第5話 ゾンビハンター


 「今日から私の弟である雄磨がチームに加わる。練習のために早速明日のオープン戦にエントリーしておいたから、今からミーティングを始めるぞ」

 「「はい!」」


 部活だからなのか、泉さんと瑠城さんは元気良く声を出す。

 ……へ? あ、明日?


 「ちょ、ちょっと待ったー! 俺何も聞いてねぇぞ? 明日って何だよ!」

 「仕方ないじゃないか。エントリーが殺到してて、たまたまキャンセルが出た明日のオープン戦しか取れなかったんだからさー。そんなに深く考えなくても大丈夫だってば」

 「全然大丈夫じゃねぇよ!  死んだらどうすんだよ!」


 何の準備もしないで何考えてるんだよ! 生き残れるワケねえだろ!

 ゾンビハントに関わる人間は、もれなく人の死に対する感覚がぶっ壊れると噂で聞いた事がある。

 そりゃー目の前で人が死んだり、殺されたりっていう状況を見て『楽しい』とか思っちゃうんだから、当然といえば当然か。

 しかし霧姉までもが、ここまでおかしくなってしまうとは。……いや、霧姉は昔からおかしかったよ、うん。


 「とにかく、俺はゾンビハントの事全く知らねぇんだから、説明くらいしてくれよ!」

 「雄ちゃんは我が儘だなー。ったく、しょうがないな。何処から話そうか――」

 「ではこのワタクシめが、ゾンビの歴史からお話しさせて頂きましょう!」


 霧姉の話を身体で遮って、瞳をキラキラと輝かせている瑠城さんが一歩前に出てきた。

 ……成程、こういう人か。とても面倒臭そうだ。


 「いや、授業で習っているから、歴史の説明は要らねぇよ」


 瑠城さんの話はとても長くなりそうな気がするので、キッパリと断った。

 とは言っても、歴史の事だって何十年も昔にゾンビが現れたとか、日本がそのゾンビ達に支配されそうになったとか、ゾンビは水に弱いとかそんな程度しか知らねぇが。


 「はう、そ、そうですか……。で、では特定腐人種法の事はご存知でしょうか?」

 「えっと、ゾンビ法の事だよな?」


 これは教科書に載っている。世界で一番お粗末な法律だ。

 確かゾンビを殲滅させる為に、何の議論もされずに即席で作られたとか何とか。

 国が責任逃れをする為だけに制定された、最低な法律だとして当時は世界中から馬鹿にされたらしい。

 ところが数十年経った今でも、この法律には一切の手が加えられていない。

 理由は呆れる程単純明快。


 今となってはこの法律とゾンビのおかげで、日本には、滋賀県には世界中から巨額のゾンビマネーが流れ込むからだ。

 人口問題や雇用問題、財政難といった政治家達が頭を抱える問題を、一挙に解決してしまっているのだから、今更手を加える訳にはいかないのだろう。


 「ぐ、ぐぬぬ。では滋賀ドリームについて詳しく説明を――」

 「あのー瑠城さん。そういう話じゃなくて、滋賀県で日々開催されているゾンビハントの事について教えてくれる?」


 ……この人、どうしてもゾンビの歴史の話がしたいんだな。

 眉尻をピクピクさせて迫って来る瑠城さんはちょっと怖い。

 小柄で幼い容姿なのに物凄い迫力だな。


 「……クスン、分かりました。ゾンビの歴史は追々お話させて頂くとして、琵琶湖に浮かぶ沖ノノおきののしまや周囲の人工島にて連日行われている、ゾンビハントの事について説明します」


 やっぱり追々は歴史の話も聞かなきゃいけないのか。……面倒臭い人だな。


 「ゾンビハントには大きく分けて二種類存在します。一つは娯楽としてのゾンビハントで、世界中のゾンビ愛好家達が自慢の装備品を持ち込んでゾンビハントを楽しんでいます。まぁ大金をはたいて参加する大富豪達の道楽ですね。こちらのお話は私達とは特に関係がありませんので、今回は割愛させて頂きます。そしてもう一つ、私達が参加するのは競技としてのゾンビハントです。この競技としてのゾンビハントには更に三つのカテゴリーが存在していて、明日ここに居る四人で参加するのは、十五歳以上なら誰でも参加出来るオープン戦です。初めて沖ノノ島にゾンビが放たれた当時の風情ある町並みが、そのまま忠実に再現されている島内にて、二時間自由に行動出来るのです」


