第39話 大津京高校ゾンビハンター部


 その後試合は佳境に入り、前回大会で決勝に駒を進めた南彦根みなみひこね高校と大津京おおつきょう高校の一騎打ちとなった。

 他の参加高校は全滅してしまったからだ。

 俺が視点で参加していた大津京高校は、全員にウォーターウェポンが行き渡ってからはゾンビ達の殲滅に力を入れ始めて、徐々にトップの南彦根高校とのポイント差を縮めつつある状況だった。


 『クソ! 残り五百八十ポイント差だぞ。どうする、みんな?』


 部長の梶谷かじたに君が左手首に装着した通信装置を確認している。

 瑠城さんが説明していた各チームのポイント獲得状況が分かる端末だ。


 『残念だけど今年は諦めましょう。……時間切れだわ』


 大津京高校一番のポイントゲッター、紗織さおりさんが腕時計を確認して首を振っている。


 『くっ……仕方がない。撤退するぞ』


 既にタイムリミットまで残り十五分を切っていて、彼らが今陣取っている場所は小学校の校舎の中。

 船に戻るまでの時間を考えると今でも急がないと危険な状況で、これ以上の捜索は時間切れのリスクを伴ってしまうのだ。

 大津京高校のみんなも頑張っていたのだが仕方がない。

 今回は南彦根高校の方が上手だったという事だな。


 チームの先頭を早足で歩く紗織さん、そしてその背後に着くタンク職のイヴァン。

 この金髪で青い瞳のイヴァンが超イケメンなんだよ。

 おまけに背も高くて、二十五リットルのタンクも楽々持ち運ぶパワーの持ち主だ。

 イヴァンの背後には二人、部長の梶谷君とみんなにユッコちゃんと呼ばれている狙撃手がピッタリと張り付く。

 この四人が隊列を組みながら、帰還する船を一直線に目指していた。


 しかし船に戻り始めて間もなく、紗織さんが建物の陰から前方の様子を窺ったところで問題が発生してしまった。

 みんなが集まっている場所から七、八メートル先に、初めて見るゾンビの姿を捉えたのだ。


 湖岸沿いを通る道とあぜ道とが平行に走っている場所で、琵琶湖と山沿いに建ち並んだ民家に挟まれた非常に狭い区間。

 ここは前回のオープン戦で泉さんがお祈りを唱えながらゾンビを狙撃した付近で、その二本の道に挟まれた畑の中央に、人並みの身長で上半身が岩の塊で構成されているバケモノが案山子のように立っていた。

 コイツの下半身はブニブニとしたゼリー状で、畑一面にその下半身を波紋状に広げていた。


 「瑠城さん聞こえてる? アイツは何だ?」

 「聞こえていますよ。あれはAランクに分類されている突然変異種の『ロック』です。上半身からボロボロと剥がれ落ちる岩を投げ付けて来るので、接近するのが少々難しいゾンビです。上半身は岩の塊ですのでウォーターウェポンでの攻撃は効きませんが、岩が剥がれ落ちた後に現れる地肌には有効です。ここを狙って倒すのは時間が掛かってしまいますので、どのハンター達もゼリー状の下半身を攻撃するのです」

 「こんな厄介そうな奴がAランクなのか?」

 「投げ付けて来る岩はミストアーマーでは防げませんので非常に厄介ですが、ロックは移動速度が極端に遅いので噛まれてしまう心配が殆どないのですよ。それにタンクの水でもひっくり返せば簡単に浄化出来ますからね」


 動きが遅いから避けられねぇのか。

 地面との接地面積が広いから、地面を伝う水で浄化出来るって理由か。


 「ロックは遭遇する場所によっては無視してやり過ごす事も出来ますよ。ただし今回の遭遇場所は……厄介ですね」


 山沿いの民家と琵琶湖に挟まれた狭い区間、それに投げ付けて来る岩を防いでくれる障害物が一切ない畑のど真ん中。

 こんな場所では絶対に戦いたくない相手、という事だな。


 今居る場所から迂回して、山沿いに建ち並んでいる民家の中を一軒一軒突っ切ればやり過ごす事も出来そうだが、これでは移動に時間が掛かってしまう。

 大津京高校はどうするんだ?


