第40話 覚悟
視点を切り替えて先に船へと向かった紗織さんとユッコちゃんの様子を窺ってみると、二人はなんとか船に辿り着けたみたいだ。
スタジアムに帰還する船は既に到着しているのだが、南彦根高校の部員達は桟橋上で作戦会議を行っている。
紗織さん達が近付くと微かに南彦根高校の部員達の声を拾い始め、その声は次第に大きさを増して行った。
『残りの部員達が時間内に戻って来られるかどうかまだ分からないぞ?』
『二十ポイント差なら、感染型のナチュラルゾンビ一匹でも始末出来れば、すぐに逆転出来るじゃないか!』
『そうですよ! 私が遠距離から狙撃すればリスクも少なくて済みますよ?』
『それで船の出港時間に間に合わなければどうなる? 誰かが噛まれればどうなる? 最悪の展開だぞ』
如何やらポイントを逆転されてしまった事で、今一度ゾンビを狩りに行くかどうかで揉めているみたいだ。
『とにかくこれは決定事項だ。結果はどうあれ俺達のゾンビハントは終了だ。いいな?』
『……』
不満の残る部員も居るみたいだが、部長っぽい男性が一喝するとそれぞれが船に乗り込み始めた。
『……ったく、血の気が多い連中を纏めるのも一苦労だ。ところでキミたちは乗らないのか?』
『ええ。ギリギリまで……いえ、部長とタンク職の二人が戻って来るまでここで待ちます』
『そうか……』
南彦根高校の部長は凄く古風な顔立ちをしているのだが、その太い眉の間に大きなシワを寄せ、何やら考えを巡らせている様子でレトロなエンジン音を響かせている船に乗り込んだ。
船上で部員達と再び話し合いを始めたみたいなのだが、声までは届いて来ない。
その時だった――
『オ、オオイ! マ、マッテー! ゥオオー!』
梶谷君を背負うイヴァンが、湖岸沿いの道を物凄いスピードで爆走している。
漁港には戻って来られたのだが、船に乗り込む為には桟橋まで大きく迂回しなければならない。とにかく――
『『間に合ったー!』』
「間に合ったー!」
紗織さんとユッコちゃんが抱き合って喜んでいる。
「雄ちゃん、声が出ているぞ?」
「仕方ねぇだろ! スゲーよイヴァン!」
「まだ分からないぞ。もう時間がない」
「は? んなモン、船を待たせればいいじゃねぇか」
「そうはいかない。船は時間厳守で出発するぞ? 彩芽が部室で言っていた事を忘れたのか?」
「ぶ、部室?」
――帰りの船に乗り込むまでがゾンビハントなのです――
瑠城さんの怖い笑顔が脳裏に浮かんだ。
そしてそれと同時に船の警笛が二度鳴らされた。
『キミたち、乗るんだ! 早く!』
南彦根高校の部長は乗船口まで戻って来て、紗織さんとユッコちゃんへと腕を伸ばしている。
しかし二人は首を振っている。
まさか船に乗らないつもり……なのか?
『くっ……何をしている! 早く乗るんだ! ここに残ればどうなるかぐらい分かるだろ!』
『『……』』
それでも二人は思い詰めた様子で顔を見合わせ、船には乗らなかった。
そんな二人を見た南彦根高校の部長は、大急ぎで部員達のもとへと戻り何やら荷物を掻き集め始めた。
『ここに残るというのならもう何も言わない。これはせめてもの餞別だ、受け取れ!』
部員達から回収した様々なウォーターウェポンを、強引に紗織さんへと押し付けた。
『頑張れよ。……無理だとは思うがな』
『ありがとう。うん、頑張るよ。無理だと思うけどね』
けたたましい音を上げてエンジンは回転数を上げ、船はゆっくりと桟橋を離れる。
無情にもイヴァン達が桟橋へと到着したのはその直後。
出発する船を呆然と見送ったイヴァンは、部長を背負ったまま崩れ落ちてしまった。
『あーあ、あんな馬鹿に惚れなければ良かったなー』
『だね。あんなお馬鹿に惚れなけりゃ良かったよ』
『『プーッ、アハハー!』』
紗織さんとユッコちゃんはお互いに顔を見合わせると思わず噴き出してしまい、倒れ込む二人のもとへと駆け寄った。
『ハァ、ハァ、ドウシテ、ドウシテノラナカッタ?』
『どうしてもこうしてもないでしょうが。イヴァンは忘れたの? 『仲間は絶対に見捨てない』。これが大津京高校魂でしょ? お馬鹿ねー』
『ぐっ……紗織、お前達が船に乗らなきゃ、俺が怪我した意味がねぇだろうが』
『ハイハイ。お説教でも何でも聞くわよ馬鹿。でも先に傷の手当をしましょう。……ったく無茶しちゃってさ』
大津京高校ゾンビハンター部の四人が、漁業センター内の事務所に向かったところで映像は途切れてしまった。
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