第11話 ウォーターセイバー


 船を降りる際、船長から入念なボディーチェックを受けた。

 確かオープン戦の参加者は、武器や装備品の持ち込みを禁止されていたからな。

 財布や携帯電話など、貴重品の持ち込みは許可されているのだが、そもそも携帯電話は電波が届かないらしい。

 瑠城さんが言うには、昔携帯電話を使って不正しようとした参加者が居たそうで、それ以来島内は圏外になったそうだ。

 霧姉達は貴重品を防水のポーチに入れて、スカートのポケットに仕舞っていた。

 まぁ水も使うし、もしかしたらゾンビの返り血を浴びてしまうかもしれないし。

 俺の場合、今日は後方支援――なんて言い方をすれば格好いいが、お宝の在り処を教えたり、ゾンビが何処に居るのか教えたりするくらいだから、まぁ大丈夫だろう。

 みんなのポーチがかなり膨れ上がっていたのが気になるのだが、他にも何か入れているのだろうか?


 「雄ちゃん雄ちゃん、私達の缶バッジは装備品として認められるかな?」

 「んなわけねぇだろ」


 自分で効果はないって言っていたじゃねぇか。


 当然の結果だが、俺達の缶バッジはボディーチェックに引っ掛からなかった。

 そして二刀乱舞さんのお面も勿論スルーされていた。 



 漁港という事だが、琵琶湖だから当然磯の匂いはしないし、漁業を行っていないからなのか、魚の生臭さというのも全く感じられない。

 湾内は不気味に静まり返っていて、沢山の漁船が波で上下に揺れる時に発せられる、チャプチャプという音だけしか聞こえて来ない。

 そしてこの場所から見える、漁港の傍に建ち並んでいる民家は物凄く古い。

 大昔にタイムスリップして、そのまま時が止まっているみたいだ。

 とても風情があっていいのだが、これって運営の手で造られた風景なんだよな……。



 俺達を送り届けた船は、島内に警笛を二度響かせてから港を引き上げて行った。


 「あの警笛は競技開始の合図だ。まずは雄ちゃんに見せたい物がある。急げ、コッチだ」


 霧姉に連れられてやって来た場所は、船から降り立った桟橋のすぐ先。

 入り口が開けた漁業センターという大きな建物だ。

 中には土産物屋や長机が並んでいるのだが、屋台が中央にドンと設置されている。

 屋台に並べられているのは……大量の黒い棒。何コレ?  


 「コレがウォーターセイバーだ。ここで面白い物が見られるから、ちょっと見学して行こう」

 「面白い物? 何だそりゃ?」


 いいからいいからと霧姉に促されて、参加者達が群がる屋台を暫く見学する事になった。

 参加者達は各々一本ずつウォーターセイバーを手に取ると、そのまま島内へと散開して行った。

 確かこの武器はあまり人気がないって、瑠城さんが言っていたよな?

 でもよ、コレの何処が面白いんだ?

 ――と霧姉に聞こうとした時、二刀乱舞さんもウォーターセイバーを手に取ったのだが、彼女だけは違った。


 ――三、四本、五本……オイオイ、どんだけ持って行くつもりなんだよ。

 品定めするように手に取ると、背中に背負っていたバックパックに、どんどん詰めて行く。


 「「「「オオーーー!!」」」」


 何処か遠くの方から、地鳴りのような群衆の歓声が微かに響いて来た。


 「なぁ、もしかしてスタジアムの歓声って沖ノノ島まで届くのか?」

 「ああ。今の様子も隠しカメラで撮影されているし、その映像はスタジアムでライブ中継されているのだ。ホラ、あそことあそこ。それに……アレもかな?」 


 霧姉が次々と指差す箇所には、確かにカメラが設置されていた。

 壁に小さな穴が開いていて、カメラが埋め込まれている箇所もあるみたいだ。

 この場所だけで、一体何台の隠しカメラが設置されているんだよ!


