滅びゆく世界のキャタズノアール

第百三十八話

「おぉおおおおおおおっ！！！」

　繰り出したるは、漆黒の竜を刀身に浮かび上がらせたカルギデの異形の剣技。

　そして迎え撃つは、俺の究極奥義たる光速分断波・無限螺旋衝。

　俺は全身脱力状態で叫びながら、カルギデの最高奥義をこの身に直撃させた。

「さあ、どう仕掛けてきます、当主殿！　これで終わりではないでしょう！？」

　俺は受け止めた暗黒竜の波動の衝撃を体内を経由して受け流し、己の闘気を上乗せして地面に置いておいたルーンアックスを手に取ると、一気に振り抜いた。

　暗黒色と黄金色が混ざり合った螺旋の波が、猛然たる勢いで放たれていく。

「なるほど、それが貴方の切り札ですか！　しかし先ほどの技の一端を見て、貴方が後の先で反撃してくるであろうことは、予想していました。予め来ることさえ分かっていれば……このようなものっ！」

　カルギデは額に血管を浮かべながら叫ぶと、天に掲げた鬼刃タツムネの刀身を電撃を帯びた黒いオーラで纏わせた状態で、斬りつけると真っ向から激突した。

「お、お、お、うおおおっ！！！」

　だが、俺はルーンアックスをブワッっと大きく振り下ろすと、巨大なる螺旋の波が、より力強くカルギデを押し潰すように動き出していった。

「こ、これにさえ打ち勝てば……私の勝利は確定する！　こ、れしきの……これしきの……ものっ！！　こ、これしき……う、うおあああああっ！！」

　必死に食い止めようとするカルギデだったが、遂に自身の耐え切れる限界を越えて絶叫と共に、全身を鈍い音を上げながら押し潰されていった。

「……わ、私は、こんな所ではっ……まだ、死な……！！」

　――最後に究極奥義に飲まれゆくカルギデの叫びが聞こえたような気がした。

　――だが、しかし……。

　凄まじい爆発の後、地面に巨大な大穴を作り出した程の破壊力はカルギデの肉体を跡形もなく吹き飛ばしたためか、もうどこにもその姿は見当たらなかった。

「はあっ……はあっ……成功だ。ようやく究極奥義を己のものと出来たらしい。だが、勝つには、勝ったが……体を経由して受け流すのは、大きな負担だな。やはりこの技はあくまで最後の切り札。そう易々とは使えないと言うことか」

　俺は体にふらつきを感じて、ルーンアックスを杖代わりにして体を支えた。

　が、すぐに正気に返ると周囲を見渡す。残る主要な敵はもうグロウスのみだ。

　後は奴さえ倒せば……そう思い、陛下と交戦中のあの男の姿を探した。

「陛下っ！　……そして、グロウス！」

　そして見つけた。一目で分かる程、超常の域で行われている、二人の激闘を。

　二人の周囲には強烈なエネルギーが発生して、誰も立ち入れない程の超高熱が支配する空間を形成していた。

「見ての通りの有様です。カルギデさんを倒したのはお見事でしたが、あれではガイラン国王に助勢に向かおうとしても難しいようですねぇ、アラケアさん。もっとも私達などが横槍を入れても、どうにかなる戦いではなさそうですが」

　俺より一足先に陛下とグロウスの戦いを目で追っていたマクシムスが、肩を竦めながら言ったが、確かにあれほどの超高熱に覆われていては、近づくのさえ困難だと思われた。

「見届けましょう、アラケア様。あの陛下なら決して負けるはずがありません。私も聖騎士としてお仕えして長くはないですが、それでもあの方の強さは間近で見てきてよく分かっています。勝つのは、ガイラン陛下です」

