第42話 殺戮ショー
南彦根高校の栄誉を讃えるセレモニーが幕を閉じると、再び掌サイズの黒いボックスが目の前に浮遊して来て、大津京高校の映像が映し出された。
ここからは試合ではなくルール無用の殺戮ショーだという事で、大津京高校は漁業センター内の壁を背にして防衛の砦を築いている。
漁業センター内奥の土産物屋に設置されていた二箇所の蛇口を全開放し、バスケットコート半分程の広さの漁業センター内が一面水浸しになるように長机の位置を調整していた。
長いゴムホースが一本だけ発見出来たので、イヴァンはそのホースから直接水を撒き続けている。
そして部長はというと、出血が酷く起き上がれない様子。
長机に敷かれたブルーシートの上で横になり気を失っているみたいだが、容体は大丈夫なのだろうか。
「これならゾンビ達も近付けないだろうし何とかなるんじゃねぇか? 因みにどのくらい耐え切ればいいんだ?」
「一時間だ。その後は運営が島のゾンビ達を一掃してから、明日の午前の部に向けて島内のメンテナンス作業に入る。ぶっ壊れた建物等もすぐさま修復しなきゃいけないからな。その時に選手達も保護して貰えるのだ」
一時間か。
厳しい戦いになるとは思うが、大津京高校のみんなにはなんとか頑張って欲しい。
「瑠城さん聞こえてる? どんなゾンビ達が放たれるのか予想出来る?」
「聞こえていますよー。そうですねー、確実に放たれるのは『ナーガ』ですね。下半身と顔が蛇で体は人型という突然変異種です。両腕はカマキリの鎌みたいになっていますが、それ以上に厄介なのがナーガはチロチロと出し入れする舌の感覚器で、
本当の蛇みたいな奴だな。時間内を隠れてやり過ごせないようにする為に、そのナーガは放出されるのだろう。
「あの……そのナーガっていうゾンビ、この前のオープン戦でも見かけましたよ?」
「へ? 初耳だぞ? 篠が倒したのか?」
「うん。見掛けたのは神社の近くで、オープン戦の参加者達が襲われてたよ。でもそのナーガっていうゾンビ自体はそれ程厄介な相手じゃなかったかな」
「そりゃー篠が凄いからじゃねぇのか?」
「えへへ、そ……そうかなー。それほどでも……じゃなくて。んーっと、どう言えばいいのかな。下半身が蛇だからだと思うけど、体の線も凄く細いし尻尾も短くて、とにかくバランスが悪かったよ。両手の鎌にさえ気を付けていれば大丈夫そうだったよ? セイバーで胴体を一刀すればすぐに蒸発しちゃったよ」
素人の俺には言ってる事がよく理解出来ねぇが、やっぱり篠が凄いんじゃねぇか。
前回のオープン戦でも参加者達を一掃する為に、そのナーガとか言うゾンビは放たれていたのか。
「そのナーガは数体放たれると思いますが、Sランクだと人気のあるアレックス、
一体どんなヤツか知らねぇが、名前を聞いただけでとんでもないバケモンだって思えてくるぞ。
絶対に出会いたくねぇな。
「私が入手した情報によりますと、如何やら運営は新たなゾンビ生成技術の開発にも成功したみたいですし、もしかするとそのゾンビをこの場で投入して、お披露目されるかもしれませんね」
「そんな情報何処で仕入れて来るんだよ」
「ウフフ、ちょっと運営のサーバーをハッキングしただけですよ。ナイショですよ?」
「ウフフじゃねぇよ! 犯罪じゃねぇか!」
大丈夫なのかこの人。
その数分後、島内にけたたましい音量の警報アラームが鳴り響き、その音は数秒遅れでスタジアムまで届いた。
いよいよ島内にゾンビ達が放出されるみたいだ。
……って、アレ?
「あのー瑠城さん、因みにゾンビ達ってどうやって放出されるんだ?」
係員が引き連れて来るのは当然無理だし、船で運んで来るのか?
