第百三十九話

「私の『牙神』をここまで完璧に凌ぎ切ったのは、あの魔女ベルセリアとやらに続いてお前が二人目だ。人間に限定にしたならお前だけだろうな、ギア王国の元宰相シャリム。いや、グロウスと言うのが本名だったか?」


 陛下の言葉に対し、グロウスはおどけるように肩を竦めたが、やがていつになく真剣な表情を見せたかと思うと、それに答えた。


「……人間か。そうだったなら本当に良かったんだけどねえ。けど、生憎と今の僕は人間とは言えないんだよ。だから、僕はここまでの回りくどい計画を立てざるを得なかったんだしさ」


 グロウスは陛下の妖刀村正と同作の村正・真打を構えながら、笑った。

 それは普段の飄々としたこの男の印象とはかけ離れた、憎悪と狂気に彩られた一筋の笑みだった。


「今のこの戦いも、僕の悲願である世界救済の為には重要なことなんだよ。じゃあ、そろそろ続きを始めようかな? ガイラン国王陛下っ!」


 グロウスが正眼の構えから、一気に刀を横に薙ぎ払った、のと同時。

 周囲の地面が吹き飛んで、閃光が左へ右へと通り過ぎていった。


「単純な剣圧でこれか! 何とも非常識な一撃を繰り出したものだ!」


 陛下は即座に背後に飛んで躱すと、間髪入れずに牙神の構えを取った。

 そして技の発動と共に、陛下の体がグロウスの後方まで駆け抜ける。


「『牙神』っ!!」


「その技は何度も見ている! そろそろ違った技を使ったらどうだい!?」


 大地を走る空圧さえ生み出した虎の子の牙神も、グロウスは刀で打ち払った。

 だが、グロウスの言葉に意を返すことなく、陛下は再度、牙神を繰り出す。


「本当に、その技しか知らないようだねえ!?」


 グロウスはやれやれと言った調子で刀を振るって陛下とすれ違ったが、しかし今回は陛下の動きが奴の予想を超える形で、前触れなく一段と加速していた。

 そのグロウスに一瞬の動揺を見せさせた程の陛下の牙神は、ついにグロウスの防御を打ち破り、その脇腹を僅かに斬り裂いて、血を流させていた。

 それを見たグロウスは、意外そうに手で血が滴る刀傷を押さえて目を見開く。


「なるほどねえ。一見は同じようで、ただ同じ技を繰り返していた訳ではないと。そういう訳かい、ガイラン陛下?」


「答えてやる義理はないな。私の『牙神』を侮った代償がその傷と言うことだ」


 だが、その時だった。グロウスが手で血を拭うと陛下に向かって歩き出したが、その背後で、放たれる闘気が真っ赤に染まり、更に勢いを増して燃え上がった。

 あまりの激しさに、上だけではなく左右にまで炎が広がる。


「っ……これほどか!」


 広がった紅蓮の炎は陛下の体にまで及んだ。

 その凄まじい炎は、陛下の体さえも焦がす程だった。


「さてと、後が押してるんだ。腹の探り合いはこれぐらいにして、そろそろお互い本気でいかないかい? 双方最高の奥義で決着をつけるとしようじゃないか」


 そう提案しながらも、まだ勢いの衰えない炎は周囲の地面を溶解させていく。

 そしてそのグロウスの申し出に、陛下は行動で以って答えた。


「いいだろう。では、私の最高奥義『牙神・天波』にてお前を倒すとしよう。どうやら死ぬ覚悟は出来ているようだからな」


 陛下は通常の牙神よりも、体勢をかなり低く屈伸させて刀を構えた。

 それは俺も見覚えのある、陛下の最高奥義である牙神・天波の構えだった。


「ありがとう、ガイラン国王。決闘受諾と言うことだねえ」


 対するグロウスは刀を横に構えると、刀自身が亡者が嘆き叫んでいるような唸り声を発しながら、刀身が赤く変色していった。

 それはまるで業火であり、さながら血液のようでもあった。


「それじゃ、僕も見せてあげよう。僕の最高奥義『無限刃・火焔斬破』を」


 グロウスが纏う圧倒的な存在感と威圧感、そして放たれる殺気は陛下さえも上回っているかもしれない程に凄まじかった。

 そして陛下も負けじと、村正の刀身に気を集め、バチバチと帯電させ始めるが、その高まりはグロウスのそれらを防ぐどころか、押し返す程の勢いだった。


「いくぞ、グロウス。私の最高奥義にて、貴様のすべてを撃ち砕く!」


「うん、それじゃ始めようか、ガイラン国王!」


 ――その言葉を言い合った刹那、二人は同時に最高奥義を繰り出していた。


 陛下が突き放った村正の刀身に纏わりついた白銀に輝く雷光が質量を持って、グロウスに押しかかると、瞬く間に陛下はグロウスの後方まで駆け抜けていた。

 それは、斬撃や突きなどという生温い攻撃ではなく、いかなる生命体だろうと絶命させる、まさに雷の如し一撃だった。


 ――だが、それでも尚、雷光が通り抜けたグロウスの体は動いていた。


「素晴らしかったよ、ガイラン国王。だけど……勝ったのは僕だ!」


 すべてを葬り去るはずの空中放電の中でも、グロウスは生きていたのである。

 今までのどんな時よりも両眼は赤く輝き、刀は紅蓮に燃え上がっている。


「見えたかい、これが僕の最高奥義『無限刃・火焔斬破』だ」


 あの時と同様に、グロウスの姿は最高奥義の発動と共に掻き消えてしまったが、今度こそ俺の目は、その動きの一部始終を確かに捉えていた。

 奴の奥義の全容は、超神速で繰り出される烈火の炎を纏った十六の斬撃だ。

 それらすべての斬撃がすれ違い様に、陛下の体に斬り込まれていたのである。


 ――だが、陛下もまた、それでも尚、倒れることなく立っていた。


「……まだ負けん。私に退路などないのでな。ゆくぞ、グロウス」


 陛下はグロウスに向かい合う形で振り返ると、再び牙神の構えを取る。

 だが、今まで二人の立っている場所は、双方が放つ闘気により見えない高熱の障壁が形成されており、これまで何者も近づけずにいたのだ。

 それが最高奥義の勝敗の結果によって、均衡が崩れ出してしまった。


「終わりなんだよ、ガイラン国王。君ほどの男が気付かないはずがないだろう? 僕らの戦いが作り出した戦闘フィールドの超高熱は、力が弱まった方へと……即ち、敗者となった側に、その全エネルギーが一気に注がれることになる」


「まだ終わりではない! ……部下達を残して、王たる私が倒れる訳にいかん! お、おおおおおおおおっ! 牙神・天……ッ……!!」


 ――しかし……。


 陛下の最後の抵抗も空しく、グロウスが言った通り、周囲の超高熱は陛下へと堰を切ったように押し寄せると、辺り一面は赤い炎と、黒い煙に包まれた。


「……こ、こんな……はずでは。力及ばなかったこと、すまない、皆よ……。アラケア……後のことは、お前に……」


 ついに陛下の体は、地面をも溶かす超高熱の中に完全に飲み込まれていった。

 俺は思わず陛下の名を叫んでいたが、その声が届いたかは分からなかった。

 決着は、ついたのである。それも俺達にとって最悪の結果で。

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