第44話 有名人
スタジアムで観戦した二日後、いよいよ俺達の出番がやって来た。
五人で参加する初の公式戦だ。
オープン戦の時と同じく、俺だけがみんなとは別の更衣室で着替えを済ませる。
この日の為に、前回のオープン戦で学んだ事はしっかりと準備して来たぞ。
ズボンの下には水着を着用しているし、私物はキチンと防水ポーチに入れた。
そしてその中にはしっかりと競泳用のゴーグルも忍ばせてある。
前回は霧姉の所為で酷い目に遭ったからな。
フフ、今回は準備万端だぞ。
更衣室では数名の係員が待機していて、厳重な監視の下、ミストアーマーの配布が行われた。
ミストアーマーを着用する選手は、富士工業社とYAMATO社のどちらかを選び、係員がサイズを選んでくれる。
そしてタンク職にもこの場で二十五リットルのタンクが支給された。
このタンクはなかなかの優れモノで、ジャバラ状に伸びる一本のホースから給水が可能となっている。
しかもこのホース、手元のスイッチで水を出したり止めたり出来る仕様になっていて、給水の手間をかなり軽減してくれるぞ。
家庭の蛇口でしか給水出来ないルールなので、縦長のタンクだとキッチンのシンク内で蛇口が邪魔になって給水しにくいからなのか、クーラーボックスみたいな横長の形状となっていて、背負う為の頑丈なベルトが備わっている。
上部のフタもパカリと外れるし給水はやり易そうだがこのタンク、近くで見ると……異常にデカい。
水二十五リットルって、二十五キロだよな……。
タンクも頑丈に作ってあるので、実際の重量はそれ以上、か。
俺の肩、大丈夫かな。……最悪満タンに給水するのは勘弁してもらおう。
更衣室内には俺と同じようにタンクを背負っている選手が、俺を含めて六名。
つまりどのチームも男子がタンク職に就いているみたいだ。……まぁ当然か。
二十五キロのタンクを背負って楽々動ける女子高生なんて、この世に一人しか存在しないだろう。
そしてタンクを背負っている選手以外は、全員ミストアーマーを着用している。
男子と言えど安全にかかわる事なので当然と言えば当然なのだが、実は俺達樫高は違う。
篠はミストアーマーを着用しないのだ。
というのも――
「何言ってんだよ篠! 危ねぇじゃねぇかよ!」
「あんなの着ていた方が危ないよ。……だって動きが制限されてちゃんと動けないもん。要らないよ」
昨日の最終打ち合わせでキッパリと断られた。
ずっとミストアーマーを着用せずに、ウォーターセイバーのみで戦って来た篠からすれば、逆にミストアーマーは邪魔になるらしい。
確かに篠の場合、ミストアーマーを着用していれば飛んだり跳ねたり出来ねぇもんな。
……そもそもあの小さな体に合うサイズがあるのかどうかも不明だが。
そして選手権のルールではミストアーマー未着用、且つセイバーでゾンビを撃破した場合、ポイントが四倍になるんだよな?
篠がオープン戦の時みたいに無双すれば、とんでもない事になりそうだ。
霧姉達とも相談した結果、篠には自分の動き易いスタイルで戦って貰おうという事で、ミストアーマー未着用に決まったのだ。
――というわけで、俺と篠は
店名の下にウチの電話番号が付け加えられただけだがな。
「ゾンビハンター新聞に
霧姉は絶対にビジネスチャンスを逃さないらしい。
「おい、お前話し掛けて来いよ?」
「ちょ、何で俺が? お、おおお前が行けよ? ファンなんだろ? チャンスじゃないか」
「ば、馬鹿緊張するだろうが」
更衣室内で注目を浴びる俺。
今までだったら無視してやり過ごしていたのだが、そういうワケにも行かない。
「やぁ君達、今日はよろしく! 正々堂々戦ってみんなで生き残ろうな!」
「は、はい!」
「が、頑張ります!」
「あ、あああのサイン貰ってもいいですか!」
……営業スマイルとリップサービスを徹底しろと、霧姉から脅されているのだ。
本当はやりたくないのだが、俺も人の子、自分の命が惜しい。……はぁ。
この人達もそうだが、俺なんかのサインを貰って何が嬉しいのだろうか……。
選手控え室へ入ると、先に集まっていた女子選手達の注目を一気に集めた。
樫高のみんなは……まだ着替え終わっていないみたいだ。
「Sランカーの
「キャー! 写真よりも全然イケメンじゃない!」
「ど、どないしよー! ア、アカン、緊張するわ」
俺も男だし、女子にキャーキャーと騒がれて嫌な気分はしない。
それが美人なら尚更だ。
「あ、あああの!」
薄っすらと栗色に染まった髪をフワフワと揺らしながら、女性が駆け寄って来た。
真っ白なシュシュで束ねてアップにされている髪はパーマが当てられているのか、俺の目の前で大きく呼吸を整えている最中もずっと上下にフワフワと揺れている。
薄手の黒い生地にオレンジ色のストライプが特徴的なミストアーマー、これは確か富士工業社製だったな。
このミストアーマーがウェットスーツみたいに体にぴったりとフィットしていて、体のラインが物凄く強調されているのだが……スタイル抜群だ。
胸の谷間の破壊力は
「あの……あの……」
そして駆け寄って来る時にも思ったのだが、仕草が凄く女子っぽくて可愛らしい。
胸の前で合わせている掌もモジモジとしているし、ちょっと内また気味だし。
彼女は恐らく上級生で、身長は女子の中ではやや高め。
二重瞼のクリクリとした瞳の傍には、控えめな泣きボクロがある。
小悪魔っぽい整った容姿のお姉さんが、上目遣いであのあの言っているのだ。
ドッキドキする!
お、おお俺に何の用事なんだ?
「わ、私、石山北高校三年の、しし
噛んだ。盛大に噛んだ!
そして消え入るように『です』と言い直すと、急速に顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
「あ……と、樫野高校一年の水亀雄磨です」
営業スマイルを出さないといけないのに、志賀峰さんを見ていたら俺まで照れてしまった。
か、可愛いらしい人だな――アレ? 石山北高校?
「私、部長なんです!」
「は、はぁ……」
いきなり部長宣言されても、何て答えたらいいのか……。
「ですが私、雄磨く――
差し出された右手はフルフルと震えている。
その手をゆっくりと握ると――
「あ、ありがとうございます! キャー!」
今度は両手でガッチリと握り締められてしまった。
キャーキャー言いながらその場でピョンピョン飛び跳ねている。
……なんだか、こんなに喜んで貰えたらこっちも嬉しくなるよ。
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