第九話 『告白』

 

「僕は、天音の事が好きだ!」

 ここは無駄に広い屋敷のトイレの中だ。唯一、一人になれる場所で心を落ち着ける。

 こんな風に『練習』する様になったのは、いつの頃からだったかな。


 眠る前に彼女の顔を想像するのが、日課になっていた頃だったか。

 掌から伝わる温もりが恥ずかしくて、照れているのがバレない様に演技した頃だったっけ。


 ーーパァンッ!


「よしっ!」

 両頬を叩いて気合いを入れる。今日こそはちゃんと伝えるんだ。フラれたって構うものか。その時は本当の兄弟として、安寧の日々を過ごしていけば良いだけだ。


「でも、気不味いのは嫌だな……それに、隣に居てくれなくなるのは生活的にも困るぞ」

 廊下を歩きながらマイナスの思考が働いてしまう。ある意味、最近ではこれも日課の一つだ。


「そ、そうだよね。今の関係が一番良いんじゃないかな? 危なかった……また暴走する所だったぜ。やれやれ!」

 額の汗を拭い、再び彼女の待つ自室へと戻る。せめて隣で一緒に寝ている事が、思春期男子の欲望を駆り立てる原因になってる事だけは、知ってて欲しいのだけれど。


 __________


「今日こそ言ってくれるかしら……どうしよう、先に服脱いでおこうかな……どうせ見えてないんだし、アリか? いやいや、はしたない女だと思われるのは嫌よ。落ち着け、落ち着くのよ天音!」

 本人は気付いて無いのだろうけど、私は天理がトイレで密かに『告白』の練習している事をとっくのとうに知っている。

 異能『強奪』で奪った『バケモノの耳』は、集中すればどんな音だって聞き逃さない。

 これも護衛の一部であり、『偶然』聞こえてしまったものはしょうがないのだ。


 ーーこれで四十二回目の告白。


 その度に私は、天理が部屋に戻るまでに掻き乱された精神を落ち着ける。

 いつ抱かれたって構わない。寧ろ希望しているというのに、毎回、毎回、悟った様な表情を浮かべながら彼は戻るのだ。


 私が知っている事を、いっそ打ち明けてしまおうかと悩んだ事もあった。でも、天理の初めての告白。それを踏み躙りたくは無い。

(通販で買った催淫グッズの効果も無かったし……八方塞がりとは、まさにこの事ね……)


 彼が戻るまでの時間を計算し終えた後は、ゴロゴロと床を転がりながら悶える。

『告白』してくれない理由は容易に想像出来た。きっと自分に自信を持てないのだろう。

 そして、その原因を作り出したのは他でも無い私だ。


 ーー視力を奪い、聴力の一部を奪い、記憶を奪い、天理を少しだけ『特別』な『人』へと、堕としてしまった。


 もしも『双火ソウカ』との契約が無ければ、私はとっくに彼を美しき化け物へと戻している。

 その際に恨まれて殺されても構わない。


「あーあ……今日も眠れないなぁ……」

 天理は分かっていないのだ。こんな日は『愛の告白』の余韻に浸りながら、私が悶々として一睡も出来ない事に。

 嬉しすぎて、押し倒したい欲望を堪え続けている事に。

 思春期女子とは言えないが、私だって女だ。好きな人に抱かれたいのは当然の思考だろう。


「いつになったら、直接言ってくれるのかなぁ?」

 我慢は限界に達しようとしていた。だが、無意識に解いていた寝間着の帯を結び直している最中、突然名案が閃く。

(下着姿でいても天理はきっと気付かない。だって、見えないんだもの!)


 我ながら馬鹿らしいと思いながら、ーー実行した。

 これ位の悪戯は許されるだろう。だって、私は耐えに耐えているのだから。


「ば、バレたら流石の天理も襲ってくるかな……? やっぱり、私の方が年上なんだからリードしなきゃ!」

 私はゾクゾクと背筋を迸る興奮に浸りながら、部屋の扉が開くのを待った。


 __________


「おやすみぃ〜!」

「う、うん……おや、すみ……」

(馬鹿だ……見えない天理相手にこの作戦を実行した時点で、私は馬鹿だ……)

 たわいも無い会話をした後、欠伸をしながら天理は眠りに就く。妙に汗ばんでいる天音の体臭と上擦る声色が気にはなったが、女性にそんな事を問うのも失礼だろうと気を使ったのだ。


(やっぱり効果ないじゃ無い。この『催淫』グッズを販売してる通販サイトの社長……いつか殺す)

 思惑は外れたかと思ったが、あながち効果が無いわけでは無かった。


(今日も良い匂いがするなぁ〜。これが噂のアロマってやつ? 天音が『快眠』グッズを用意してくれて嬉しいなぁ。こんな日は熟睡出来る〜)

 誘惑の為の『催淫』グッズは、天理にとって『快眠』グッズと化していた事を、彼女アマネは知らない。


 __________


 世界が無価値になるまであと一日。

 化け物が泣哭に呻く日まで、ーーあと一日。






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