第24話 二つ名は伊達じゃない!
ボートで身を隠すように浜辺の石垣に寝そべっている俺達から、アレックス改バベルタイプ.verIIIまでの距離は凡そ二十メートルといったところだ。
「まだ撃たないのか?」
「しっ、声が大きい。二刀乱舞さんがアレックス達に見つかったら、アタシも攻撃を開始する」
泉さんは声を潜ませ、裏返しに置かれたボートの上に狙撃銃を据えて、俺の隣でスコープを覗き込んでいる。
「……主よ、私の罪をお許しください……ブツブツ」
泉さんのお祈りが始まったのだが、こんな時でもやるのかそれ?
「「「ゥオオー――!」」」
獣のような雄叫びが多重でグラウンドに響き渡る。
二刀乱舞さん達が見つかってしまったようで、慌ててボートの脇から覗き見る。
唸り声を上げる二匹のアレックス改バベルタイプ.verIIIが、二本のセイバーを構える二刀乱舞さんとの距離を瞬く間に詰めて行く。
今までのゾンビ達とは桁違いのスピードで、身構える格闘家がステップを踏んでいるような動きを見せている。
ゾンビ達は生前の身体能力を色濃く残しているという事だが、アレックスは元格闘家だったのか?
残りの一匹はというと、グラウンド中央から動けないようで、膝の辺りから白煙を上げて蹲っている。
「よし。……ブツブツ」
泉さんの狙撃が命中したみたいで、その後も絶え間なく右手でレバーをスライドさせて、トリガーを引き続けている。
続けざまに二刀乱舞さんに向かっていたもう一匹が、バランスを崩して倒れ込む。
走っているヤツに命中させたのか? 泉さん凄いな!
「行くぞー!」
霧姉と瑠城さんがグラウンド脇の用具入れの陰から飛び出し、二刀乱舞さんに向かうアレックスへ、それぞれ手にしたアサルトライフルとサブマシンガンで集中砲火を浴びせている。
熱した鉄板の上に水を溢したようにジュウジュウと音を立てて、真っ青な皮膚の胴体、腕、足の至る所から蒸気が上がっているのだが、攻撃を受けている本人には全く影響がないのか、二刀乱舞さんに迫るスピードは衰えていない。
距離が遠くてよく分からないのだが、まさか――効いていないのか?
ウォーターウェポンの集中砲火が効かない相手なんて、一体どうやったら倒せるんだよ!
フットワークを駆使するアレックスが、素早く二刀乱舞さんのサイドに回り込んだ。
「グォオォ――!」
鞭のように撓る右腕が、身構えたまま微動だにしない少女に向けて振り下ろされたのだが――
ゆらり
剛腕が直撃する寸前、二刀乱舞さんが体を陽炎のように揺らして身を翻すと、振り下ろされた筈だったアレックスの強靭な上腕部がクルクルと宙を舞った。
続けざまに二本のセイバーを握る二刀乱舞さんが、まるで暴れる
アレックスの攻撃を躱す時は、自身の体をユラリと靡かせて躱しながら攻撃を加え、相手が怯めば更に攻撃の手を加速させる。
二本のセイバーで一方的に攻撃を繰り出し続ける彼女の動きは緩急が激しく、時に日本舞踊を舞うように優雅で、時にストリートダンスのように激しく、時に新体操競技のようにアクロバティックで、そしてエキサイティングだ。
いつの間にか俺は、彼女の動きに瞳と心を奪われていた。
シ、シビれるくらいカッコイイじゃねぇか!
遂にアレックスの体は細切れにされて、その場にボトボトと崩れ落ちた。
二刀乱舞さんは立ち止まらずに、バランスを崩している二匹目に向かって走り出す。
「グオォ――!」
今度のアレックスはラグビーのタックルのように、低く巨体を投げ出して来たのだが――
ふわり
二刀乱舞さんはしなやかな前転飛びで高く宙を舞い、真っ青な巨体を飛び越えると同時に、雄叫びを上げていた大きな頭だけが明後日の方向に飛び跳ねた。
一体どのタイミングで首を斬り落としたのか、全く見えなかったぞ!
