第27話 最高の栄誉


 俺達の乗った船が、いよいよスタジアム内に進入した。

 観客達は異常な盛り上がりを見せている。


 「むかしむかしのお話です」 

 「また語り始めるのか? 今度は何の――オイ、そりゃ何の真似だ?」


 俺の傍までやって来て語り始めた瑠城さん。

 理由は不明だが競泳用のゴーグルを装着している。


 「ゾンビハントが開始された当初、帰還した船からゾンビに噛まれていた者がスタジアムに降り立つ、という事件が発生しました」

 「噛まれてすぐにゾンビ化しなかった奴が居たんだな? それとそのゴーグルが何の――」

 「被害が出る前にゾンビはすぐさま浄化されたのですが、それ以来帰還する船に乗船する際と下船する際は、メディカルチェックと称して必ず船長からの放水を受けなければなりませんでした」


 俺は喋らせても貰えない。

 当然みんなはこの話を知って――待て、ちょっと待て!


 「霧姉、泉さん、それに二刀乱舞さんまで?」


 俺以外、みんなゴーグルを装着してやがる!

 二刀乱舞さんに至っては、器用にお面の内側に装着しているぞ!


 「月日は流れてメディカルチェックの方法は大きく変わりました。放水する役割が船長ではなくったのです!」


 瑠城さんは両手を高らかに上げた。


 「ホラ、雄磨も!」


 泉さんも狙撃銃を握り締めて両腕を掲げている。


 「雄ちゃん、Tシャツのアピールを忘れるんじゃないぞ!」

 「……来るよ」 


 霧姉は二刀乱舞さんの肩を抱き寄せ、二人揃って観客に向けて親指を立てている。

 二刀乱舞さんは霧姉に無理矢理やらされているみたいだが、それらに釣られて観客席へと視線を向けると、観客達は一人残らず嬉しそうにウォーターウェポンを構えていた。

 客席上部の奴らは馬鹿デカい銃で俺達に狙いを定めている。

 ま、まさか――


 『さぁみんな! オープン戦を生き抜いた英雄達のご帰還だぁー! 盛大に祝ってぇーーやれー!』


 船のエンジンがプスンと止まると、大歓声と共に観客席三方向からの一斉攻撃が始まった。

 夕日に輝く大量の水が綺麗な放物線を描き、時の流れが止まったかのようにゆっくりと俺達に向かって襲い掛かって来た。


 この水量、まともに喰らったら死ぬんじゃねぇか?

 なるほど、観客席と水上ステージが異常に近かったり、昔はあった船の屋根が取っ払われていたのはこの為か。

 最前列に居たオッサン、ちょっとフライングしてんじゃねーよ。


 そして霧姉達が金勘定とか言ってたアレ、嘘だな。俺を騙したな?

 俺にゴーグルの存在を気付かせない為に、前以って計画していただろ!


 「チクショー! 絶対に許さねぇーからなー! おボォロロロロおぼ、溺れ――」


 ポツポツと当たっていた攻撃は、次第にバケツをひっくり返したような水量に変わった。

 水が痛ぇし息が出来ねぇ! コラ前列のクソガキ、鼻に入るから下から狙い撃ちして来るな!


 「ぅおー! ニイチャン凄かったぞー!」

 「キャー雄磨君! こっち向いてー!」


 無茶言うな! 向けるワケねぇだろ!

 オイ、何か攻撃が俺に集中している気がするのだが、気のせい――じゃねぇよなコレ!


 「下を向くんじゃない! ゴホッ! グハッ、む、胸を張るのだ雄ちゃん! アピールゴボボ」


 絶対無理! 息が続かねぇ!

 でもその商売根性だけは、素直に感心するぞ!


 「雄磨君、この場所で水を掛けて貰う事は、ゾンビハンター達にとって最高の栄誉なんですよ! ゴホッゴホッ! 何たって私達が生きている証なんですものー!」


 瑠城さん何処向いて喋ってんだよ。

 眼鏡していないから見えないのかも知れねぇが、そんな禿げたおっさんと間違わないでくれよ!


