第14話 泉さんの能力


 「「「お邪魔しまーす」」」


 霧姉達は玄関から堂々と民家に入って行く。


 玄関前で注意を受けたのだが、通常であれば民家に侵入する時に限らず、島内を移動する際もきちんと隊列を組み、安全を確保してから行動するらしい。

 というのもゾンビには色んな奴が居て、俺達人間えさを察知する方法もバラバラなのだそうだ。

 音に反応するヤツ、臭いで寄って来るヤツ、視覚で捉えてからやっと襲って来るヤツ、触角のような感覚器で感知して寄って来るヤツなど。

 俺が周囲にゾンビが居ない事を確認しているので、安全確保の時間を省けるという訳だ。


 「雄磨君が居ない場合だと、島内を移動するだけでも物凄く時間が掛かるのですよ」

 「へー。そうなんだ」

 「もう。……ウフフ、とっても凄い事なのですよ?」


 そう言って話す瑠城さんは、笑顔を見せながらも少し呆れているようだった。



 しかし知らない人の家に堂々と上がり込むのは、何だか変な気分だな。

 この家は古民家っぽくて、手を伸ばせば軽々届いてしまうくらい天井が低い。

 ゾンビが島に放たれた当時は子供が居たのか、昔の玩具が至る所に転がっている。

 コレを持って帰って売れば、まぁまぁの金額になるんじゃねぇのか?


 「おーい、雄磨ー! あったよー」


 先に民家に上がっていた泉さんの声が、家の奥から響いて来た。


 「じゃじゃーん! ウォーターウェポン第一号、発見だよー!」


 泉さんが嬉しそうに手にしているのは、両手で持つタイプのウォーターガン。

 片手でシャコシャコとポンプ圧を上げて、トリガーで発射するタイプだ。

 銃と同じくらいの大きさのタンクが乗っかっている、オレンジ色をベースとしたちょっと安っぽいヤツだ。


 こんなオモチャみたいなので、ゾンビ達と戦うなんて無謀過ぎないか?


 「泉、そんなのでも大丈夫か?」

 「余裕余裕、任せてよ。ムフフ、ここには良い物が沢山あるしね!」


 俺の心配も他所に、今度は泉さんが嬉しそうに瞳を輝かせている。

 ウロウロと部屋を物色しているみたいだが……良い物って何だ?


 「雄磨ー悪いんだけどさ、道具箱を探して持って来てくれる?」

 「道具箱? ……いいけど何するんだよ?」

 「いいからいいから、急いでね。それと霧ちゃんと彩ちゃんは――」


 よく分かんねぇが、何を始めるつもりなんだ? 

 まぁ近くにゾンビは居ないし、道具箱くらいならすぐに見つかるし。

 道具箱、道具箱……と。

 これは――外の物置だな。


 硝子戸を開けて、物置に向かおうと庭先に出た瞬間――


 「ッシャ―! オラー!」


 ズシーン!


 霧姉が発する威勢の良い掛け声と、工事現場のような大きな音が、家の中から地響きと共に聞こえて来た。


 ドカーン! ドカーン!


 家が揺れる振動で、硝子戸は外れてしまいそうなくらいガタガタと震え続けている。

 これはただ事ではないと思い、物置から道具箱を取り出し、慌ててみんなのもとに戻ると――


 「おい、何やってんだよ霧姉!」

 「は? 見たら分かるだろ?」

 「見て分かんねぇから聞いてるんだよ!」


 霧姉はキッチンを壁ごと破壊していた。

 一体どうやったら、素手で家が壊せるんだよ!


 霧姉とキッチンは水浸しとなっているが、これ以上水道が噴き出さないところを見ると、瑠城さんが外の止水栓を締めてくれたのだろう。


 開けられた大きな穴からは、隣のお宅が見えている。

 ……わ、わー、お隣さんの家近いなー。じゃなくて――


 「あー、いいのいいの雄磨。アタシが頼んだのよ。道具箱ありがとう」

 「へ? 泉さんが?」


 室内で物色を続けていた泉さんに道具箱を手渡す。

 いや、泉さんもさー……何の為か知らねぇが、家壊してとか頼むのおかしくない?