 話し込んでいる最中も、二刀乱舞さんはウォーターセイバーを次々とバックパックに詰め込んで行き、遂にパンパンに膨れ上がったバックパックには何も入らなくなったみたいで、手にしていた一本を渋々諦めて屋台に戻していた。

 そしてチラリと俺達の方を見た後、シテテとその場を離れて行った。

 ……ちょっとバックパックは重そうだった。


 「な? 面白かっただろ? 普通このウォーターセイバーは、一人一本くらいしか持って行かないのだ」

 「近接武器だしな。そもそもあんなに持って行かなくても、何処かで給水すりゃいいじゃねぇか」

 「ところがだ、彼女は他のウォーターウェポンを探さないどころか、そもそも民家に立ち入らないし給水すらしないのだ! オープン戦開始から終了まで、ウォーターセイバーのみで戦い切るのだ!」


 何者なんだよ、アイツ。

 無茶苦茶凄い奴じゃないか。


 「「「「ぅおーーー!」」」」


 島内で何かが起こったのか、遠くから歓声が響いて来る。

 うーん、気になるというか、歓声がここまで聞こえて来るというのはちょっと集中しにくいな。


 俺も試しにとウォーターセイバーを手に取る。

 フム、凄く軽くて、金属と樹脂の中間のような素材だ。

 刀身部分は六十センチ程で、無数の小さな穴が開いている。

 柄のお尻の部分にスイッチがあったので押してみると、無数の穴からスチーマーのように蒸気が噴き出して来た。

 そして噴き出した蒸気はすぐには散開せず、どういう理屈かは不明だが、一定時間刀身の周りに留まってから蒸発しているみたいだ。


 「ウォーターセイバーは戦闘時のみスイッチを入れて使うのだ。そうじゃないとすぐに水がなくなってしまうからな。スイッチの入れっぱなしだと、……アレ? 何分が限界だったっけ?」

 「三分ですよ霧奈さん。そのくらい覚えておいて下さいよ?」

 「悪い悪い、そうだったな。覚えてくよ。――だ、そうだ雄ちゃん。雄ちゃんもウォーターセイバーを持って行くか?」

 「そうだな……ちょっと待った。誰かこの場所に戻って来たみたいだぞ?」


 姿はまだ見えていないが、誰かが走ってコチラに近付いて来る気配がする。

 気配がする方向には、薄っすらと黒い靄が掛り始めた。

 次第に足音が響いて来ると、一人の男性が俺達の視界の先に姿を現した。


 先程真っ先に散開して行った、黒人男性の参加者だ。

 何やら慌てている様子だが、ゾンビ達に追われているのか? 


 「やれやれ。ダッサい奴だな」


 霧姉は何やらウンザリとした様子で、手にしていたウォーターセイバーのスイッチを入れると――


 「うぉりゃー!」


 かなりの勢いで黒人男性に向かって投げ付けた。

 ウォーターセイバーはグルグルと縦回転を加えながら物凄いスピードで飛んで行き、十数メートル先の男性の頭に見事命中した。

 すると――


 グシャ!


 男性の頭は、スイカ割りで真っ二つになったスイカのように、弾け飛んでしまった。

 大量の血を流して、前のめりになって倒れ込んだ男性はピクリとも動かない。

 あ、あばばば……。


 「ぅぎ、ぎぎぎゃーー! なななんて事すんだよ霧姉! い、いいいつかはやると思っていたが、人、人殺し――」

 「人聞きの悪い事を言うな雄ちゃん。しかも何だ、いつかはやると思っていたってどういう意味だ。アレはゾンビだよゾンビ。なりたてホカホカ」


 は? ゾゾ、ゾンビ? なりたてホカホカ?


 全身の力が抜けてしまった俺は、屋台にもたれ掛かるようにして座り込んでしまった。

 こ、腰が抜けて動けねぇ。

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