 「大津京高校にとってはチャンスですよ。ロックを倒せば百五十ポイント入りますので、倒し方によっては南彦根高校を逆転出来ますよ!」

 「チャンス? ……そ、そうか――」


 『俺が囮になる。ロックが岩を投げたタイミングを見計らって、紗織とユッコは一気に駆け抜けろ。いいな?』

 『部長達はどうするの?』

 『紗織とユッコを走らせた後、俺はイヴァンの盾になる。フン、なぁに頭さえガードしていれば死にはしないさ。両腕くらいはヤツにくれてやるよ』

 『倒すつもり……なの?』

 『ああ、そのつもりだ。ロックは百五十ポイント、イヴァンはミストアーマー未着用だから、ヤツの二メートル以内に接近してタンクをぶちまければ四倍の六百ポイント入る。南彦根高校を一気に逆転だ!』


 瑠城さんの考えは、部長の梶谷君も気付いていたみたいだ。


 『でも危険過ぎますよ!』

 『このまま四人でヤツの脇を通過すると、どんなに急いで走っても恐らく誰かが攻撃をくらってしまう。それなら部長である俺が攻撃を引き付ける。文句は言わせないぞ?』

 『ったく、こんな時ばっかり部長風吹かせちゃってさ。何にも出来ないくせに』

 『そうですよねー。何にも出来ないくせにー』

 『お前ら……戻ったらたっぷりと説教くれてやるから覚悟しとけよ』

 『ハイハイ。タップリと説教されてあげるから……絶対に時間内に戻って来るのよ。……絶対よ?』


 紗織さんと梶谷君が深く見つめ合っている。

 何だかこの二人って……鈍感な俺でも分かるくらいアレだよな。


 『イヴァン、作戦は理解したな? 任せたぞ』

 『ガッテンデス』

 『よし、時間がない。行くぞー!』


 梶谷君が建物の陰から勢い良く飛び出した。


 『オラ、化け物が! コッチだ馬鹿! サッサと投げやがれ!』 


 全身を使って挑発を繰り返すと、ロックの上半身の岩が皮膚の内側から新陳代謝を繰り返すように激しくボロボロと剥がれ始めた。

 コブシ大の大きさに剥がれ落ちた岩を両手に一つずつ拾い上げると――


 『ゥガガ! ウガガー!』


 低く鈍い声を上げて二発の岩が放たれた。


 『今だ! 紗織、ユッコ! 走れ――ッぐ!』


 一発目は体を捻ってなんとか避けられたのだが、二発目は左の脇腹を掠めて尚、民家の壁を突き破った。


 『行くよユッコ! 着いといで!』


 バラバラと崩れ落ちる民家の土壁の脇から、女性二人が船を目指してスタートを切った。

 ゆっくりと動くロックの真っ赤な瞳が全力で走り抜ける二人を捉えると、再び岩を拾い上げる動作に移行する。


 『!! マズイ! イヴァン突っ込むぞ! 後ろに着いて来い! うぉぉぉーー!』


 ロックの注意を惹く為に、梶谷君は顔の前で両腕をクロスさせながら、ロックに向かって走り出した。

 その様子を見たイヴァンも、タンクを両腕で抱えて梶谷君の背後へと飛び出す。


 『ゥガ? ゥ、ゥガガガーー!』


 梶谷君の気迫に動じたのか、ロックは女性二人から迫り来る梶谷君へと標的を切り替えて、慌てた様子で二発の岩を投げ付けた。


 『ぐゎーー!』


 一発目は直撃。

 右腕の肘が弾け飛び、肘から先が宙を舞う。

 その衝撃で梶谷君は大きくバランスを崩してしまった。


 二発目は大きく逸れて民家の屋根を掠めて行った。

 ……焦って投げたからか? 大暴投だ。


 『シニヤガレデス!』


 この機を逃すまいと、倒れ込む梶谷君の背中を乗り越えて、タンクを抱えたイヴァンがロックに向かってダイブした。

 ロックの胴体にタンク本体をぶつけるように水がぶちまけられると――


 『ゥガガ……』


 水を浴びた瞬間にロックはピタリと硬直してしまい、全身からモクモクと白煙を上げながら、ゆっくりと蒸発していった。


 これが浄化と言われる現象か。

 ロックの体は固まっていたように見えたので、浄化する時には動きを止めるみたいだな。


 『ブチョウ、シッカリ。イタガッテイルジカン、ナイヨ』

 『……ぅぐ、ワリィ。頼めるか?』


 イヴァンは蹲る梶谷君を背負うと、弾け飛んだ右腕を残したまま全力でその場を後にした。


 梶谷君の右腕からは夥しい量の出血が見られる。

 思わず目を背けたくなる光景だが、正直右腕だけで済んで良かった、と思ってしまう。

 あの二発目が梶谷君や、その背後のイヴァンに直撃していたらと思うとゾッとするぞ。

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