第57話 予選閉幕


 「顔の不細工さに拍車が掛かっているぞ?」

 「うっせーよ!」


 せっかく精一杯カッコを付けて別れを告げて来たってのによ。

 泣くのを全力で我慢していた為か、酷い顔になっていたらしい。


 とにかく今日は色々と疲れた。

 全てが終わったからなのか、脱力感が凄い。


 バキッ!


 タンクを背負う時も、重さでよろけて尻もちをついてしまう始末。

 ……水の量が減っていてコレだもんな。痛てて……我ながら情けねぇ。


 「おいおい大丈夫か? しっかりしろよ?」 

 「雄磨君、帰りの船に乗り込むまでがゾンビハントですよ? 気を抜いては駄目ですよ?」

 「ああ、すまねぇ」


 初めてゾンビを倒したからなのか疲れが急に出た。

 タンクを背負って島内を移動していたのが原因かもしれない。

 前回のオープン戦よりもゾンビに慣れたからなのか、今回は腰を抜かしたりしなかったなー。

 そういや今回はお宝を全部発見出来なかったなぁー。

 石山北高校が獲得したお宝も回収し損ねたし……まぁいいか。

 今日は早く帰って風呂に入りてぇ。


 帰還する船の上では、そんな取り留めの無い事をボーっと考えていた。


 「……私、今日全然役に立っていなかったね」

 「そんな事ねぇよ。二刀乱舞さんはずっと俺の事守ってくれてただろ? それに序盤は独壇場だったじゃねぇか」

 「そうなんだけど……さ」


 篠はなにやら不満な様子だ。

 風寅のお面もしょんぼりしているように見える。


 「私はゾンビハントしか得意じゃないのに、活躍出来なかったら不安で……」

 「今日は泉さんが凄かったからな」


 狙撃の腕前は勿論の事、ウォーターウェポンの改造も凄かった。

 普通の銃みたいな威力が出ていたし……。


 「俺達はチームなんだから、二刀乱舞さんが何でもかんでも一人でやる必要はねぇんだ。全員が得意分野を発揮して、全員が無事に帰還出来て、それで勝利出来ればいいんだよ」

 「そっか……分かったよ」

 「それに次の決勝じゃ二刀乱舞さんに頼りっきりになるかもしれねぇんだし……まぁなんだ。その時は宜しく頼むよ」

 「うん。任せてよ!」


 どうやら元気を取り戻してくれたみたいだ。

 風寅のお面は不細工なままだがな。



 今回俺達のお宝は、篠が持参していたバックパックに詰めてある。

 大きなお宝が発見出来れば鞄を調達するつもりだったのだが、出て来るお宝は目録ばっかりで……全然必要なかった。

 ウォーターセイバーを仕舞って目録が水に濡れたら――とか誰も考えない。

 前回のオープン戦で金銭感覚がマヒしてしまったのかもしれねぇな。


 「船長、これを預かっておいてくれ」


 霧姉が数枚の目録を扉の下から船長に渡していた。


 スタジアムが近付いて来たので、各々が準備を始める。

 そう、ゴーグルの装着だ。

 今回は俺もしっかりと準備して来たから、狙撃されても大丈夫だぞ!


 『さぁみんな! 滋賀県大会予選第三組を勝ち抜いた樫野高校のご帰還だぞー! 準備はいいかー?』

 「「「「ぅおーーー!」」」」


 進行役のマイクパフォーマンスも聞こえて来た。

 今回も会場は盛り上がっているなー。

 俺もゴーグルを装着しよう。

 尻のポッケから防水ポーチを取り出し、ゴーグルに触れたところで異変に気付いた。


 「ぐわぁー! なんじゃこりゃー!」

 「急に騒いでどうしたのだ?」


 ……ゴ、ゴーグルが壊れている。

 右側のレンズ部分は大破。左側のレンズは鼻側の接合部が砕けている。


 ……ふぇぇぇー。


 「なんて事すんだよ霧姉! 高かったんだぞコレ!」

 「何を言っているのだ? 私は何もしていないぞ?」 

 「嘘吐け! 霧姉以外に誰がこんな事すんだよ!」

 「失礼な奴だな。……因みにゴーグルは何処に仕舞っていたのだ?」

 「防水ポーチだよ! ずっと尻のポッケに――」

 「船に戻る前に尻もちをついていたよな? その衝撃で割れたんじゃないのか? 変な音していたぞ?」


 ……た、確かに尻もちはついてしまったが。

 音なんかしていたか?


 「ハードケースに仕舞っておかないからだ。さぁさぁ馬鹿は放っておいて、みんなアピールの準備だぞ!」

 「「「はーい」」」


 みんな薄情過ぎ! 篠までかよ!

 ハードケースなんて邪魔だから要らねぇと思っていたが……ちょ、ちょっと待った!


 再び防水ポーチを取り出し、携帯電話を確認してみる。

 はい。ゴーグルよりも酷いです。お亡くなりになっていました。

 俺だけ大損害じゃねぇかよ! くそー!


 『さぁみんな! 英雄達を盛大に祝ってぇーーやれー!』


 「待て、待ってくれ! 俺はまだ心の準備ぐぼはぇ!」


 スタジアムからの一斉射撃はやっぱり堪える。

 目はいてぇし息は出来ねぇしで大変だ。


 ホント……目が痛ぇよ、くそ。堪えるなぁ……。


 オープン戦の時は無事に生きて帰って来られた安堵感や、お宝を回収出来た達成感が多少なりとも得られていて、狙撃されても何処か心地よさを感じられたが……今回はただただ虚しい。

 知り合いがゾンビハントで亡くなるところは二度と見たくねぇよ。

 このバケツをひっくり返したような水量で、今日の出来事や心に負ってしまった深い傷も全て水に流してくれればいいのだが、やっぱりそういうわけにはいかねぇよな……。




 凄まじい水量で呼吸するのも大変なのだが、今回は前回のオープン戦程でもねぇ。

 

 「神の手ゴッドハンドさんステキー!」

 「今度ワシのウォーターウェポンも作ってくれー!」


 集中砲火を受けていたのは……泉さんだ。

 そういや一番活躍した選手に水を掛ける観客が多いって言っていたな。

 今日は泉さんのおかげで生還出来たと言っても過言じゃねぇからな。


 そんな泉さんも前回は逆に観客を狙撃していたが、今回は狙撃銃を高々と掲げてアピールしているだけだ。

 何をどう改造したのか知らねぇが、あんな銃で狙撃すれば死者が出るからな。

 その点は霧姉も瑠城さんも理解しているみたいで、神の手ゴッドハンドが手掛けたウォーターウェポンで観客達を狙撃したりはしていなかった。 


 「よーし泉ぃ、彩芽、樫高ゾンビハンター部名物行くぞー!」

 「「おー!」」


 そして前回同様、今回も琵琶湖に飛び込むみたいで、三人がミストアーマーを脱ぎ始めた。


 「篠はいいのか?」

 「……うん」

 「どうしてだ? 一緒に飛び込んで来いよ。後で引き揚げてやるぞ?」

 「ううん、いいよ」

 「水着着てないのか?」

 「えっと……私、泳げないから……」


 そうでしたか。

 なんだか申し訳ない事を聞いてしまった。

 運動神経は凄く良いはずなんだがなぁ……。

 ゾンビハントしか得意じゃないと自分でも言っていたが……ホント、変わった子だよ。


 「「「それー!」」」


 霧姉達が大きな水飛沫を上げると、観客達は大いに盛り上がった。


 「樫野高校応援しているぞー!」

 「決勝戦も頑張れよー!」


 こうして予選第三組の試合は、俺達の勝利で幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る