第35話 県大会予選
「鏡ちゃんはお爺さんが入院していて、しかも転校初日なんだぞ? 不安に決まってるじゃないか、この馬鹿!」
「
「もっと早く助けろ馬鹿!」
「無茶を言う――ぶべっ!」
部室内で霧姉から殴る蹴るの暴行を受けた後、キチンと状況説明をしたにも拘らずこの仕打ち。
酷くねぇか?
「鏡ちゃんもこの馬鹿殴っていいのだぞ?」
「そんな……水亀君は――」
現在篠は傷の手当てをしてくれている。
篠が俺と霧姉の間に割って入って、漸く暴行は治まったのだが……霧姉が繰り出すコンボラッシュの中に飛び込むには勇気が必要なのは分かるが、出来ればもうちょっと早く助けて欲しかったかな……。
霧姉から連絡が入ったのか、泉さんと瑠城さんも部室に呼ばれていて、部室内には遂にゾンビハンター部の五人が勢揃いしている。
……勢揃いしたのはいいが、部室内はとても窮屈だ。
数日前までは広々としていた部室も、今では泉さんが買い溜めた物で溢れ返っていて、すっかりと狭くなってしまった。
解体されてバラバラになってしまった家電製品や、何処から仕入れたのか分からない正体不明のメカが山積みにされている。
こんな代物、水鉄砲の一体何処に使うんだよ……。
「とにかく、これからもちゃんと鏡ちゃんの事を守ってやるのだぞ」
「ッテテ、分かってるよ。それで? 何故俺達を昼休みの部室に呼んだんだよ?」
「コレだ。滋賀県大会の組み合わせが送られて来たのだ」
霧姉が予選大会の組み合わせが掲載されているコピー用紙を見せて来た。
俺達樫野高校ゾンビハンター部が出場するのは予選三組目で、予選は六組目まである。
参加校は全部で三十三校で、三組目までが一回の予選に六校が参加、四組目以降は五校ずつで争われるみたいだ。
「この参加校の中で、強い学校とかあるのか?」
「雄ちゃんは知らないだろうけど、滋賀県というのはゾンビハントが行われている県だけあって、何処の高校もそれなりに強い。滋賀県大会が事実上の決勝戦だと言っても過言ではないのだ」
そうだったのか。
その中で、樫野高校は部員が居なくて休部状態だったんだよな。
……県下最弱だったのかもしれねぇな。
「私達が出場する予選三組目で当たる『
霧姉がコピー用紙に書かれた一つの高校を指差す。
「この予選六組目に出場する『
「ほえー、スゲーな、連覇かよ。そんな学校に勝たないと駄目なのかよ。強そうだな」
「うーん、まぁそうなのだが……」
霧姉は何故か言葉を濁し、そして瑠城さんと泉さんに至っては表情を曇らせている。
「とりあえず八幡西高校の事は置いといて、雄ちゃんの為に一度部員全員でスタジアムに予選を観戦しに行こうと思うのだ」
「は? いいよ別に。何が楽しくてゾンビハントなんか観に行かなきゃなんねぇんだよ」
「試合形式とか流れとか見ておいた方が良いだろ? もう予選一組目のチケットを抑えてあるからな。これは決定事項だ」
ったく、霧姉はいつも勝手に決めるんだよな。
「そしてもう一つ、どうしても話しておかなきゃならない重要な話がある。コレだ」
霧姉は自分の鞄から、水亀商店の名前が入った紙袋を取り出した。
「前回のオープン戦で我々がユニホームに着けていた『ゾンビ缶バッジ』だが、おかげさまで売り上げは順調だ。だが私は販売方法を間違えてしまったと考えているのだ」
「おい。部活と全然関係ねぇぞ?」
「いいから黙って聞け。ゾンビ缶バッジは、身に付けているとゾンビに襲われないという効果を謳ったのだが、これではゾンビハントに参加しないゾンビハンターファン達には、いずれ販売数が伸び悩んでしまうのではないだろうか、と考えたのだ」
霧姉は握り拳を作って熱く語り始めた。
家でやれよ家で。
「そこで、だ! 早速次の作戦に打って出る事にしたのだ!」
紙袋から取り出し手渡されたのは……五つのキーホルダー。
マスコットキャラクターとして描かれているのは、目を背けたくなる程のクソ不細工なネコ。
……アレ? コレって何処かで――
「試作品だが水亀商店の完全新作だ。その名も『どブサにゃん
「パクリじゃねぇか!」
「何を言っているのだ雄ちゃん。私がデザインした、正真正銘オリジナル商品だぞ!」
「いやいや、名前もぶさニャンEXに似てるし、不細工なネコが五匹なのも一緒じゃねぇか!」
「不細工? カワイイの間違いですよね?」
篠は怖い笑みを浮かべつつ、足もとの通学鞄から二本の小太刀みたいな短い木刀をスッと引き抜いた。
「そ、そうだな、間違えた間違えた! ぶさニャンEXは可愛いぞ、うん。分かった、分かったから篠、一旦落ち着いてソレを置こうか、な?」
もしかしてこの木刀は、通学鞄に常備されているのか?
