第26話 帰還


 校舎方面でお宝を回収していた三人と合流したのだが――


 「分かったよ、分かったから、な? 落としたりしたら危ないだろ?」


 二刀乱舞さんが茶碗の入った桐の小箱を両手で抱えて、俺の頬に当たってしまいそうなくらいグイグイと差し出して来るのだが……お宝を発見出来た事が余程嬉しかったのだろうか?


 場所まで教えているのだから、当たり前なんだがな。


 「雄ちゃんさぁ、こんなガラクタみたいな茶碗が、本当にお宝なのか?」

 「ああ。霧姉にはガラクタに見えるかも知れねぇが、こういうのは高値で取り引きされているんだぞ?」


 お高そうな匂いがプンプンして来る、いい仕事をしていそうな茶碗だ。


 この茶碗は二刀乱舞さんが落っことしてしまう前に、俺のバッグに仕舞っておいた。


 「もう一つのお宝は何だった?」

 「コレよ。百葉箱に入っていたわ」


 泉さんが手渡してくれたのは、劣化しないようにと密封された袋に入った巻物。

 恐らく掛け軸だ。

 広げて拝見しても俺には価値が分からないので、この巻物もバッグに仕舞う。


 「雄ちゃんの方は何だったのだ?」

 「まだ見ていねぇ。風呂敷に包まれていたのを、開けずにそのままバッグに仕舞って来た。何だか角ばっていたぞ?」

 「そうか……中身を確認するのは後回しだ。時間が迫って来たから急いで漁港に戻ろう!」

 「え? 折角だからちょっと小学校を覘いて行こうぜ?」

 「どうせまた来るだろ? 今度にしろ。行くぞ」

 「ちょ、待った! 歩く、自分で歩くって!」


 珍しい造りだったから、ゆっくり見たかったのに……。

 今度、か。やっぱりまた来なきゃいけねぇんだよな。





 漁業センター方面へ戻っていると、琵琶湖に浮かぶ船から警笛が鳴らされた。

 俺達が沖ノノ島に来る時も乗って来た船が並走するように漁港に向かい、俺達を追い抜いて行った。


 「なぁ、もしもあの船に乗り遅れたらどうすりゃいいんだ?」

 「乗り遅れたらアウトだ。置いて行かれる」

 「次の船は?」

 「そんな物はない。すぐさま無数のゾンビが島に放たれて、食料えさにされて終わりだ」

 「……急がないとヤバイんじゃねぇのか?」

 「そこまでギリギリじゃないから大丈夫……な筈だ」 


 オイオイ冗談じゃねぇぞ。

 ここまで来てゾンビの糞にされてたまるかよ!


 スタスタ スタスタ タッタッ タッタッ


 誰から言い始めたわけでもなく、無意識のうちにみんなの移動速度が上がって来た。


 タッタッ タッタッ タタタ…… 


 会話している最中は早歩きだったものが小走りに変わり、小走りから駆け足へ。


 ズドドド……!!


 今ではみんなでマラソン大会だ。

 何だかんだで、みんなも結構不安だったんだな。



 漁港内まで到着すると、今の今まで巨大なウォーターウェポンを構えていた船長が、船のエンジンを掛けて出港準備を開始した。


 「はぁはぁ、おい霧姉、船がもう出発しそうだぞ! 話が違うぞ!」

 「船長も人間だからな。長居はしたくないから、私達が乗り込めばすぐに出発するのだろう。急ごう」


 船まで近付くと船長がウォーターウェポンを構えてコックピットから出て来た。

 俺達がゾンビに噛まれているかもしれないから警戒しているのだろう。


 各々が船長と間合いを保ったまま、掌に水を当てる。

 俺は依然として何も所持していなかったので、二刀乱舞さんがセイバーの切っ先を手の甲に当ててくれた。


 「……よし、乗れ」


 寡黙そうな船長から乗船の許可が下りたので、漸くみんなで船へと乗り込めた。

 暫く漁港内で待機した後警笛が二度響き、けたたましい音を上げてエンジンのスロットルが加速した。


 あばよ! 沖ノノ島。



 ゆっくりと風景を見る余裕なんて一切なかったが、いつの間にか日は傾いていた。

 琵琶湖の穏やかな湖面や離れていく沖ノノ島を、黄金色に染め始めている。

 船上で肌寒い風を感じたところで、四月の上旬にTシャツ一枚というのは寒過ぎるかなー、なんて事を考える余裕がこの時になって漸く出て来た。

 掌で両腕を摩りながら、二時間という競技時間の中で起こってしまった色々な出来事に思い耽っていた。


 初めて出会ったゾンビは、霧姉がウォーターセイバーを投げ付けて、頭が弾け飛んでいた。


 泉さんは狙撃の腕前が凄まじく、そして改造したウォーターウェポンは、一体どうやって作成されたのか全く謎な存在だった。


 瑠城さんはゾンビと対戦する時に、怖い闇の部分が現れる事も知った。


 俺が金庫を開けた時にはゾンビに襲われて、本当にもう駄目かと思った。

 そんな窮地の俺を救ってくれたのが、二刀乱舞さんだ。


 彼女はおかしな格好をしていて、ちょっと変わった性格の持ち主だ。

 探し物が下手だったり、会話が苦手そうだったり、死体が苦手だったり、方向音痴だったり。

 でも戦闘に関してはまるで別人で、運営側がデスアタックの為に用意したゾンビ達を、セイバーのみであっという間に殲滅してしまう程の達人だ。

 ゾンビが嫌いな俺でも、彼女の戦う姿を見た時には、心の奥底から込み上げて来るものがあった。 


 そんな彼女ともあと少しでお別れだ。

 ちょっと寂しい気もするな……って――


 「あのさ、俺がしみじみとしている後ろで、君達は何をやっているんだよ」


 霧姉達は四人共が俺に背を向け、密談を行っていた。


 「金勘定だ。こういうのはキッチリとしておかないと、後で揉めるだろうが。雄ちゃんはそのまま一人で黄昏ていればいい」


 俺に背を向けたままシッシと手を振る。

 やっぱり女性陣はこういうところ、しっかりしているな……。

 まぁどうせ俺の取り分は家に入れる事になるから、霧姉に全額没収されるだろうし、俺が話に入っても発言権すらないだろう。

 小遣いくらいは請求してもいいかな? 今月欲しいゲームが発売するんだよな……。


 そんな事を考えていると、船は沖ノノ島からすっかりと離れてしまって、逆に今度はスタジアムとの距離が縮まって来た。


 「「「「ぅおおーーー!!」」」」


 俺達が乗った船が近付いて来たからなのか、スタジアムの声援が一段と大きくなり始めた。

 マイクパフォーマンスで観客達を煽っている進行役の声を、かき消す程の大声援だ。


 歓声を気にする余裕がなくなっただけなのか、それともゾンビハントに集中出来ていたからなのかは分からないが、沖ノノ島に到着した当初は少し気掛かりだった歓声も、途中から全く気にならなくなっていた。

 今のこの歓声って……俺達に向けられているんだよな?


 大歓声に湧くスタジアムの目と鼻の先まで船が進むと――


 「じゃあ船長、荷物を頼む」


 霧姉は鉄格子下側の小さな扉から、コクピットの船長にお宝の詰まったバッグを手渡していた。

 そして船長はコクピット内に設置された頑丈そうなケースにバッグを仕舞っていた。


 ……何故船長にお宝を渡したんだ?

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