「沖ノノ島北側のすぐ沖にはゾンビハンター社の研究施設の人工島が浮かんでいるのですが、その施設と沖ノノ島や周囲の人工島は地下通路で繋がっているのですよ。沖ノノ島内には幾つかの秘密の扉が存在しているのですが、防犯上その位置は公開されていないのです」
「へー、そうなのか。沖ノノ島に行った時には全然気付かなかったな。今度行った時にでもその秘密の扉とやらを探してみるか」
「ウフフ、そんな事をすれば雄磨君が運営側に消されちゃいますから、止めておいた方がいいですよ?」
「……止めます。探しません」
そういう危険な会社だって事忘れていた。
すっかりと陽は傾き、辺りが暗くなり始めた沖ノノ島島内。
漁業センター前の街灯に明かりが灯り始めた。
そしていよいよ決戦の時が近付いて来たみたいだ。
大津京高校ゾンビハンター部の一員として視点で参加していると、遠くの方から何やら得体の知れない不気味な音が聞こえ始めた。
『シュルル……シュルル……』
その音の正体が近付いて来たのか、徐々に大きさを増していく。
「瑠城さん、この音は何だ?」
「……確証は持てませんが、恐らくナーガが発する音だと思います」
「瑠城さんでもよく分からないのか?」
「勿論全てのゾンビ達の声は把握していて、声当てイントロクイズでも即答で全問正解出来るつもりでしたけど……この音、ナーガが発する音にしては少し低めで、何よりも音が異常に大きいのです」
そんなクイズがあるのかよ。
ナーガは確実に放たれるって言っていたが、そのナーガが発する音とも違うのか。
一面水浸しとなった漁業センターの奥で、壁を背にして陣取っている大津京高校の部員達。
『ズズズッ……ズズズッ……』
その壁のすぐ外側から、何か大きな物を引き摺るような音が聞こえて来た。
如何やら何かがすぐ傍までやって来たみたいで、部員達も緊張した面持ちで身構えている。
その何かは、ゆっくりと漁業センターの開けた間口側へと移動して行った。
『ズズッ……』
その音がピタリと鳴り止む。すると――
『シュルル……』
白くて長いボサボサの髪を生やした巨大な蛇の顔が、間口の軒下上部からヌッと姿を現した。
細くて長い舌をチロチロと出し入れしながら、こちらの様子を窺うように真っ赤な瞳を不気味に光らせている。
「ぎぃやぁぁぁーー!」
「新種キターーー!」
デカい! デカいって! まだ顔しか見えてねぇが、顔だけで俺と同じくらいの大きさじゃねぇか!
――って、へ? し、新種?
「る、瑠城さん、アイツ新種なのか?」
「ハイ! 新種ですよ新種! そして新技術ですよー! キャー!」
瑠城さんの姿は見えないが、声は今まで聞いて来た中で一番テンションが上がっている。
新種? 新技術?
「今までクリーチャータイプと呼ばれる突然変異種は、一度変異を遂げればそれっきり。姿を変える事はなかったのですよ! ですが今のナーガの顔色を見ましたか?」
「あ、ああ見た。アレックスみたいに真っ青だったぞ」
「バベルタイプですよ、バベルタイプ! ナーガ改バベルタイプですよーー! うひゃー!」
ちょっと瑠城さんのテンションには付いて行けないが、バケモノからバケモノへの進化って事か。
騒いでいる瑠城さんは暫く放置しておこう。
会場中からもどよめきが起こっている。
「あの蛇、オープン戦の時よりも遥かに大きいですよ」
「そうなのか? 篠が倒した奴はどのくらいの大きさだった?」
「私が倒した蛇は普通でしたよ? 私より少し大きいくらいです」
そんな大きさの蛇は普通じゃないぞ。
バベルタイプに進化した事で巨大化も成し遂げたのか。
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