 ……いやいや、自由に行動って言われても。


 「島内にはゾンビがウヨウヨ居るんだろ? そもそもそんな場所をウロウロしても……あれ? コレって一体何処で報酬が発生するんだ?」 

 「ぶははー、雄ちゃんは報酬にしか目がないんだなー」

 「何言ってんだよ馬鹿霧姉。借金で一家離散の危機だからっていう理由で強制参加させられるってのに、カネ以外に一体何の目的があるんだよ!」

 「ウフフ、雄磨君にはちょっと理解出来ないかもしれませんが、世界中から集まって来るゾンビハンター達の中には、純粋にゾンビハントを楽しむ為、スリルや興奮を味わう為、自分の実力を見せつける為だけにオープン戦に参加する人も居るのですよ」


 そんなアホなヤツ、ホントに居るのかよ。

 ゾンビハントを楽しむ為に沖ノノ島に乗り込んで、そして死んじゃうんだろ?

 理解し難い馬鹿ばっかりだな。


 「話を戻しますが、競技としてのゾンビハントには、運営側が用意したお宝が島内の至る所に設置されているのです。現金だったり宝石だったりと様々ですが、高額な物程巧妙に隠されているので、広い島内ではなかなか発見しにくいのですよ。当然お宝探しに夢中になっていればゾンビ達に襲われてしまいます」

 「そこで、だ。雄ちゃんが今まで磨きに磨き上げて来た、危機察知能力と物を探す能力が必要になって来るのだ!」

 「霧姉が勝手に磨いただけだろ!」


 特訓だ特訓だとは聞いていたが、まさかあれが本当に特訓だったとは驚きだ。

 ただ単純に虐められているのだとばかり思っていた。

 色々な物を隠して俺に探させていたのは、島内に隠されたお宝を探し出せるように訓練していたのか。 

 馬鹿な事に情熱を捧げているなー、くらいにしか考えていなかったが、ちゃんとした理由があったのか。


 「ただしオープン戦などの競技では、装備品の持ち込みは出来ません」

 「死ぬだろそれ」


 ゾンビ相手に素手で挑むなんて自殺行為じゃねぇか!


 「そこで、だ。雄ちゃんが今まで磨きに磨き上げて来た、危機察知能力と物を探す能力が必要になって来るのだ!」

 「そのセリフさっきも聞いたぞ」

 「フフフ、島内には報酬だけじゃなくて、各種装備品も設置されているのだ。雄ちゃんは物を探し出すの得意だし、強力なウォーターウェポンなんてすぐに見つけられるだろ? しかもオープン戦なんて報酬が安い代わりに、弱っちいゾンビしか出て来ないんだから楽勝楽勝! ぐははー!」


 霧姉は高笑いしているのだが、……果たしてそんなにも上手く行くのか?


 「それに武器のスペシャリスト、泉も居るからな。泉の能力は――まぁ、現場に行ってからのお楽しみという事にしておこう」


 の、能力? 泉さんも何か特殊能力を持っているのか?

 霧姉が武器のスペシャリストなんていうくらいだし、本人は謙遜しているけど、実は射撃の腕前が超一流だったりするのかな?


 俺には危機察知能力と物を探し出す能力。

 瑠城さんにはゾンビの知識、粟生さんは武器の取り扱い。

 ……。


 「因みに霧姉は何が得意なんだよ」

 「私? 私の特技なんか、雄ちゃんならとっくに知ってるじゃないか。いつも間近で見ていただろ?」


 へ? そんな特殊能力、見せて貰った事あったかな?


 「嫌がらせと圧倒的暴力だ!」

 「あーそうですか」


 納得。凄く納得。

 そんな特技を自信満々に言われると、弟としてちょっと情けなくなるぞ。

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