第32話 パートさん?
ウェイトリフティング部に連れて行かれた後、瑠城さんと体育教師の宮園先生が付きっきりとなって、みっちりと筋トレさせられた。
「ホラ雄磨君、頑張って頑張って! あと五回!」
「ぐははー! 水亀、それが終わったらプロテインだぞ! 美味しい美味しいチョコレート味のプロテインが待っているぞ!」
瑠城さんは鬼だし、宮園先生は自身の筋肉をアピールしながら、やたらとプロテインを飲ませようとするし。
「明日はイチゴミルク味で――って、コラー粟生! 設備を分解するな!」
「んーもうちょっとだけ」
泉さんはウェイトリフティング部の設備を分解して、オリジナル兵器を作っていた。
夕方になって漸く解放されて、体を引き摺るようにして自宅に戻って来たのだが――
「皆様お疲れ様でした! 明日からは本格的に生産数を上げて行きたいと思います。稼働率九十五%で一時間程の残業をお願いすると――」
工場の方で霧姉の声が響いていた。
霧姉だってまだ高三だというのに大人達に混ざって、しかもみんなに指示を出すような立場で頑張っている。
普段馬鹿な事ばかりやっている霧姉だが、弟の俺が感心されられる程こういうところは凄くしっかりしている。
「新しい設備の導入に伴い、パートさんに二名程来て貰う予定ですが――」
ホント、工場に出ている時の霧姉には頭が上がらねぇよ。
プロテイン、学校、筋トレ、プロテインという生活サイクルを続けて、十日が経過しようとしていた。
この日もウェイトリフティング部でしごかれて、身体がバラバラになってしまいそうだった。
やっとの思いで帰宅すると、自宅の前に邪魔なトラックが一台停まっていた。
迂回する体力使わせるんじゃねぇよ、なんて思いながら玄関に向かうと、何やら家の中が騒がしい。
「ああ、その荷物はソッチに運び入れてくれ! その段ボール箱はコッチだ」
霧姉が今日は自宅内で指示を飛ばしていた。
何かの業者のような連中が、慌ただしく家を出入りしている。
「ただいま。一体何事だよ?」
「ああ雄ちゃんおかえり。丁度良かった、部屋に荷物を置いたらリビングまで来てくれ。ダッシュだぞ」
何だかよく分からんが、言われるがまま部屋で着替えだけを済ませてリビングに戻った。
太股が痙攣してて、階段の昇り降りが超ツライ……。
「では我々はこれで。次回もパンダマークの引っ越し社をよろしくお願いします!」
「ありがとうございました」
丁度業者が帰るところだったのだが……引っ越し業者?
「なんちゅう不細工な顔をしているのだ雄ちゃん。シャキッとしろシャキッと。まぁいい、そんな事より大事な話がある。ウチに住み込みで働いてくれるパートさんを紹介しておくよ」
「は? 住み込み? そんな話、全然聞いてねぇぞ?」
そう言えば新しいパートさんに来てもらう――なんて話が工場の方から聞こえていた気がする。
が、全然知らない人間と一緒に住む、なんて事は聞いてねぇ。
大体そんなの気を遣っちまうし、家に居辛くなるじゃねぇか!
何で霧姉はこういう大事な事をいつも勝手に、しかも突然決めるんだよ。
「ホラ、挨拶しな」
霧姉の背後から恐る恐るといった様子で姿を現したのは……何かのキャラクターが描かれたTシャツに、柄物のスカートという服装の子供。
今まで荷物を運び入れていた為か、腰に届かない程度の黒髪は少しだけ乱れている。
俺と同じで少し緊張しているのか、落ち着かない様子でリビングの床へと視線を落としながらふるふると震えている。
幼い容姿の少女は……何とも地味な子で、明るい性格ではなさそうという印象だ。
その少女はスカートの前で両手をコネコネモジモジとさせながら、何か言おうと口をモゴモゴとさせているのだが――
この子供が……パートさん?
「おい霧姉、人手が足りないからって、中学生に仕事させるのは流石にどうかと思うぞ?」
「失礼な事を言うな。彼女は高校生だ」
げっ、マジか。本当は小学生だと思ったのだが……へ? 高校生? 住み込み?
「
「へ? そうなのか。でも転入って……まだ四月だぞ? そんな事出来るのか?」
「ああ、ちょっとワケありでな。フフフ、特例で学校に認めさせた」
霧姉は何やら不気味な笑みを浮かべている。
そういや俺が樫高を受験しなかった場合でも、どんな手を使ってでも樫高に入学させるって言っていた気がする。
……今回は一体どんな手を使ったんだ?
「……あの、し、篠鏡花です。よろしくお願いします」
「ああ。俺は水亀雄磨、宜しくな」
「鏡ちゃんはお爺さんと二人暮らしだったのだが、そのお爺さんが病気でな。今度医療設備の整った滋賀県の病院に長期入院する事になったのだ。その事を話したら学校も特例を認めてくれたよ」
「……何だよ、ちゃんとした理由があるじゃねぇか」
紛らわしい言い方するんじゃねぇよ。
学校に賄賂でも送ったのかと思ったじゃねぇか。……っとと、ウチには賄賂に送る金がなかったか。
「鏡ちゃんには休みの日や空いた時間に、ちょこっとだけ作業を手伝って貰おうかと考えている」
「住み込みのパートさんなのに、そんなのでいいのか?」
「全然問題ない。……それよりも雄ちゃん、何か気付いた事はないのか?」
「はぁ? 何がだよ?」
気付いた事? 特に何も変わった事はないぞ?
俺の前に立っているのは、恥ずかしそうに頬を赤く染めている篠さん。
自己紹介で深々と頭を下げた時に乱れてしまった髪を、今も手串で一生懸命直している。
霧姉はその篠さんの背後に立ち、篠さんに気付かれないように注意しながら、自身の髪をツインテールにするように両手で持と、何やら必死にアピールして来る。
……一体どうしたってんだ。霧姉は何をしているんだ?
頭がおかしくなっちまったのか?
「はぁ。雄ちゃんがここまで鈍感だとは思わなかったぞ。鏡ちゃん、怒っていいぞ」
「……いえ」
言葉とは裏腹に、短い言葉には怒りや呆れといった感情が込められている。
俺、何かマズい事でも言ったか?
そんな俺を見てしびれを切らしたのか、霧姉は足もとに置いてあった鞄から何かを取り出すと、ブスっとした表情でほっぺを膨らませている篠さんの小さな顔に当てがった。
クッソ不細工なネコのお面だ。
ま、まさか――
「に、二刀乱舞さん?」
「……はい」
篠さんの薬指では、あの時と同じように宝石が眩い指輪が輝きを放っていた。
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