢をハッキリと言い切る泉さんはとても輝いていた。



 「ところでさっきスタジアム全体が物凄く揺れていたが、アレは何だったんだ?」

 「馳君がスタジアムに戻されたのでしょう。観客達が罵声を浴びせたり、物を投げ付けたりしたのだと思います」


 自ら琵琶湖に飛び込んだ者がどうなるか……って事だな。


 「この時ばかりは撮影の許可がおりますので、馳君の映像は既に世界中に向けて配信されているでしょうね。個人情報も特定されているでしょうし、彼がこの後普通に生きて行けないのは間違いないと思います」


 そ、そこまでするのか。

 ……するのだろうな。謎の失踪を遂げる者も居るって言うくらいだからな。


 石山北高校や他の学校がブボーンとどんな風に戦い、そして全滅してしまったのか俺には分からない。

 馳にはもう会う事もなさそうだし知る術もないが、志賀峰さんが最後にどういった死闘を繰り広げたのか俺も知りたかったな……。






 自宅に戻ると、親父が電話の対応に追われていた。

 どブサにゃん極の宣伝効果があったみたいだな。


 「すまないが今日の夕飯は二人で適当に済ませて来てくれないか?」


 霧姉は慌てた様子で俺に晩飯代を渡すと、制服のまま工場に向かってしまった。


 篠と二人でメシ……か。


 困ったな。

 実は今日の今日まで篠とは二人っきりで出掛けた事がない。

 そりゃー通学くらいは何度かあるが……どうしよう。


 「……コ、コンビニで何か買ってこようか? それともファミレスでも行くか?」

 「え……えっと、……水亀君に任せるよ」


 任せる、か。そんな事言われてもなぁ……。

 予選終わりでコンビニ弁当っていうのも、やっぱりちょっと寂しい気がするし……。


 「じゃ、じゃあファミレス行こうか」

 「……う、うん。私、着替えて来るよ」


 篠はパタパタと部屋に駆けて行った。

 ……メシ食いに行くだけで何緊張してんだ、俺。




 滋賀県内でもウチの近所は、昔ながらの風景がちょっとだけ残っている数少ない地域。

 まぁそんな場所だから、経営が傾いた工場でも存在し続けていられたのだろう。


 陽の落ちた住宅街。

 篠と肩を並べて街灯の明かりの下を渡り歩く。

 着替え終えた篠は普段着なのだが、一つだけ変わった点がある。


 「そういや篠、今日は予選終わってからずっとツインテールのままだよな」

 「え? ……う、うん。……ふ、深い意味はないよ?」


 いつもは髪を降ろしていて、ゾンビハントの時にしかツインテールにはしなかったのに。

 特にこだわりはなかったみたいだな。


 「そ、それよりも水亀君、……その……大丈夫?」

 「大丈夫とは何が? 何かおかしいか?」

 「……うん、少し。元気がないみたい。真面目な顔している時が多い……かな」

 「おい、そりゃどういう意味だ」


 まるで普段はだらしない顔をしているみたいじゃねぇか。


 「もしかして……石山北高校の部長さんに止めを刺した事、気にしてる?」


 篠は俺とは視線を合わせず、前を見ながら歩いている。

 みんなに気を遣わせないよう気丈に振る舞っていたつもりだが、どうやら篠には気付かれていたみたいだ。 


 「そう……だな。気にしていないと言えば嘘になるかな」

 「……可愛い人だったよね。部長さん」

 「ああ。可愛らしい人だったな」


 仕草も凄く女子っぽかった。

 フフ、そういや『私、部長なんです!』『部長ですから』と、何故かやたらと部長推ししていたよな。

 そんな時の表情もまた、魅力的な人だった。


 「……でもな、別に志賀峰さんが可愛らしい人だったから落ち込んでるわけじゃねぇぞ? 仲良くなった人が死んだのも初めてだし、この手でゾンビを倒したのも初めてだったからよ……」

 「そっか。水亀君はゾンビ倒したの初めてだったよね」

 「篠は初めてゾンビを倒した時、どんな気持ちだったんだ?」

 「私? えーっとね、……うーん、気持ち悪いって思ったかな」

 「なんだそりゃ。そういう事じゃなくてよ。他には何か思わなかったのか?」

 「他って言われても……特に何も考えなかったよ。それよりも漁港への帰り道が分からなくて、時間内に戻れるか不安で不安で――」


 それで今までよく生きて来られたな。


 「瑠城先輩も言ってましたけど、深く考えない方がいいよ? これからもどんどんゾンビは倒すんだし、いちいち考え込んでいたらキリがないよ?」

 「そうなんだけどよー」

 「もし水亀君がゾンビに噛まれてしまったらどうして欲しいかな? 止めを刺して欲しい? それとも放置して欲しい?」

 「そりゃー研究材料にされるのは嫌だし、初期ゾンビとして配置されるのも嫌だし、絶対に止めを刺して欲しいが――ああ、そういう事か」

 「そういう事だよ。きっと今頃石山北高校の部長さんも、天国で水亀君に感謝していると思うよ?」


 ……篠の言う通り俺の場合だった事を考えると、確かにそうかもしれねぇな。

 ってかそうでも思わなきゃ心が潰れちまうよ。

 毎回落ち込んで篠やみんなに心配かけるわけにもいかねぇし。


 「篠のおかげで少し気持ちが楽になったよ。ありがとう」

 「へ? そ、そう? 良かった」

 「それに今日の試合中もずっと守ってくれていただろ。そのお礼も含めて……色々ありがとうな」

 「う、うん。水亀君の事は私が守るから安心してよ。……うー、改めてお礼を言われると照れるなぁーうひゃー!」


 篠は変な声を上げながら、一人でズンズンと道路を突き進み始めた。


 改めてお礼を言うのは俺も恥ずかしかったが……ファミレスはそっちじゃねぇから、取りあえずこっちに戻って来てくれるかな?

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