第54話 ブボーン戦
あの野郎、まさか志賀峰さんを見捨てて自分だけ逃げて来たのか?
「何だあの馬鹿は。おい泉、まだ狙えないのか?」
「もうちょっとアイツが邪魔だよ。でもこのままだと狙えるようになる前にアイツが喰われちゃうと思う」
確かに今のままだと泣き叫びながら走る馳が追い付かれるのも時間の問題だ。
ムカつく奴だが目の前で襲われるところを見捨てるのは、何だか違う気がする。
それに奴からは志賀峰さんの事をきっちりと問いたださなきゃならねぇ。
「あい――」
あいつも助けてやろう。
そう言おうとした時だった。
俺達が見守る中、馳がとんでもない行動に出やがった。
「うゎぁあああー!」
喚きながら走る馳は突如道から脇に逸れると、腰の高さ程の堤防に足を掛け勢い良く踏み切った。
手足をバタつかせながら宙を舞った後、俺の視界からこつ然と消え失せた。
追い掛けていたブボーンも前足で道路を突っ張るように急ブレーキを掛けると、馳が消えた方向である湖岸沿いの浜辺を眺めている。
……お、おい。
「なぁ、あの場所って琵琶湖……だよな?」
「ええ。少しだけ砂地がありますが、あの勢いで踏み切れば確実に琵琶湖まで届いているでしょう」
自分から琵琶湖に飛び込みやがった!
スタジアムの方からも地鳴りのような音が響いて来ている。
「おい彩芽、あの馬鹿やりやがった! やりやがったぞ!」
「はい、やりましたね。ゾンビハントに参加する者が絶対にやってはいけないタブーです! 自分可愛さに琵琶湖に飛び込みました。あの瞬間に家族、友人、それに今日散って行った同じ石山北高校の部員達の名誉まで傷付けたのです。決して許される行動ではありません!」
瑠城さんの言葉にも怒りの感情が込められている。
最初にこのルールを聞いた時は、正直何がおかしいのか俺には理解出来なかった。
ゾンビに喰われそうになれば、誰でも琵琶湖に飛び込むだろうとその時は思っていたし。
だが実際にはそうじゃなかった。
ゾンビハントに参加する誰しもが、誇りと覚悟を持って戦っていた。
夢や名誉の為に仲間達と共に命を懸け、そして儚くも散って行った。
それはスタジアムで観戦していた時の膳所堂高校や大津京高校のみんなも同じだ。
どんな困難な状況でも決して諦めず仲間を助ける為に体を張り、無理だと理解しつつも強大な力を持つゾンビに立ち向かう姿を見て、今までゾンビハントに興味がなかった俺でもカッコイイと思ってしまったし、そんな彼等に『男』を感じてしまったのだ。
馳が取った行動は、島内を逃げ回るのとは理由が違う。
ルールを無視して自分だけは助かろうだなんて身勝手な行動は、そんな彼らの勇気を踏みにじる行為であり、ゾンビハントに参加する以上断じて許される筈がない。
……俺にも言える事だが、馳には色々と覚悟が足りなかったようだ。
「……今は目の前の脅威を排除する事に集中しましょう。泉さん狙えますか?」
「うん。ヤツがこっちを向いた瞬間にくらわせてやるよ」
再び俺達の間に緊迫した空気が流れ始めたその瞬間――
タンッ!
「ブオォ―――ン!」
甲高い射撃音が鳴ると、ブボーンは二本足で立ち上がり雄叫びを上げた。
そして赤黒い両手で右眼を押さながら周囲の様子を窺っている。
泉さんの狙い澄ました一撃が、ブボーンの右眼を見事に撃ち抜いたのだ。
「命中! もう一発行くよ!」
防御壁の内側に引っ込んだ泉さんは、慌ただしくレバーをスライドさせている。
「霧奈さん、私達も準備しますよ」
「ああ。二刀乱舞さん、雄ちゃん、しっかり後ろに着いて来てくれ」
「はい!」
「あ、ああ」
や、やるしかねぇ。
怖過ぎるが、やらなきゃ俺達がやられる!
再び泉さんが防御壁の角に狙撃銃を据えようとすると――
「ブオォ―――ン!」
より一層大きな雄叫びが響いた。
どうやらコチラの存在がブボーンに気付かれてしまったみたいだ。
篠の背後に隠れつつ前方の様子を窺ってみると、負傷した右眼を押さえた怒れるヒヒが、鬼の形相でこちらに向かって突進して来た。
待機するみんなもすぐさま身動きが取れる体勢へと移行する。
タンッ!
すぐさま二射目が放たれたのだが、今度はブボーンの右眼を押さえる指先から血飛沫が舞った。
僅かに逸れてしまったみたいだ。
泉さんは防御壁の内側に引っ込む事なくガチャガチャとレバーをスライドさせているのだが、その間もどんどんブボーンが近付いて来る。
……ち、近付いて来るって!
「い、いい泉さん! いい急いで急いで!」
「分かってるよ! 焦らさないでよ馬鹿!」
怒られてしまった。
霧姉と瑠城さんからも少し黙っていろと睨まれてしまった。
一度肩で大きく深呼吸をしてから、泉さんは再びスコープを覗き込む。
「……主よ、私の目に……私の指先に力をお与え下さい」
タンッ!
「ブオォ―――ン!」
呟くお祈りの後に放たれた一撃は、正確に左眼を撃ち抜いた。
ブボーンは突進を止め、再び二本足で立ち上がり両手で顔を押さえている。
瑠城さんはブボーンの一連の動きを、目を凝らしてしっかりと確認していた。
手首に付いているスイッチを押してミストアーマーを駆動させると、霧姉と泉さんにもスイッチを入れるように指示を出す。
そして俺達に二手に分かれて道路脇へと移動するようにと、全てハンドサインで指示を出した。
瑠城さんが声を出さないのは、俺達の正確な居場所をブボーンに特定させないようにする為だろう。
視界を奪う事には成功したが、闇雲に突進して来るかもしれねぇからな。
霧姉、篠、俺の三人は民家が建ち並ぶ道路左手側から。
そして瑠城さんと泉さんは道路を挟んで漁港側からと、二手に別れてブボーンに向かって接近を開始した。
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