第55話 幕切れと特殊部隊


 視界を奪われたブボーンはもがき苦しみ、その場で暴れている。

 ヤツの背後には壁に消防艇庫と書かれた建物が見えていて、俺達との距離は数十メートルといったところ。

 俺達が歩いて近付かなきゃいけない理由は簡単で……霧姉の射撃が下手でブボーンに当たらないからだ。

 無駄に水とバッテリーを消費されても困る。

 普段から射撃の練習をしておけよ! ったく。


 ブボーンとの距離が大凡二十メートルにまで狭まったところで、瑠城さんが自分の左膝の辺りとブボーンとを交互に指差し始めた。

 霧姉にブボーンの左膝を狙えと言っているのだろう。


 ダッダダダダ……!

 ズドドド……!


 アサルトライフルを脇に構えた瑠城さんが先に攻撃を開始すると、続けざまに霧姉も攻撃を開始する。


 瑠城さんが事前に考えた作戦では、真っ先に泉さんがブボーンの両目を狙撃して視界を奪う。

 その後瑠城さんと霧姉で両足を攻撃してブボーンの動きを止め、最後に篠が頭を攻撃して止めを刺すという事だった。


 瑠城さんの攻撃は的確にブボーンの左膝辺りを捉えていて、白い蒸気が立ち昇っているのだが……霧姉の攻撃が全然当たらない。

 背後に建つ消防艇庫の外壁だけがどんどん破壊されて行く。


 「何やってんだよ! 何の為にサイトスコープが付いてんだよ! 赤い点を膝に向ければいいだけだろうが!」

 「ええい、うるさいぞ雄ちゃん! ちゃんとやっているじゃないか!」


 見ていてイライラするくらい霧姉の射撃が下手過ぎる!


 遂には消防艇庫の屋根が、ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちる始末。

 駄目だこりゃ。


 ――と、ここで予想外の展開が起こった。


 「ブオォ―――ン!」


 屋根が崩れ落ちる大きな音に反応したブボーンが、俺達がそこに居ると勘違いしたのか雄叫びを上げながら消防艇庫に向かって勢いよく飛び掛かったのだ。

 当然消防艇庫という名前の通り、建物の内部には消防艇が完備されているのだが、建物は短い桟橋が渡された先の琵琶湖に浮かんでいる。 

 外壁に激突したところでブボーンは琵琶湖に落水。


 「ブオォ――」


 雄叫びを上げたまま動きを硬直させ、そのまま大量の蒸気を発しながら浄化していった。


 なんて間抜けなヤツだ!

 瑠城さんはブボーンの事を猪突猛進型と言っていたが、勝手に琵琶湖に飛び込んで自滅するなんて馬鹿過ぎるだろ!


 「……ホ、ホラ見ろ! 私の狙い通りだったじゃないか」

 「嘘吐け! たまたま上手く行っただけじゃねぇか!」

 「「アハハ……ハァ」」


 合流した泉さんと瑠城さんも苦笑いしている。


 「……私の出番、なかったね」


 篠の出番もそうだが、俺に与えられていた役割である霧姉と瑠城さんのアサルトライフルの給水作業も必要なかった。

 真正面からぶつかれば手強い相手だったのかもしれねぇが……なんだかなぁ。

 呆気ない幕切れだったと嘆くべきか、誰も怪我せず対処出来たと喜ぶべきか。


 「と、とにかくブボーンは倒したし、まずはみんなの装備に給水しておこう」


 ミストアーマーやウォーターウェポンのタンクに給水していると、数隻の小型警備艇が湖岸に接近して来た。

 全身真っ黒な装備品を纏った特殊部隊が十数名乗り込んでいて、背中上部には白い文字で『Z・H』と書かれている。


 「訓練された部隊みたいだが、あいつらは何だ?」

 「ゾンビハンター社の特殊部隊ですよ。石山北高校の馳君を回収に来たのです」


 瑠城さんの言葉通り、警備艇は前方の浜辺で立ち枯れている馳の野郎に向かって行く。

 回収って事は馳はこのまま何処かに連れて行かれるのか?


 「ちょっと馳に聞きたい事があるから、みんな着いて来てくれ」


 給水作業を中断して、急いで馳のもとへと向かった。


 Tシャツ姿の馳は全身ずぶ濡れで、光が灯っていない目をして何かをブツブツと呟いている。

 特殊部隊の二名がそんな馳の両脇を抱えるようにして、警備艇に引き上げる直前だった。


 「おい馳! 志賀峰さんはどうした!」

 「……」


 俺の問い掛けに反応はない。

 口元がずっともぞもぞと動いているだけだ。


 「雄ちゃん、参加者同士のトラブルは御法度だぞ」

 「ああ、分かっている。そんなつもりはねぇ」


 防波堤を乗り越え浜辺に降り立ち、更に馳との距離を詰める。


 「俺との約束はどうした」

 「……」


 目を合わせる事もなく、声になっていない呟きを繰り返しているのだが、左手ではTシャツの裾に付けられたゾンビ缶バッジをしっかりと握り締めていた。

 心此処に在らず……じゃねぇな。心が死んでしまったというか、廃人になってしまったって言った方が正しいのか……。


 「チッ……。とにかくコレはテメェの物じゃねぇ。もう必要ねぇだろうし返して貰うぞ」


 きつく握り締められている馳の左手をこじ開け、ゾンビ缶バッジを取り外した。


 「下がれ」


 特殊部隊の一人に手で押し放されると、馳を乗せた警備艇は湖岸を離れて何処かに向かって行った。


 「……奴はこの後どうなるんだ?」

 「この試合が終わるまでは一旦隔離されますね。そして試合終了後スタジアムに連行されます」

 「スタジアムに?」

 「はい。試合終了後、帰還する者は栄誉と称賛を受けられますが、琵琶湖に飛び込んだ者は――どうなるかご想像にお任せします」


 全く逆の扱いを受けるって事か。

 まぁ馳の野郎がこの後どうなろうが俺には知ったこっちゃねぇ。

 問題なのは――


 「霧姉、俺達以外の生存者はどうなっている?」


 志賀峰さんの状態だ。

 ブボーンと接触する前は、石山北高校の部長とタンク職の二名が生存していると言っていた。

 彼女が生き延びている可能性はかなり低いと思うが、無事なら助け出してあげたい。

 祈るように問いかけてみたのだが―― 


 「……飛び込んだ馬鹿以外は全員死亡扱いになっている」  

 「そうか」


 ……やっぱり駄目だったのか。

 だが、そうなると俺にはまだやらなきゃならねぇ事が残っている。 

 悲しんでいる場合じゃねぇ。

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