第3話 粟生泉と瑠城彩芽

 ゾンビハンター部、か。

 高等学校から設立が許可されている部活で、人気のある部活で、尚且つ毎年全国で千人単位で死者が出る部活動だ。 

 霧姉は一体何を考えているんだ?


 そもそも俺はゾンビが嫌いなんだよ。大の苦手なんだよ!

 あんな気持ち悪い奴等の一体何処がいいのか、みんなの気が知れねぇよ。

 クソ、学校の奴等がゾンビゾンビと騒いでいても、今まで適当に聞き流して一切耳を貸してこなかったのによ。

 滋賀県に住んでいながら、ゾンビの知識が全くないのって俺くらいなんじゃねぇのか?



 「金が要るのだ」


 この春から通う事になった樫野かしの高校の校門に差し掛かった頃、俺の首根っこを捕まえて引き摺っていた霧姉が突然話し始めた。


 「何? 欲しい物でもあんのか?」

 「そうじゃないよ。雄ちゃんも薄々気付いているかもしれないが、ウチには金がない」

 「ああ、そういう事か」


 ウチは自宅の隣で工場を営んでいる。

 最近では土産物のキーホルダーなんかを製造販売しているみたいだが、全然売れてねぇみたいだし。

 経営難だというのは、俺も薄々気付いていた。


 「実は事態はかなり深刻なのだ。借金が膨れ上がっていて、このままでは一家離散の危機に陥っている」


 ……げげ、そんなにも酷かったのか。

 あー、だからか。高校受験する時に、私立に行きたいって言ったら断られたのは。

 こんな変な奴だけど、霧姉も実は頭良いのに『進学校までの定期代が勿体ない』とか言って地元の樫野高校に通っているし。


 「今のままだと、間違いなくウチの工場は年内には倒産する。借金を返済して経営を立て直さないといけない」

 「それでゾンビハンター部に?」

 「そうだ。全国高校ゾンビハンター選手権で優勝すれば、高額の賞金が出るからな。私はこの時の為に、今まで雄ちゃんにゾンビハンターとしての英才教育を施して来たのだ」

 「ちょっと待った。言おうとしている事は何となく分かるが、ゾンビハンターだぞ? 失敗したら死ぬんだろ?」


 樫野高校はゾンビハンター部が強い、なんて話は今まで聞いた事がない。 

 ゾンビハンター部が弱いという事はつまり、部員が死ぬという事だろ?

 そんな部活に入って、この先生きて行けるとは到底考えられねぇが、霧姉が言い始めた時点で俺に拒否権はない。

 断って霧姉に殺されるか、ゾンビハントに参加して殺されるかの二択なら、借金を返済出来る可能性がある方に参加せざるを得ないんだよな……。

 ったく、あのか細い腕と華奢な体の、一体何処からあんな馬鹿力が湧いて来るのか不思議で仕方ねぇが、情けない事に喧嘩じゃ霧姉に勝てねぇし。

 まぁ俺だって、母さんとの思い出が詰まった家や工場から離れたくはない、という気持ちは霧姉と同じだ。

 やっぱり仕方がない……のか?


 「まぁまぁ。取りあえず部室に向かうぞ。話の続きはその後だ」


 霧姉と話しながら歩いていると、二面あるグラウンドの隅に建てられている部室棟に到着した。

 豪華な二階建ての部室棟で、入り口は自動扉だ。

 詳しくは知らねぇが、滋賀県の学校や福祉施設は他府県と比べても、設備や人員が凄く充実しているらしい。

 清掃が行き届いた廊下を一番奥まで進むと、そんな部室棟には似つかわしくない場所に到着した。

 怨念でも込められているのか、目の前の寂れた扉には『ゾンビハンター部』の文字が墨で書きなぐってある。


 扉の向こう側には人が二人――この気配は女子だな。


 「流石雄ちゃん、気付いたみたいだな。ゾンビハンター選手権で優勝する為に必要な最強の助っ人達だ。さあ、入るぞ」


 最強の助っ人? ゾンビハンター部が弱いこの樫野高校に、そんな人間が居るというのか?


 霧姉が勢い良く扉をガラガラと開けると、部室内では二人の女性が待ち構えていた。


 「おはよう霧ちゃん」

 「霧奈さん、おはようございます」

 「おはよう! 雄ちゃんに紹介しておくよ。こっちが粟生泉あおういずみで、こっちが瑠城彩芽るじょうあやめ。二人共私の同級生で幼馴染だ。雄ちゃんも何度か会っているだろ?」

 「ああ。昔一緒に遊んだ事もあるよな」


 幼馴染じゃねぇか。

 何が最強の助っ人だよ。


 「お、雄磨だ! 久し振りー!」

 「どうも、ご無沙汰してます」


 窓際に立って外の様子を眺めていたのが粟生さん。

 背が高くて制服のスカート丈が異常に短く、健康的に日焼けした長い生足がスラリと伸びている。

 スタイルが良くて、健全な男子の目には毒な、かなりエロスなボディーの持ち主だ。

 物凄くシャープな顔立ちと、ベリーショートの栗色の髪で、少し怖そうな雰囲気だが、一緒に遊んだ時の粟生さんは面倒見が良くて、とてもユニークな人だった記憶がある。


 「雄磨君……私の事も覚えてる?」


 粟生さんの傍で本を開いていた瑠城さんも、俺の事を覚えてくれていたみたいだ。

 赤い縁の眼鏡を掛けた優等生っぽい雰囲気で、肩に届く程度の黒髪は猫の毛みたいにフワフワと柔らかそう。

 小柄で色白な瑠城さんは、積極的に話し掛けて来るタイプではなく、どちらかと言うと大人しい人だった。


 「勿論ですよ。お久しぶりです、瑠城さ――ぐべっ!」

 「キャー! 良かったー! 忘れられていたらどうしようかと思ったよー」


 突撃して来た瑠城さんに、いきなり抱き付かれてしまった。

 ……アレ? 何かイメージと違うぞ?


 「ふははー! 彩芽はずっと雄ちゃんに会いたい会いたいって言っていたもんなー!」 

 「もう、霧奈さん! その話は内緒にしといてって言ったじゃないですかー!」


 こ、これって、実は昔から俺の事が好きで、ずっと思い続けていたとかいうラブコメチックな展開のヤツか?


 「だって雄磨君、顎のラインとか鼻の形とか、アレックス改バベルタイプ.verIIIにそっくりなんですもの」


 ア、アレックス? ばべ……ほにゃらら、何だそりゃ?


 「あはは、似てる! 確かに似てるよ!」


 粟生さんも俺を見て笑っているのだが、内輪ネタで盛り上がられても反応に困る。

 それと俺の純粋な男心を弄ばないで下さい。

 まぁ勝手に一人で盛り上がっていただけなんだけどよ……。

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