第38話 膳所堂高校ゾンビハンター部
「ぎょわゎゎーー!」
「うるさいぞ雄ちゃん! 静かに観戦しろ!」
「だだ、だってよ、ゾンビが次から次へと襲いか――ぬゎあーー!」
「うるさーい!」
視点はいつでも別の物に切り替えられるのだが、そのまま膳所堂高校ゾンビハンター部の一員となって――まぁ勝手に六人目の視点で参加していただけなのだが、ウォーターウェポンを探索していた。
するとゾンビ達が次々と襲い掛かって来たのだ。
ちょっと残酷なシーンが続いたので休憩したい……。
視界の隅に表示されているアイコンで映像を停止させて、少量の音声だけが聞こえて来るように設定すると、視界がフッと切り替わり、俺自身の周囲が見渡せるようになった。
しかし依然として視界の隅にはアイコンのみが表示されていて、顔の前、手を伸ばせば届く距離には黒いボックスが浮かんでいる。
どうなっているのか全く分からないが、凄いテクノロジーだな。
「霧姉は今何処の高校を見ているんだ?」
「私はつい先程膳所堂高校に視点を切り替えたところだ。視点で追い掛けていた高校が全滅してしまったからな」
「は? 全滅? 早過ぎないか? いや、膳所堂高校も危ないところだけどよ」
実は膳所堂高校の部員も、既に三名がゾンビに噛まれてしまっているのだ。
「それがな、住宅街の奥にある奥津島神社へと向かう前に、先にウェポンを探そうという事になってな。私は迂回した方が良いと言ったのに、住宅街に進入した所でクリーチャータイプ数匹と遭遇して、あっという間に全滅したよ」
災難なチームだな。
それと霧姉、映像にのめり込み過ぎ。
こっちから意見しても向こうには聞こえないぞ。……いや、俺も何度か声を掛けてしまったけどよ。
篠はというと……何やら映像を見ながら、小さな体を大きく揺らしている。
何をしているんだ?
「篠……大丈夫か?」
「うん平気。コレ、凄くいいよ。ゾンビ達の動きが観察出来るから練習になるよ」
「へー、それで体を揺らしていたのか?」
「そう。ゾンビの動きには癖があるからそれを覚えたり、攻撃を躱す練習にもなるし、色んなゾンビ達が見られて勉強になるよ」
流石は達人。映像の捉え方が俺なんかとは全然違う。
俺なんか映像を見て悲鳴を上げていただけだっていうのに。
やっぱり凄いな、篠は。頼りにしているぞ。
膳所堂高校で最初に噛まれたのは、最後尾を歩いていたタンク役の
狭い住宅街の中で建物の脇から忍び寄っていたゾンビに気付かなかったようで、肩口をガブリと噛まれていた。
タンク役というのは、ミストアーマーを着用出来ない。
何故ならミストアーマーのタンクが邪魔で、持ち運び用のタンクが背負えないからだ。
俺、この時点で
『一色君! くっ、みんな、ミストアーマーとセイバーの準備よ!』
戦闘の気配を感じ取ったのか、それとも桐生さんの声におびき寄せられたのか、瞬く間にゾンビ達がわらわらと集まって来たのだ。
ミストアーマーが作動中だと感染型のナチュラルゾンビ達は近付けないようなのだが、変異種は違った。
ミストアーマーの上からでもお構いなしに攻撃して来るのだ。
当然攻撃を加えて来た変異種もダメージを負っていたが、男性部員が一瞬怯んだ隙に――
ガブリ
民家の屋根から降って来た突然変異種『リザード』に、変異種諸共地面に押し倒され、身動きが取れずに頭を丸かじりにされてしまった。
如何やらゾンビ達は連係プレイで攻撃を加えて来るみたいだ。
ミストアーマーのタンクが空になったのか、女子部員の楓さんを包み込んでいた霧状の水が途切れてしまい、感染型のナチュラルゾンビの数に押し切られる形で楓さんは腕を噛まれてしまった。
そして――
『部長! 止めを……早く止めを、お願い』
『くっ……分かったわ。最後に残したい言葉は?』
噛まれて尚ゾンビと応戦する楓さんに止めを刺す為、セイバーでゾンビを切り裂きながら近付く桐生さん。
『家族に……家族にゴメン、ね……ぅ、ぅぅガァアアアー!』
