第46話 商売上手の本気


 『そしてコチラが――今ゾンビハンター業界を賑わせている、樫野高校の皆さんです!』

 「「「「おおー!」」」」


 水上ステージ上で俺達が紹介されると、スタジアム全体からどよめきが起こった。


 「おい、アレって――」

 「ああ、間違いない。彼女は二刀乱舞だ!」

 「一匹狼だった二刀乱舞が樫高に加わったみたいだぞ!」

 「高校生だったのか! ビッグニュースだ!」


 篠が樫高に転入して来た事を誰も知らなかったみたいだ。


 『樫野高校の部長さんはご自身もランク入りを果たされましたよね? 前回のオープン戦が終わった後、周囲の反響はありましたか?』

 『はい! みなさまからたくさんの応援をいただきましたぁ!』

 『そうでしょうねー! なんたって他の参加者達が全滅する中、見事デスアタックから生還されたのですからね!』

 『はぁい! このゾンビ缶バッジ達のおかげでーす!』


 霧姉はミストアーマーに取り付けたゾンビ缶バッジをすかさずアピールしている。

 そしてそのゾンビ缶バッジの傍には、新商品のキーホルダーがさり気なく飾られているのだが――


 『おや? 今話題沸騰中のゾンビ缶バッジの他にも、別のキーホルダーが付いてますね? コチラは――』


 掛かった。

 進行役えものキーホルダーえさに喰いついた瞬間、霧姉の目の色が変わったぞ。


 『コチラはウチのお父様が経営する水亀商店の看板商品、どブサにゃん極でーす! 招き猫になっていて持っているだけで金運が上昇して幸運を招き寄せる、不思議な御守りなんですよぉ!』

 『へ、へぇ。そうなんだ』

 『はい! 全部で五種類あって私が着けているのは黒猫のじぃじでーす!』

 『は、はぁ。何処かで聞いたような――』

 『その他にもゾンビマスターの彩芽ちゃんが身に付けているのが白猫のホワン姫でぇ、神の手ゴッドハンドの泉ちゃんが身に付けているのが灰猫のグレール公でぇーす!』

 『じゃ、じゃあそろそろ――』

 『そして私の弟、島の支配者エリアルーラーが身に付けているのが、三毛猫のミッケルでーす! カワイイでしょー!』


 霧姉は全く容赦しない。

 次の学校の紹介に移動しようとした進行役の肘にさり気なく腕を回し、ガッチリとロックしているぞ。


 『ミッケルを所持していると、何故か探したい物が見つかり易くなるのですよぉ! 凄いでしょー?』

 「「「「うぉぉーー!」」」」


 アピールしつつしっかりと体の前で『注意書きテロップ』を出す事は忘れていない。

 実演販売のプロフェッショナルみたいな手際の良さだ。


 危険な病気を患っているような斑点が、三毛の模様だと言うから驚きだ。

 俺が身に付けているキーホルダーは絵に描いたような詐欺師ズラで、嘘臭い尖った髭を生やしている。

 因みに霧姉から教わったのだが、ミッケルの名前の由来は『猫』と俺がお宝を『』を掛けているそうだ。 


 全くもってどうでもいい情報だ。


 『そしてそして、二刀乱舞さんが装着しているお面とキーホルダーは茶トラの風寅カゼトラでーす! すっごくカワイイでしょー!』


 進行役をロックして放さないもう片方の手で、今度は篠の肩を抱き寄せた。


 『どブサにゃん極、最高』

 「「「「うぉぉーーー!」」」」


 篠がマイクに向かって一言放つと、会場中が熱気に包まれた。


 以前篠に聞いたのだが、これまでオープン戦に参加していた時に、何度か進行役からマイクを向けられたそうなのだが、『緊張して何を話せばいいのか分からないから』と無視して一切何も答えなかったそうだ。

 どおりで俺達が参加したオープン戦の時も、進行役のオッサンが篠には一切話題を振らなかったわけだ。

 その篠から声が聞けたとあって、オッサンも驚きの表情を見せている。


 『二刀乱舞さん、今日の意気込みを聞かせて貰ってもいいですか?』

 『どブサにゃん極、最高』

 『あ、あのー、今日の意気込みを――』

 『どブサにゃん極、最高』

 『……以上、樫野高校でした』


 勿論仕込みだ。

 霧姉から何があっても『どブサにゃん極、最高』とだけ答えていればいいと篠は言われていたのだ。


 霧姉は『商売上手』の二つ名が付いた時に、ステージ上でアピールしても御咎めなしだと分かった事で、次回はもっと派手にアピールすると言っていたが……ちょっとやり過ぎじゃないか?





 「ぐははー! 完璧だったなー!」


 沖ノノ島へと向かう船上で、霧姉は篠の肩を抱きながら大きく踏ん反り返っている。

 確かここの映像もスタジアムから観戦出来たはずだが、そこは特に気にしないのか?


 穏やかな波間を突き進む船の前方には沖ノノ島が見えている。

 またこの場所に戻って来てしまった。


 俺達樫野高校は他の参加校から少し距離を置かれているみたいで、俺達の周りには誰も居ない。

 しかしチラチラと視線は感じるので意識はされているのか、それとも俺達の動きはマークされているのか……。


 「雄磨、ちょっといい?」


 泉さんが俺の傍に寄って来て、そっと耳打ちした。


 「この前予選を見に来た時に、漁業センター付近はウォーターウェポンの争奪戦になったでしょ? 多分この試合でも同じように漁業センター付近は混戦になると思うのよ。だから今この場所からウォーターウェポンの設置場所って探せる?」

 「……ちょっと距離があるから難しいな」

 「じゃあさ、船上で探しながら沖ノノ島に向かって、島に到着すると同時にまずはウォーターセイバーを回収、その後給水作業をしてから真っ先に船上から探していたウォーターウェポンを回収しに行こうよ。出来ればアタシは狙撃銃が欲しいなー」

 「分かった。みんなに気付かれないように探しておくよ」

 「頼んだよ」


 笑顔で肩をポンポンと叩かれた。

 ……そもそもこういう作戦は試合前にしておくべきだと思うのだが、ウチのゾンビハンター部は霧姉が部長で本当に大丈夫なのか?


 俺達を乗せた船がどんどん沖ノノ島に近付く。

 進行方向の右手側には真っ赤な鳥居が見えている。

 ここは住宅街からかなりの距離があるのだが……おうおう、ちょっと強めのゾンビはいらっしゃるみたいだ。

 鳥居の奥の階段を登った先には建物があるみたいだが、そこにウォーターウェポンが設置してある。

 ここにはお宝はないみたいだが、こんな場所にお宝を設置されたら回収するのが大変そうだな。

 俺はお宝が設置されていないと分かっているので、こんな場所には寄り付きもしないが他の参加者達は違う。

 獲物を求めてここまでやって来るかもしれないし、そしてこんな場所まで来て何もなかった時の絶望感と疲労感は半端ないと思う。

 漁業センター付近からだと徒歩で三十分……いや、ゾンビを警戒しながらだともっと掛かりそうだな。 

 二時間という制限時間をかなりロスしてしまうのだ。


 「おい、島の支配者エリアルーラーさんが弁財天の鳥居を見ながら、何か深く考え込んでいるぞ」

 「ああ。もしかしたら厳島神社にお宝が隠されているのかもしれないな」

 「狙ってみるか?」


 ……か、勘違いされてしまった。

 俺の事を観察でもしていたのか、大田上おおたなかみ高校の男子達がヒソヒソ言い合っている。

 あそこには何もないぞって教えるのもおかしいしな。……参ったな。

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