第53話 何をやっているだよ
漁業センターへと向かっていると状況が変化した。
「……ブボーンが動かなくなったぞ?」
遥か遠くのどす黒い靄が動きを止めてしまったのだ。
「霧奈さん、大田上高の部員さんはまだ生存していますか?」
「いや、今確認してみたらどうやら大田上高校は全滅したみたいだぞ? 逃げ切れなくて途中でやられちゃったんじゃないか?」
「かもしれませんね。雄磨君の言う通りブボーンが動きを止めているのであれば、今はお食事中だと思われます」
想像したくねぇ。
「今気付いたのですが、他の学校の部員さん達は先程の遠吠えを、ブオーンのものだと勘違いしている可能性があります。そうなると何処かで態勢を整えて身を潜めて、小さな物音でおびき寄せる作戦を取っているかもしれませんね」
「そうか、ブオーンは音に反応するって言っていたな。小さな物音だとブボーンの方は気付かねぇだろうし、このまま他校の部員達とは接触しねぇかもしれねぇんだな?」
おお! 俺としてはそっちの方が助かる。
これ以上他校の部員達に被害が出ねぇ方が良いし、俺もブボーンには出会いたくねぇ。
よしよし動きを止めたブボーンには誰も近付くんじゃねぇぞ?
俺達は漁業センターまで移動して来たが、未だブボーンの動きに変化はない。
「全滅したのは大田上高校を含めて二校だ。残っているのは私達と石山北高校、
「その端末じゃそれぞれの高校が何処に居るかまでは分からねぇんだよな?」
「ああ。部員の情報やポイント状況までは分かるけどな。それで彩芽、実際にブボーンと戦闘になった場合、どうやって戦えばいいのだ?」
「そうですね、作戦としましては――」
瑠城さんがブボーンの倒し方を教えてくれている最中も、俺はブボーンの動向を探り続ける。
「雄磨君、ちゃんと聞いていましたか? 今回は雄磨君にも頑張って貰いますからね」
「ああ、任せろ! ――と言いたいとこだが自信はねぇ……。精々邪魔しないように頑張るよ」
「何だその弱気な発言は! シャキッとしろシャキッと!」
霧姉に発破を掛けられても無理なもんは無理です。
ええそうですよそうですとも。馳の野郎の事を偉そうに言っていたが、俺も怖いんだよ。
「大丈夫だよ。水亀君は……私が守るから」
「……ありがとう、二刀乱舞さん」
男子と女子の立場が逆な気もするが仕方がねぇ。
だって篠の方が強えぇんだからよ!
篠が頼もし過ぎて、餅を喉に詰まらせて苦しんでいるようにも見える風寅のお面が凄く凛々しく見えるぞ。
膠着状態が続き残り時間だけがどんどん少なくなっていく中、遂にブボーンの動きに変化が現れた。
「……ブボーンが激しく動き回っている。一気に学校のグラウンドまで来たみたいだぞ」
距離が近くなって来た事で、大凡の位置が把握出来るようになった。
「音に反応しなかったブボーンにしびれを切らして、何処かの部員さんが仕掛けたのかもしれませんね」
「長浜南高校だ。二人が一瞬にしてやられたぞ! ――あ、また一人やられた」
くそ、無茶しやがって。
このまま制限時間まで放置していれば死なずに済んだものを。
「こっちまでやって来るかもしれません! 私達も迎撃態勢を取りましょう!」
瑠城さんの指示通り俺達も移動を開始する。
向かう場所は沖ノノ島漁港の端で、学校へと通じる道が数十メートル先までまっすぐに見通せる場所。
金色の魚のオブジェが屋根に乗っかっている土産物屋の傍だ。
「霧ちゃん、そこの台取ってコッチに置いてくれる?」
「よし任せろ」
霧姉は土産物屋の脇に設置されていた重そうな台を引っぺがすと、道路の中央にドンと設置した。
防御壁になるよう台は倒され、天板側が学校方面向けられている。
校長先生が校庭で朝礼をする時に上る台にも似ているのだが、この防御壁に俺達は身を潜めた。
ブボーンがこちらへ向かって来るには、平行に並んだ学校へと通じる二本の道のどちらかを通って来るしかない。
体の大きなブボーンだと、家屋が密集した細い道では通れないだろうとヤマを張り、道幅が広い湖岸沿いの道に的を絞った。
万が一別の道、例えば一度山に登り再び漁港付近の山から下りて来る、家屋の屋根伝いに向かって来るといった可能性も考えて、距離が確保出来る漁港内にいつでも退避出来るこの場所を選んだのだ。
泉さんは天板の角に狙撃銃を据え、スコープを覗き込んでいる。
「長浜南高校、そして野洲工業高校も全滅だ。ブボーンの殲滅力は圧倒的だぞ!」
「石山北高校の状況はどうなってる?」
「石山北も危ないぞ。残っているのは二人、部長とタンク職の一年だ」
くそ、志賀峰さんも危険なのか!
馳の野郎が約束通り志賀峰さんを守っているのか?
そんな事を考えていると、いよいよブボーンがこちらに向かって来たみたいだ。
非情だが他校を心配している余裕はねぇ!
「ブボーンがこちらに向かって来ているぞ! 瑠城さんの予想通り湖岸沿いの道だ! 泉さん、頼んだぞ!」
「了解、任せてよ。……主よ、私の罪をお許しください。……ブツブツ」
スコープを覗きトリガーに指を乗せている泉さんがお祈りを呟き始めた。
どんどんブボーンがこちらに向かって近付いて来ている。
怖い、マジで怖い。震えが止まらない。
みんなは何故平気なんだよ……。
「大丈夫だよ?」
篠は俺の肩にそっと手を置き、励ましてくれている。
「来た! ……えー、来たんだけどさ、前にすっごい邪魔な奴が居るんだけどどうしよう?」
じゃ、邪魔な奴? なんだそりゃ?
泉さんの隣まで這い進み、そろりと防御壁の脇から顔を出して前方を覗いてみた。
遥か前方では家屋の屋根程も高さがある巨大なヒヒが、黄金に輝く長い毛を全身になびかせ、四本足で大地を蹴るように走ってこちらに向かって来ている。
瑠城さんはブボーンの事をヒヒだと言っていたが、実際には毛の長いゴリラみたいな奴だ。
手足や顔には黄金の毛は生えおらず、赤黒く硬そうな肌をしている。
そんなブボーンの前方では、一切の装備品を持たない無防備な男が、時折後方を振り返りながら不細工に走っていた。
……おい、何をやっているんだよ。
なんで一人なんだよ、馳!
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