 「おおー。良い道具が揃ってるねー。そうだ、ゴメン雄磨、鞄も探して来てくれない? 出来れば背負えるタイプを二つと、ショルダーバッグを一つお願い」

 「カバン? お、おう。分かった」


 何が何やらサッパリ分からねぇが、ここは黙って言う事を聞いておこう。



 二階に上がり、背負えるスポーツバッグを二つ、紳士物のショルダーバッグを一つ集める。

 何に使うのか聞いていないので、大きさとか聞いておけば良かったかなー、なんて考えながら適当に選んでおいた。


 「泉さん、大きさとかはコレで――はぇ?」 


 壁に穴の開いたキッチンに戻ると、異常な光景が目に飛び込んで来た。



 瑠城さんは隣の部屋のタンスを物色したみたいで、ずぶ濡れになった霧姉の頭をタオルで拭いていた。

 コレは分かる。霧姉が風邪を引かないようにと、優しい気遣いが出来る瑠城さんだ。


 霧姉は冷蔵庫を物色したのか、パック入りのオレンジジュースをラッパ飲みしていた。

 行儀は悪いがコレもギリギリ理解出来る。普段の霧姉だ。


 そして――


 「フンフーン♪」


 鼻歌交じりで上機嫌の泉さんは、軍隊が使用しているような本格的なアサルトライフルを、タオルで拭き拭きしていた。


 全く理解出来ねぇ!


 「何処から出て来たんだよ、その銃は!」

 「何処って、さっき発見したウォーターウェポンだよ? お、鞄サンキュー」


 泉さんに三つのカバンを手渡す。

 んん? さっきのウォーターウェポン?


 「……あのオレンジ色した水鉄砲の事?」

 「うん、そうだよ。改造したんだー」

 「嘘吐け! 『したんだー』じゃねえよ! 改造ったって、か、改造? いやいや、全然別の銃じゃねぇか!」

 「何よー。ぶー。雄磨は褒めてくれないの? アタシの芸術にケチつけるの?」


 泉さんは仏頂面へと変わり、鋭い視線のままほっぺを膨らましている。

 両手に抱えられているアサルトライフルは、水亀商店Tシャツユニホームと同じ黒色。

 壁に穴の開いたキッチンで胡座を掻いている泉さんは、戦場で寛ぐ兵士のように、何とも言えない威圧感を放っている。


 そして泉さんの座り方は、思春期真っ只中の俺には、非常に目の毒だ。

 自分のスカート丈を考えて座ってくれよ!


 「ケ、ケチも何も、そもそも銃身の長さが全然違うじゃねぇか」

 「銃身? それよそれ。霧ちゃんに取って貰ったヤツを使ったのよ」


 泉さんがソレと指差す先にあるのは、壁の中に埋まっていたと思われる水道のビニールパイプ。

 もしかしてこれが欲しいが為に、わざわざ壁まで壊したのか?


 「……その銃のお尻、肩に当てがう細長い三角の部分は? そんなの無かったよな?」

 「うん無かったよ。だから隣の部屋のタンスをちょっと切らせて貰ったの。ウフフ、中は空洞にくり貫いて色々な物を詰め込んだの」


 隣の部屋には、使用された鋸とタンスの残骸が放置されている。

 ……。


 「じゃ、じゃあそのマガジン部分は? そもそも全体的に金属っぽいよな? さっきの水鉄砲はプラスチックだったよな?」

 「そこはアタシの腕の見せ所だよ。空き缶がいっぱいあったから、切ってハンマーで叩いて加工したんだ。へへ、どう? はんだ付け上手いでしょ?」


 泉さんが胡座を掻いている脇には、はんだ付けの工具やスプレー缶、ドライヤーなどが転がっている。

 そういや道具箱を見て、良い物が入っているって喜んでいたような気がする。

 どう? とライフル銃を見せて来る泉さんは、子供みたいに無邪気な笑顔を見せている。


 「因みに改造したのは、見た目だけじゃないよ? 見てなよー」


 腰を下ろしたままの泉さんが、壁に開けられた穴に向かってライフル銃を構える。

 そしてトリガーを引くと――


 プシュシュシュシュ!


 勢いよく飛び出した水は、何故か連射されている。

 泉さんはトリガーを引きっ放しにしているだけだぞ?


 「ラジコンがあったから、モーターとバッテリーを使って電動式にしたんだー。勿論ポンプ圧も改造して威力は上げてあるよ。どう? 凄いでしょ?」 


 タンスを使用した部分は中をくり貫いたって言っていたし、俺には理解出来ない代物が、その部分に色々詰まっているのだろう。


 「……凄いです。ハイ」 


 もう何が何だか分かんねぇが、とにかく凄い事には違いない。

 何故かちょっと負けた気分になってしまった。


 ……こんなの、反則じゃねぇか!


 「だから言ったじゃないか雄ちゃん。泉は武器のスペシャリストだって。泉が作業しているところを横で見ていたけど、何がどうなって銃が出来上がったのか、さーっぱり分からん!」 


 霧姉も何処か腑に落ちない様子で、首を傾げながらパックのオレンジジュースを呷っている。

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