篠はぶさニャンEXの事になると、凄く凶暴になるんだよな……。
「パクリではないぞ雄ちゃん、リスペクトしたのだ」
それ、パクっている奴が絶対に言うセリフだぞ。
「そ、そもそも金がなかったウチの何処から、こんな新作を作り出す金が湧いて出て来たんだよ!」
「金? 前回のオープン戦で手に入ったじゃないか」
「……おい、まさか五等分された報酬の、霧姉と俺の取り分の事か?」
「そうだ。新商品の為の設備投資に回した」
「馬鹿! 馬鹿なのか! こんな、こんなモンを作る為に……。ちょっと、みんなも見てくれよ、コレ!」
三人にもどブサにゃん極のキーホルダーを手渡した。
こんなしょうもないガラクタに、俺の報酬が消えて――
「きゃわわー!」
「いいじゃないですか! 可愛らしいですよ」
「愛嬌あるよねー! アタシこっちの方が好きー」
そうそう、きゃわわで可愛くて愛嬌が――って、へ? 嘘だろ?
何処がだよ! みんな美的感覚がぶっ壊れているんじゃねぇのか?
篠に至っては恋する少女のような瞳でキーホルダーを眺めているぞ!
「あれ? このきゃわわなネコさん、何か持ってますよ?」
篠に言われて、俺の持っているキーホルダーを注意深く見てみる。
なんて不細工なんだ。嫌味ったらしい顔しやがって。
おかしな病気でも患っているのか、顔に気持ち悪い色の斑点が浮かび上がっているネコが足蹴にしているコレは……こ、小判?
「そうだ、良く気付いな。どブサにゃん極は招き猫になっているのだ! 所持しているだけで幸運を招き入れて、金運がアップするのだ! これならゾンビハントに参加しないファン達も欲しくなるだろ?」
俺が手にしているこのキーホルダーは、運気を逆に吸い取ってしまう疫病神みたいな
「因みに雄ちゃんには、選手権でお宝を発見する時に一芝居打って貰うから、そのつもりでいるように」
今度は俺に何をさせようって言うんだよ……。
どうせまた碌でもない事だろう。
「それから鏡ちゃんにはコレだ。フフフ、じゃじゃーん!」
霧奈がもったいぶって紙袋から取り出し、顔の前に掲げているのはお面。
篠がオープン戦で着用していたお面の、どブサにゃん極バージョンだ。
こ、こんな物まで作ったのか?
「きゃわわーん! ど、どうしたんですかコレ!」
「これもまだ試作段階だが、私がデザインして作ったのだ。鏡ちゃんにはコレを着けて選手権に出場して貰う。いいな?」
「ハイ、勿論ですよ! 霧奈お姉さんありがとうございます! はゎゎー」
余程嬉しかったのか、篠はお面を装着してみんなの前で何度もアピールを繰り返している。
おおー、みんなの前でこんなにもテンションの高い篠は初めて見たぞ。
でもこんな狭い場所で木刀を振り回すのは止めような?
……お面が不細工だなんて言えば、このまま二本の木刀で滅多打ちにされそうだな。
「こんなにも勝負に出て、本当に大丈夫なのか?」
「……オープン戦での報酬を返済に充てても、結局選手権で優勝出来なければウチの工場は終わりだ。それなら選手権で優勝する事を前提に戦略を立てて、今後の経営方針を見直さねばならん。なぁに、心配は要らんさ。高校生Sランカーである『二刀乱舞』と『
確かに篠がどブサにゃん極のお面を装着して試合に出れば、欲しがる奴が沢山出て来るだろう。
何だか本当のプロスポーツ選手みたいだな。
「そしてオープン戦の報酬で新たに設備を導入したが、それでもまだ金が余ったから、父さんにひとっ走りして貰った」
「オヤジにも何かさせるのか?」
「そうじゃないよ。雄ちゃんは知らないかもしれないけど、ゾンビハンター社が提供するランキング戦や選手権の結果は、カジノで賭けの対象となっているのだ。だからオープン戦の報酬で残った分は、選手権滋賀県大会、樫野高校優勝だけに全額ベットさせた」
未成年者の霧姉じゃカジノに入場出来ないから、オヤジを使いに出したのか。
無謀にも思えるが、どうせ選手権で優勝出来なければ一家離散となるのだから、とことんまで勝負に出たという理由か。
「私達がオープン戦に出場する前、樫高優勝は超大穴だったのだ。本当はその時にベットしたかったのだが、如何せん
「協力するのは当たり前だよ、霧ちゃん。アタシ達が優勝を目指すのは、それぞれが夢や目的を叶える為なんだからさ」
「そうですよ! 霧奈さんのお家の事情も勿論ありますけど、私が優勝を目指すのは今一度瑠城の名前を世界に知らしめる為でもあるのですよ!」
「私もです。とにかく今は爺の病院代の為に、少しでも多くのお金が欲しいです」
「俺は……まぁ、そんなみんなを死なさない為にでも頑張るかな」
何だか、みんなの気持ちが一つになっている気がする。
「……フフフ。よーし、みんな。死ぬ気で死なずに優勝目指すぞ!」
「「「「おー!」」」」
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