楓さんは最後の言葉を伝えている最中にゾンビ化してしまい、あろうことか桐生さんに襲い掛かった。
『伝えておくよ。……無事に戻れたら……ね』
桐生さんは下唇を噛み締めて、そんな楓さんを縦に一刀両断したのだった。
初めて生身の人間がゾンビ化する瞬間というのをこの目で見た。
今の今まで親しく話していた仲間が、瞳を真っ赤に充血させ、白い歯を剥き出しにして襲い掛かって来るのだ。
そんな仲間に止めを刺す時、桐生さんはどんな気持ちだったのだろうか。
楓さんと桐生さんの二人の気持ちを考えてしまうと気の毒で、止めを刺す瞬間には思わず目を背けてしまった。
そしてゾンビ化するタイミングには個人差があると聞いていたが、ゾンビ化する瞬間というのは本当にあっという間だった。
これは少しでも判断を間違えれば、今後命取りになるかもしれない。
ウォーターセイバーのタンクも空になってしまい、残っているイケメン部員の吉野君と桐生さんの二人は撤退を余儀なくされた。
俺は視点で参加していただけなので、何も手助けしてやれないのが何とも歯痒い。
一緒に行動していると情が移っちまって……クソ。
『ぐゎー! ぶ、部長ー!』
吉野君の悲鳴が聞こえて来たので、慌てて映像と音声を元に戻したのだが既に万事休すといった状態。
給水作業を終えたところで吉野君も噛まれてしまったみたいで、残るは桐生さんのみとなってしまった。
そしてその桐生さんも古民家の中でゾンビ達に囲まれてしまっている。
……当然だがリタイアなんて出来ない。
『私は膳所堂高校ゾンビハンター部部長、桐生優華! こんなところで散ってなるものかー!』
吉野君が装備していたセイバーも使い、桐生さんは何とも勇ましい姿を披露している。
が、しかし。ギリギリで応戦してはいるものの最早時間の問題だ。
篠も言っていたが家の中、特にこの家みたいな古民家は天井が凄く低いので、セイバーでは物凄く戦い辛そう。
そして遂に――
『ぐはっ……クソー!』
感染型のナチュラルゾンビ達の数も残り僅かというところで、足もとで倒れていたゾンビに足首を噛まれてしまった。
『みんな……ゴメン。仇は取れなかったよ。今からそっちに……行くね。……無念!』
変異種数体を前にして、桐生さんは自らの首筋にセイバーを充てがい、勢いよく掻っ捌いた。
ゾンビ化してしまうと誰も止めを刺してくれないからだ。
こうして膳所堂高校ゾンビハンター部は、競技開始から僅かニ十分足らずで全滅してしまった。
みんなで一斉にスタートした予選だが、漁業センター近辺はどのチームも探索するので、ウォーターウェポンは早い者勝ちの争奪戦となってしまった。
運悪く膳所堂高校は近場でのウォーターウェポンの獲得に失敗してしまい、隊列を組んで住宅街へと入らざるを得なかったのだ。
更に運に見放されたのか、民家を一軒ずつ虱潰しに探索したにも拘らず、それでもウォーターウェポンを発見する事が出来ず、気付けば住宅街のかなり深い位置まで入り込んでしまっていた。
焦りが出始めたのか徐々に隊列は乱れてしまい、絶対に噛まれてはいけないタンク役が、あろうことか隊列の最後尾に来てしまっていたのが敗因だと思う。
たった今視点を移した先、
既に誰かが噛まれていて四人で行動しているのだが、四人になっても常にタンク役を中心に隊列を組み、背後を含めた全方位に視線を配りながらきびきびと冷静に移動している。
強豪校だけあって様々なデータを取り揃えているみたいで、民家に進入しても事前に目星を付けていた数か所のみを捜索し、ウォーターウェポンやお宝を発見出来なければ、すぐに移動するという方法を繰り返している。
声を一言も発せずに、全ての要件をハンドサインのみでやり取りするのは、見ていて非常に格好良いのだが……これでは観客には内容が全然伝わらないのが非常に残念だ。
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