第56話 残された仕事


 「残り時間は後どのくらいだ?」

 「そうだな……三十分少々ってところだな。私達の勝利は決まったのだが、これからどうしようか?」

 「その事なんですが、実は雄磨君にはお仕事が残っているのですよ。そうですよね?」


 瑠城さんは分かってくれているみたいで、自分のアサルトライフルを俺に渡してくれた。


 「……ああ。みんなも着いて来てくれるか?」


 学校方面のゾンビ達は、俺達が最初に向かった時に全滅させていた。

 だが今現在、三つの黒い靄が確認出来る。

 つまりブボーンに噛まれたり喰われたりしてゾンビ化した部員が居るって事だ。


 ――もしゾンビ化して島内を徘徊している私を発見した時は、島の支配者エリアルーラーさんが止めを刺して下さいね――


 冗談交じりで笑顔を見せていた志賀峰さん。

 もし彼女がゾンビ化してしまっているのであれば、俺達が止めを刺さねぇと運営側に回収されて永久に実験材料にされてしまう。


 彼女に銃口を向けるのは嫌だが、ゾンビ役として配置される志賀峰さんなんて絶対に見たくねぇ!


 みんなが自分の仲間だった部員に躊躇なく止めが刺せるのは、この思いが強いからなんだろうな……。




 向かっている最中に視界に飛び込んで来た学校のグラウンドでは、激しい嵐が過ぎ去った後のような無残な光景が広がっていた。

 校舎は破壊され、グラウンドには大きな穴が幾つも開いてしまっている。

 元々グラウンドの隅に設置されていた用具入れは、グラウンド中央付近でぐちゃぐちゃに潰れていて、その周囲には数体の遺体が転がっている。

 併設された幼稚園の建物を囲むグリーンのフェンスや、二人乗りの手漕ぎボートの残骸も至る所に散らばっている。

 ブボーンが投げつけたんだと思うのだが、俺達の時も真っ先に視界を奪っていなければ、大変な事になっていたのかもしれねぇな。


 やっぱりSSランク。真面にぶつかり合わなくて正解だったな。



 そんな残骸の中を徘徊しているゾンビが二体居る。

 残念ながら容姿が潰れて原形を留めていないので、何処の誰だかは分からない。

 今はまだグラウンドに足を踏み入れる前で距離も保てているので、背負ったタンクを降ろしてアサルトライフルを構える。


 「……瑠城さん、俺の構え、何処かおかしいところはないか?」

 「そうですね……右肘は水平の高さになるくらいまであげて、頬を銃床にピッタリと付けた方が照準が安定すると思います」

 「こうか?」


 言われた通り構えを変えてみたのでが、なんだか凄く窮屈な感じがする。


 「はい。良くなったと思います」

 「雄ちゃん、急にやる気になってどうしたのだ?」

 「……俺はまだ一体もゾンビを倒していねぇ」


 馳を見て思った事だ。

 俺には覚悟が足りなかった。

 それに自分はゾンビを倒さずにみんなに倒して貰ってばかりだと、いざっていう時に動けないと思う。

 みんなが危険に晒された時には、俺だってやるしかねぇんだ。


 俺は馳みたいにはならねぇ。

 絶対に仲間を見捨てて琵琶湖に飛び込んだりしねぇ!


 ダッダダダダ……!


 最初からヘッドショットを狙いに行くなんて無謀な真似はしなかった。

 ウォーターウェポンだからなのか伝わってくる衝撃は少なく、弾道がブレる事もない。

 これは泉さんの調整のおかげなのかもしれない。

 命中した弾と外れた弾が半々くらい、胴体から首筋の辺りに数発命中したところでゾンビが浄化し始めた。


 「上手ですよ! もう一体もその調子で仕留めましょう!」


 仕留めたゾンビよりも距離があったので、若干命中率は落ちたものの、もう一体のゾンビも難なく浄化させる事に成功した。

 距離が保てているからなのか、ゾンビの顔が分からないからなのか、恐怖から体が震える事もなかった。

 これが突発的な場面だったり、至近距離での攻防だったりするとどうなるか分からねぇが、とりあえず一歩前進と言ったところか。


 そしてグラウンド中央倒れてで動かなかったゾンビが、腕の力だけで地面を這うようにゆっくりと俺達の方に向かって来た。

 立ち上がないのではなく、立ち上がねぇんだ。

 ミストアーマーごとブボーンに食い千切られたのか、下半身がざっくりとなくなっている。

 なかなか前に進めない様子のゾンビだが……血で真っ赤に染まったシュシュで髪が束ねられている。


 シュシュ――ま、まさか……?

 フワフワだった長い髪も血でベットリとくっ付き、生前の面影など全くない変わり果てた姿となってしまっている。


 嘘……だろ?

 このゾンビが……志賀峰さんなのか?


 あまりの変わりように動揺してしまったのか、その場から全く動けなくなってしまった。


 「ア、アアァ……ウガァァ……」


 しゃがれた呻き声を発する醜女が、苦しみ悶えるようにこちらに向かって来る。


 「……雄磨君、気持ちは分かりますが……早く彼女を楽にさせてあげましょう」 


 俺の肩にそっと手を添えて話してくれた瑠城さんの言葉で気持ちが吹っ切れた。

 その通りだ。早く彼女を楽にしてあげたい。

 こんな状態の彼女を、スタジアムの観衆に見せるのも嫌だ。


 銃口を上げて彼女の額に照準を定めた。


 ダダダン!


 弾道は一直線に額を捉え、その瞬間にゾンビはガクッと地面に崩れ落ちて活動を停止した。 

 付近にゾンビの脅威が迫っていない事を確認してから、瑠城さんにアサルトライフルを返す。


 「あまり深く考え込まない方がいいですよ? 結果はどうであれ彼女は石山北高校の部長として精一杯頑張ったと思います」

 「……そうだな。ありがとう瑠城さん」


 励まされると泣きそうになる。


 「なんちゅう顔をしてるのだ! 勝ち残ったのだから胸を張れ胸を!」

 「痛ってーな! 馬鹿力で背中を叩くな!」

 「さぁ、時間も少なくなって来たし帰るとするか! 今回は時間に余裕を持って帰るぞー!」


 霧姉も気を遣ってくれているのか、俺に元気を出させようとしている。

 またみんなでマラソン大会するのは御免だからな。


 「そうだな。……でもちょっとだけここで待っていてくれるか?」


 みんなを待たせたまま駆け足で志賀峰さんのもとへと駆け寄る。

 伏せている志賀峰さんの横顔は先程までとはまるで別人で、憑き物が落ちたようにスッキリと穏やかな表情を見せていた。

 こうして彼女に会えるのはこれが最後で、悲しくないと言えばウソになる。

 ……いや、正直無茶苦茶悲しいし、泣き崩れたい。

 でも俺のファンだと言ってくれた彼女との別れ際だし、ゾンビハントじゃまだまだ駄目駄目な俺だが、最後にカッコ悪いところを見せたくねぇ。


 「これは志賀峰さんにあげた物だから」 


 そう言って彼女の手にゾンビ缶バッジを握らせると、ボロを出してしまう前にその場を後にした。


 これでサヨナラだ。

 もしかしたら近々俺もそっち側に行くかもしれねぇけど、その時には絵馬の件、ゆっくりと話を聞かせて貰うぞ。

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