 「うりゃー! 負けるかこんにゃろー!」


 泉さんは負けじと狙撃銃で反撃している。

 でも泉さんも狙撃された客達も、みんな笑顔だ。


 俺達が一通り攻撃を浴びると――


 「よーし泉ぃ、彩芽、樫高ゾンビハンター部名物行くぞー!」

 「「おー!」」


 か、樫高ゾンビハンター部名物? 何だそりゃ?

 復活したばっかりの部活に名物なんてあるのか?


 霧姉達三人は横一列に並ぶと――ってオイ、何やってんだ馬鹿!


 「わー馬鹿! 何服脱ぎだしてんだよ! テンション上がり過ぎておかしくなっちまったのか?」

 「ファンサービスだよ、ファンサービス!」


 三人が水で濡れた水亀商店Tシャツユニホームと制服のスカートを脱ぎ、船上に投げ捨てると――


 「「「「ゥオオ―――!」」」」


 会場が今日一番の盛り上がりを見せた。

 そりゃそうだろうよ、盛り上がるだろうよ。調子に乗って服なんか脱――


 「「「じゃーん!」」」


 霧姉達は三人共、服の下にビキニタイプのカラフルな水着を着込んでいやがった。

 ここで水に濡れる事が分かっていたからだ。

 ……もしかして貴重品を防水ポーチに入れていたのもこの為か?


 霧姉の嫌がらせの所為で、俺は何も教えて貰っていねぇぞ!

 クソ、まだ特訓いやがらせは続いていたのかよ!


 「「「行くぞー! それー!」」」


 霧姉達は手を繋ぎ、全力で船上を駆け抜け、そして宙を舞った。

 大きな水飛沫を上げて三人仲良く琵琶湖に飛び込むと――


 「アハハ、いいぞー! 樫高ゾンビハンター部!」

 「応援してるぞー!」

 「選手権も頑張れよー!」


 笑いと拍手が混ざった歓声がスタジアム全体から湧き起こった。



 そんな盛り上がりを見せる中、あまり観客達にアピールをしていなかった二刀乱舞さんが、俺の傍までやって来た。


 「……あの、大丈夫?」

 「ああ、目は痛いがな」


 俺もゴーグル欲しかったなー。

 二刀乱舞さんは俺の顔を見上げている。


 「……あの、……あの」

 「ん? 何だ、どうしたんだ?」


 今度はモジモジと俯き、少しずつ俺との距離を縮めて来る。


 「……あ、あの、……今日は、ありがと」

 「ああ。こっちこそありがとうな。命まで助けて貰ったし」


 二刀乱舞さんはブルブルと首を振る。


 「私こそ……お宝、初めて。……ありがとう」


 薬指で輝きを放っているリングを再び眺め始めた。

 表情は分からないが……余程嬉しかったんだな。


 「……あ、あのゆう――」

 『以上を持ちまして、本日のプログラムを終了とさせて頂きます!』


 二刀乱舞さんの言葉をかき消すように、進行役からアナウンスが告げられると、再びスタジアム内に拍手が湧き起こった。

 全て終わっちまったみたいだな。


 「ああ、ゴメン。何だった? よく聞こえなかった」

 「……ううん、何でもない」


 先程よりも幾分か弱く首を横に振った。

 彼女が何を言おうとしたのかは分からないが、オープン戦が終わったという事は……お別れの時だな。


 「じゃーな二刀乱舞さん。元気でな! 絶対にゾンビに噛まれるんじゃねぇぞ?」

 「……うん。またね」

 「おーい! 雄ちゃん助けてくれ! 引き上げてくれー!」


 船の傍でバシャバシャと水飛沫を上げている霧姉達。

 如何やら飛び込んだ後の事は考えていなかったみたいだ。


 俺に何も教えなかった罰として、このまま放置してやろうかな。 




 こうして俺達樫野高校ゾンビハンター部の初陣は幕を閉じた。






 が――



 「ちょ、ちょちょちょっと、時期的には、ははは早過ぎた――っくしょーーーん!」

 「さささびーーー!」

 「あばばば――」


 全員が唇を紫色に染め、ガタガタ震えながらシャワー室へと直行したのは言うまでもない。

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