　アルフレドが陛下達の戦いの行方を眺めながら、そう漏らした。

　同じ聖騎士のハオランもまた、陛下の勝ちを確信しているかのような表情だ。

　ならば俺も陛下の臣下として、そして幼少期からの友人として、余計なことを考えずに他の二人を倣って、陛下を信じねばなるまいと、心に決めた。

「だが、陛下が勝つのは当然として、東方武士団や忍び衆がまだ残っているんだ。あまり悠長に構えてはいられん。俺達は雑兵退治といくぞ」

「おうよ、あのシャリムの野郎より格は落ちるけど、まだまだ数で俺らより優る敵軍勢に風穴を開けてやるとしようぜぇ、アラケア殿！」

　カルティケア王らデルドラン王国の一行の大健闘により、敵の軍勢は数を大きく減らしてきてはいたが、それでもまだ万は優に超えている。

　まだまだ気は抜けないような戦況だった。だが、俺が戦場に飛び込もうとしたその時、マクシムスが背後から俺を引き止めた。

「いえ、アラケアさん。貴方は少し休んでおいた方がいい。いざという時のため、貴方はまだ戦える余力を残しておかねばなりません。ヴァイツさんとギスタさんも今は戦闘続行が難しい状態ですし、ここからの戦いは私達に任せて、貴方は彼らの側にいてやってください」

　俺は振り返ってマクシムスを見たが、彼が指を指した地面に横たわるギスタとヴァイツを見て、俺は配慮が足りていなかったことを実感する。

　だが、その言葉は暗に陛下負けてしまう可能性があると示唆するものだった。

「まだ戦況はどちらに転ぶか分からない。だから陛下がグロウスに敗れることもあり得ると言いたいのか、マクシムス。その時のために温存しておけと？」

　俺の問いにマクシムスは小さく肯定の返事をすると、続けて言った。

「貴方達がガイラン国王の強さをよく知っているように、私もまたシャリムを名乗るあの男が敗北から最も遠い、高みにいることを知っているのです。恐怖と共にやって来て、一陣の風と共に命を刈り取っていく奴の伝説を」

　マクシムスはあの男の名が出ると、いつも不穏な雰囲気を覗かせていた。

　どういった因縁があるのか話そうとしないから分からないが、その言葉にはどこか畏怖を感じているかのような所があった。

「人生の大先輩の忠告くらいは聞いておくことですよ、アラケアさん。私はこれでも二百年以上は生きているのですから。さあ、貴方達は私といきますよ、ハオランさん、アルフレドさん」

　そう言い残すと、マクシムスは俺の横を通り過ぎて、戦場の真っ只中へ駆けて行ったが、それに僅かに遅れ、少し迷いを見せたハオランとアルフレドも続いた。

　俺はしばらくギスタとヴァイツの側に立ち尽くしていたが、マクシムスが残した言葉を反芻しながら、陛下とグロウスの戦いを改めて見た。

「凄まじいな。どちらも人としては、肉体も技量も限界まで引き出している。あれ程の強者でも、いずれはどちらかが勝者となり、どちらかが敗者となる。もし本当に勝つのがグロウスとしたら、俺は……果たして、勝てるか？」

　俺はルーンアックスの柄を力強く握り締め、二度までも自分に敗北を与えたあの男と戦う様を思い描いたが、どこか奴に対して委縮している自分に気付く。

　負けが続いているのだから当然だが、俺は意識して恐れを消すよう努めた。

「これでは勝てる戦いも勝てんか。マクシムスが俺にあそこまで言ったのだ。余計なことは考えずに、今は体力を少しでも回復させることに専念させねば。そして俺は現れた敵にただ全身全霊を尽くして、戦いを挑めばそれでいい」

　俺は今も尚、繰り広げられ、それでもいずれは確実に終わりを迎えるであろう、二人の死闘が決着するその時を、それまでの一部始終を見届けんとした。

　だが、自分でも意識しない内に、徐々に徐々に体内の気の高まりは最高潮に、そして精神状態もかつてない程に、研ぎ澄まされていったのである。