第十七話 『最悪』

 

 次第に夜は深くなり、街から山道を通った中腹付近にある本邸宅へと向かう足取りは重くなっていく。

 肉体的な疲労よりも、寧ろ精神的な面が大きい。


「ーーシッ!!」

 白銀の煌めきが闇夜を奔り、襲撃者の喉元を切り裂く。これで何人目かなんて事を考える思考はとうに捨てた。


(待っててね天理……)

 あの女は一体どんな罠を仕掛けてくるのだろう。愛しい人を人質にされている以上、こちらから迂闊な真似は出来ない。

 舗装路を歩きながら、ゆっくりと深呼吸をして乱れた息遣いを整える。


「大抵の罠なら何とか出来るんだけどなぁ……」

 声に出して見たけど、もう分かってる。私が考え得る策。天理か私のどちらもが助かる様な、希望に縋れる道をあの女が用意する訳が無い。

 まるでサーカスの舞台に無理矢理上がらされて、知らない演目をアドリブでこなせと言われている気分だ。


「見えた」

 本邸宅の影が見えた直後、『白夜』と『極夜』の二刀を一度鞘へと仕舞う。腰元の帯から小銃を取り出すと、遠距離からの不意打ちに備えた。


 入り口の門は解放されており、抉じ開けたり外壁を登る手間は省けた。音からしてこの辺りにまだ敵の気配は無いけれど、相手は双火ソウカ直属の特殊部隊の中でも精鋭だと見て間違いない。


 ーー油断は死に直結する。


「はぁっ……本当にそんな役回りだなぁ。普通は私が捕まって、天理が助けてくれるのがヒロインのお約束だと思うんだけど」

 思い浮かべただけで涎が溢れそうになった。結局貞操を守ったまま死ぬのかと思うと泣けてくる。


「これならこの前裸になった時に、無理矢理でも押し倒してれば良かったよ……」

「あら? 押し倒すなんて、相変わらずフシダラな女ですわね?」

「チッ! おかしいなぁ? このタイミングでアンタが出て来るのは、流石に想定外なんだけど」

 トボトボと中庭に向かって歩いていたら、突然『駆逐対象ソウカ』が自ら私の元を訪れた。

 思わず舌打ちすると、一斉にレーザーポインターの赤光が身体中を這う。


「蜂の巣になりたく無かったら、少しは大人しく話を聞きなさい?」

「……フフッ、ウフフッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 蜂の巣? 今時そんな台詞映画でも使わないわよ! それに、私を舐め過ぎじゃないかなぁ?」

 これは単純に挑発だ。思わず吹き出して爆笑してしまったのは本当に計算外だったけれど。だって面白すぎる。

 まるで私は優雅ですと言わんばかりのドレスを着飾ったこの女が、意外にも古風な物言いをするものだ。


「滑稽ね?」

 この時の私の微笑みは、きっと素晴らしい出来栄えだったに違いない。だって、眼前の女は眉を顰めて明らかに目線が鋭くなったんだもの。


 ーーピュンッ!!


 双火が何か合図を送ったのだろう。サイレンサーの音に混じってフルメタルジャケットの弾丸が頬を掠めた。

 冷静なふりをしている『雨竜家』長女は汚い言葉を吐き棄てる。


「黙れゴミ。貴女如きが私に意見するなんて死んでも許さない!!」

「メッキが剥がれてるよ。『雨羽ウイバネ』のお嬢様?」

「ーーーーッ⁉︎」

「知らないとでも思った? 私がどれだけ貴女を疎ましく思っていたか理解してるよね? 『契約』を結んだあの日、天理を痛めつけたあの瞬間から絶対に許す気は無い!!」

 目を丸くして固まっている双火の喉元に右腕を巻き付けると、左手の小銃で太腿を撃ち抜いた。悲鳴の一つでも上げるかと思ったのに、涙目になるだけで口元はまだ余裕を帯びている。


「これくらい丁度良いスパイスになる。これから『天音ゴミ』に待ち受ける痛みに比べたらねぇ」

「減らず口を叩く前に天理を返しなさいよ!」

「あら? さっきから見えてるじゃない? 知能が乏しいと愛しい人の姿も忘れちゃうの?」

「えっ?」

 双火の視線の先には中庭の噴水が有るはずだった。なのに、水の音は一切聞こえない。


「まさか……」

「美しいオブジェでしょう? 飾るのに苦労したわ」

 凝らした視線の先には、一個十センチ程の球体が螺旋を描きながら山を作っていた。その頂上にあるのは、首から上だけを出した天理の顔。


「安心して? グルグル巻きにしてあるけど、生きてるわ。素敵な趣向でしょう。まるで生首だけどね」

「ーー殺す!」

「止まれ。あの球体の正体が分からないのかしら? 私の生命活動が停止した瞬間から、『アレ』は作動するわよ」

 その台詞を聞いた直後に私は双火から離れた。このままでは衝動に駆られて殺しかねない。


(最悪ね。毒じゃなかったか)

 私の予想は見事に外れた。それも最悪の方向で。


 ーー爆弾だ。

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