第29話 Sランカー


 「お、俺がSランク? 何かの間違いじゃねぇのか? 俺、何もしていないぞ?」

 「はぁ……。何を言っているのだ」


 霧姉はやれやれといった様子で首を横に振っている。


 「雄ちゃんが何もしていない? 馬鹿な事を言うんじゃないよ、ったく。変異種や突然変異種、更にはアレックス改バベルタイプ.verIIIまで導入された昨日のデスアタックで、樫高ゾンビハンター部が全員無事に帰還出来たのは、一体誰のおかげだと思っているのだ? しかも、だ――」


 霧姉は新聞を裏返し、大きな見出しを指差した。


 『オープン戦にて遂にお宝コンプリート達成!』


 お宝のコンプリート?

 まぁ確かに、沖ノノ島に設置されていたお宝は全部回収したけどよ。


 「ゾンビハントが開始されて以来、参加者達が設置されたお宝を全て回収したのは昨日が初めてだ。つまり雄ちゃんがゾンビハンター史上初の快挙を達成したのだぞ!」

 「……凄い事なのか?」

 「無茶苦茶凄い事だ馬鹿! デスアタックだったからお宝の数そのものが少なかったけど、そもそも運営側としてはお宝を持って帰らせる気などさらさらなかったのだ」


 デスアタックは全滅必至だって言っていたもんな。

 高額なお宝を設置しても、どうせ誰も持って帰れやしないだろうと高を括っていたのか。


 「ここを見てみろ」


 新聞をもう一度ひっくり返して、今度は一面の見出しを指差した。


 『25年ぶり、デスアタックからの帰還者』


 に、25年ぶり? その間はずっと参加者達が全滅していたって事か。


 「ここにも書いてあるが、前回の生存者は一名。しかも命からがら手ぶらで逃げ帰って来たのだが、私達はお宝をコンプリートしたのだぞ? その立役者である雄ちゃんが評価されない訳ないじゃないか!」


 霧姉が新聞をパラパラと捲ると……お、俺の特集記事ばかりじゃねぇか!

 お宝やウォーターウェポンの設置場所を言い当てたり、金庫を開錠した事なんかが細かく記載されている。


 「スタジアムから歓声が届いていたのは、殆ど雄ちゃんがお宝やウォーターウェポンの位置を言い当てた時だったぞ? 観客達は雄ちゃんの能力ちからに度肝を抜かれていたのだ」


 そう言われてみると……確かに。

 何だか霧姉がニヤニヤ笑っているなぁとは思っていたが、あれは俺が声援を受けていた事に全く気付いていなかったからなのか。


 「スタジアムに帰還した時も、雄ちゃんが一番水を掛けられていただろ?」

 「ああ。アイツ等俺ばっかり狙いやがるんだ」

 「観客達がウォーターウェポンで狙うのは、帰還した参加者達の中で一番活躍した選手だったり、自分のお気に入りの選手だったりするのだ」


 俺が狙い撃ちされていたという事は……つまりそういう事なのか。


 「雄ちゃんはもっと自分の能力に自信を持ってもいいと思うぞ。それとオープン戦初出場でランクインというのは勿論快挙だが、雄ちゃんは何とSランク。これも史上初だ」

 「……でも俺、ゾンビを一体も倒していないぞ?」

 「ああそうだ。だからSランク止まりだったのだ。これがアレックスの一匹でも倒していれば、SSダブルSSSトリプルでのランク入りでもおかしくなかったと思うぞ? ぐははー! やっぱり私の育て方は間違っていなかったのだー!」


 そう、なのか。

 自分では霧姉から受けてきた特訓の成果を、そのまま発揮しただけだったのだが……凄い事、か。

 瑠城さんもそうやって言ってくれていたが、どうもいまいち実感が湧かなかった。

 でもこうやって新聞で特集が組まれるくらいには、活躍出来ていたみたいだ。

 普段は鬼のような霧姉も、俺が活躍した事をまるで自分の事のように喜んでくれている。 


 ……俺、こんなにも人に――霧姉に褒められたの初めてかもしれない。


 「さぁ雄ちゃん、朝ご飯にしようじゃ――おっとと、恒例のヤツを忘れるところだったよ」

 「全部下剤入りだろ? 先にチラッと見たから、もう珈琲は要らねぇよ」

 「……うーむ、そろそろ次のステップを考えないといけないな」


 霧姉は顎に手を当て、首を捻りながら部屋を後にした。


 いや、だから下剤入り珈琲を持って降りろよ!  





 着替えてリビングに降りたのだが、オヤジの姿が見えない。 


 「あれ? オヤジは?」

 「父さんならもう工場に入っているぞ。今日からフル稼働させるからパートさん達も呼び戻しているみたいだ」


 ふーん。あの詐欺みたいな作戦は上手く行っているのか。

 キッチンに立つ霧姉は上機嫌なのか、鼻歌交じりでトントンとリズミカルな包丁の音を奏でている。


 「今日は朝練もミーティングもないけど、放課後の練習はあるからキチンと参加するのだぞ?」

 「何だよ、霧姉は参加しないみたいな言い方だな」

 「ああ。私は今日から工場の手伝いで忙しいからな。練習内容は彩芽や泉に伝えてあるからしっかりと言う事を聞くように。それから――」

 「おい。怖いから包丁を持ったままこっちを向くな」


 霧姉の事だ。いきなり包丁を投げそうだ。

 絶対に警戒を怠らないぞ。


 「樫野高校ゾンビハンター部では、選手権で優勝するまでは恋愛を禁止とする。勝手に彼女とか作っちゃ駄目だぞ」

 「いいから包丁を置け! コッチに向けるな! ……は? 恋愛禁止? なんでまた――」

 「雄ちゃんの活躍を知った馬鹿女共が、すぐにでも言い寄って来るからだ。女性慣れしていない雄ちゃんは鼻の下をデレデレと伸ばして、しょーもない女に引っ掛かるに決まっている」


 酷い言われようだな。


 「フラフラ出歩いて部活に来なくなるのは目に見えている。みんなに迷惑が掛かるからだ」

 「俺がモテる? んな訳ねぇだろ、馬鹿馬鹿しい。俺がモテ……へ? モテる、のか?」

 「当たり前だ。高校生Sランカーだぞ? 世界中から女共が言い寄って来るからな。選手権で優勝するまで恋愛禁止だぞ、守れよ?」

 「馬鹿、危ねぇ! 分かった、分かったから包丁を降ろせって!」


 刃側を上に向けるな!

 こんなの脅迫じゃねぇか!

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