くるりと見事な着地を決めると、すぐさま手にしていたセイバーを下手投げで投げ付ける。
ボスッ!
振り向きざまに投げられた一本は、彼方に転がっている白髪の頭に。
ボスッ!
そしてもう一本は、グラウンドの中央で全身の至る所から白煙を上げて蹲っていたアレックスの額に突き刺さった。
蹲っていたアレックスは、糸が切れた操り人形のようにグラウンドへと倒れ込んだ。
「うぉースゲー! 二刀乱舞さんカッコイイぞー!」
彼女の動きは一つ一つが様になっていて、見ているだけで体の内側から熱いモノが込み上がて来る。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてで、気付けば我を忘れて声を上げてしまっていた。
二刀乱舞さんは背負った刀を引き抜くように、バックパックから新たな二本のセイバーを両手でスッと引き抜いたのだが、状況を見渡してもう必要ないと思ったのか、スイッチを入れずにそのままバックパックに仕舞い直した。
「ホラ雄磨行くよ! 今度は霧ちゃん達の援護だ」
「あ、ああ! 二刀乱舞さんの動き、凄かったな! こう、二本のセイバーを持ってクルクルーってさ!」
「……どうしたのさ雄磨。えらく興奮気味じゃないのよ。確かに彼女の動きは凄かったけど……雄磨のテンションにはちょっと引くよ」
お面とジャージというクソダサい出で立ちなのに、今では歴戦の勇者のように無茶苦茶カッコ良く見えるじゃねぇか!
霧姉と瑠城さんも、途中から援護射撃もせずに、校舎から湧いて来るゾンビ達に備えていたもんな。
二刀乱舞っていう二つ名、誰が付けたのか知らねぇがピッタリじゃねぇか!
「あはははー! 佐藤さんとジェームスさん、両足が取れちゃったら動けませんねー! 頭ですか? 頭を吹き飛ばして欲しいのですかー? ウフフ、まだ駄目ですー」
グラウンド中央付近まで移動して来て、小学校の昇降口から出て来たゾンビ達に対応しているのは瑠城さん。
この場所からでは一体どんな表情で話しているのかは分からねぇが、とりあえず絶好調な様子。
それに引き換え――
「うがー! 全く当たらん! 何じゃこりゃ!」
裏手のプール側から出て来たゾンビに対応している霧姉は苦戦している様子。
如何やらサブマシンガンをぶっ放しているのに、上手く命中出来ないでいるみたいだ。
……その距離なら、流石に俺でも当てられそうだぞ?
「合わん! やっぱりこんなチマチマした武器など私には合わんのだ!」
霧姉はサブマシンガンを脇に投げ捨て、俺達が居る方へ向かって走り出した。
「ウガァァァ!」
その背後からは、顔の半分が爛れているゾンビが走って追い掛けて来ている。
引き連れて来るな馬鹿!
「泉ぃー! 手を出すなよ! コイツは私がやるからな!」
「りょーかい! でも大丈夫なの?」
「ああ、問題ない! もうストレスが溜まっちゃって溜まっちゃって!」
話しながら背後の漁港へと向う霧姉。
何やってんだよ。
泉さんも手出し無用と言われつつも、狙撃銃を構えて狙いだけはしっかりと定めている。
「コレだ。こういうのが私にはピッタリだ!」
霧姉が立ち止まった場所に転がっているのは……鉄塊。
赤茶色に錆び付いた、船の錨だ。
オイオイ、そんな物どうするつもりだよ。ま、まさか――
「っしょ、どぉりゃーー!」
両手で軽々しく掲げられた錨が、そのまま背後に迫っていたゾンビの脳天へと振り下ろされると――
「ブペッ――」
グシャリと嫌な音を立てて潰されてしまったゾンビ。
色々なモノが飛び出てしまっていて、モザイク無しでは見たくもない光景だ。
ぅっぷ、今日の晩飯は喉を通りそうにねぇな。
「あースッキリした。やっぱりゾンビハントはこうでなきゃ!」
……あの鉄塊、数十キロはありそうなんだが、そんな簡単に振り回せるもんじゃないと思うぞ。
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