第百三十七話

「ほう……掠り傷とはいえ、私に傷を」


 マクシムスの短剣による攻撃を避けたものの、完全に躱しきれなかったため、カルギデの左頬に僅かに傷跡が走っており、そこから血が滴り落ちる。

 それを手で拭うと、カルギデは猛った表情で鬼刃タツムネに地脈から吸い取った並々ならない外気を集約し始めた。


「では……今度はこちらの番ですなぁ、マクシムス殿!」


「これはっ……直撃を避けねば一溜りもなさそうですねぇ!」


 冷や汗を流すマクシムスを余所に、カルギデが振り抜いた鬼刃タツムネから暗黒色の波動が唸るように押し寄せる。

 マクシムスら三人は咄嗟に腕を交差させて防御したものの、その強大な威力の前に、成す術なく大きく弾き飛ばされた。


「ぐおぁっ……あ、あの裏切り野郎、半端じゃねぇ。強ぇ……じゃねぇか」


「……ま、まだいけますか? ハオラン、マクシムスさん」


 地面に蹲りながら、アルフレドが他の二人に呼びかけるが、カルギデは彼らに対応する暇を与えることなく再び、地脈の気を鬼刃タツムネに集約させ始めると、それを見た全員が表情を青ざめさせた。


「シャリムに教えを受け、鍛錬に鍛錬を重ねたこの奥義。一度とはいえ、堪え切ったことは称賛しますが、果たして二度目はどうですかなぁ……?」


 カルギデは追い打ちをかけるように、鬼刃タツムネを無慈悲に打ち下ろすと、その奥義を再発動させたが、しかし……。

 刀身から放たれた暗黒色の波動は三人に届くことなく、直前で割れるようにして四散していった。

 ギリギリの瞬間、三人との間に飛び込むように現れた俺が、ルーンアックスの一振りによって、掻き消したのだ。


「ほう、ついに現れましたか、当主殿」


 俺はそう言い放ったカルギデを険しい表情で見据えたが、奴はこの短期間で更により強力に極まっているようだった。

 そしてマクシムス達は俺のすぐ背後で、周囲に散ってしまった暗黒色の波動と、ようやくこの場に現れた俺の姿に、安堵の表情を浮かべている。


「救世主は遅れてやって来ると言いますが……待っていましたよ、アラケアさん。中々、際どいタイミングでしたがねぇ」


「ああ、ここまでよく戦ってくれた。後は俺に任せてくれ、お前達」


 だが、そう言いつつも俺は、痛みの走る自身の右手首を見た。

 カルギデの奥義は完全に打ち払えた訳ではなく、暗黒色の波動は、俺の右腕に僅かながら食い込んでいたのだ。

 腕に少しの痺れを感じ、俺は拳を握り締めるとカルギデを改めて睨み付けた。


「また腕を上げたのか、カルギデ。お前の戦闘センスには恐れ入るな」


「当然でしょう。この大陸にいれば、戦うことには事欠きませんのでね。成長なくば、ここまで生き残ってはこれませんよ、当主殿」


 おめおめと古城から俺に脱出されたと言うのに、カルギデはどこか嬉しそうに鬼刃タツムネを正眼に構え、全身からは暗黒色のオーラが溢れ出している。

 俺もまたそれに対抗するように、黄金色のオーラを全身に纏いながら、両手でルーンアックスを正面に構えた。


「では、推して参る、当主殿」


 疾走と同時に姿を消したカルギデは一瞬にして背後から現れるが、その攻撃を俺は気配だけを捉えて、振り返りもせずに払う。

 続けてカルギデは鬼刃タツムネを突き出すが、その次なる斬撃もまた俺の体を捉えることはなかった。


「ほう、先読みの技量がますます洗練されているようですなぁ、当主殿!」


「ああ、成長しているのは、何もお前だけではない!」


 先読みの練度が拮抗している以上、勝敗を分けるのは肉体そのものの強さと、そして奥義の優劣だ。

 だが、身体能力ではカルギデが俺の上をいく。

 ならば、と……俺は磨き上げた奥義にて勝負を賭けることにした。


「いくぞ、カルギデ。まずは、この奥義からだ。技比べといこうか!」


「それがお望みであるならば、受けて立ちましょう!」


 俺はルーンアックスを上段に構えながら、黄金色のオーラを収束させていくが、対するカルギデは俺とは正反対に、深く前傾に構えながら鬼刃タツムネに地脈から吸い取った外気を纏わせていった。

 前傾姿勢、それは防御を捨て攻撃にのみ特化させた攻撃的な構えだった。


「あくまで機先を制したいと言う訳か、カルギデ」


「ええ、貴方を相手に小細工など無用。ただ攻撃あるのみ!」


 互いに必殺の構えを取りながら対峙し、緊迫した空気が両者の間に漂う。

 まさにそんな瞬間だったが、先に仕掛けたのはカルギデだった。

 突き出した鬼刃タツムネから暗黒色の波動を放ちながら、奴自身もまた同時に俺に向かって駆けていた。


「かあぁっ!!」


「はああっ!!」


 互いに相手が放った波動を相殺させ打ち消し合った後、両者の斧と刀が激突し、打ち合わされたが、凄まじい威力の反動が俺達の体を後方に押しやった。

 だが、どちらもすぐに体勢を立て直して、間断なく相手に飛びかかっていく。


「奥義『光速分断波・螺旋衝覇』ッ!!」


「奥義『ウンブラド・デス』ッ!!」


 螺旋を描くように放った俺の螺旋衝覇と、カルギデの暗黒色の波動がお互いの中央で激突して、せめぎ合うと、今度も相殺して消失していった。

 奥義は互角……いや、僅かに打ち勝っていたのは。


(っ! 押し負けた、か!)


 俺は余波に押されながらも両足で地面に踏ん張り、後方に滑りつつ停止した。

 つまり今の奥義同士の激突では、僅かにカルギデが優っていたと言うこと。

 だが、俺は動揺することなく、すぐに次なる奥義の構えを取った。


「では、続けていくぞ。今度は俺の最高奥義『光速分断波・輝皇閃』でな」


「面白い。ならば、私もそれと対するに相応しい奥義を試してみますか」


 カルギデは一旦距離を取り、再び鬼刃タツムネを下段に取る。

 刀身に暗黒色のオーラが纏わりつき、漆黒の竜の姿に模されていった。

 そして俺は両手で担ぐような形で先ほど同様、上段にルーンアックスを構える。

 ここから一気に振り降ろして、光速分断波・輝皇閃を放つ目算だ。


「では、参る! 当主殿!」


 またもや機先を制したのはカルギデ。鬼刃タツムネを振り抜きながら突進し、俺は対抗すべく、全開のオーラをルーンアックスに込めて振り下ろした。

 巨大なる黄金色のオーラの波と、大きく口を開いた竜を模った暗黒色のオーラが真正面から衝突し、押し合いを展開する。


 ――だが、勝敗はすぐについた。


「はあああああッッッ!!」


 カルギデが大きく叫ぶ。

 両者の奥義は一見すると互角だったが、実際にぶつかり合うと質、密度的には明確な差があった。

 勝ったのは……。


「これしきですか、当主殿! 今度も押し勝ったのは私のっ……」


 せめぎ合いの均衡が破れ、俺の最高奥義を突き破ったカルギデの奥義は、一気に押し寄せて俺へと襲い掛かったが、俺はそれでも冷静さを崩さなかった。

 脱力状態からオーラを解放した俺がルーンアックスでそれを打ち払うと、その刹那の間に、暗黒竜のごとき波動は相殺され、むしろ反対に押し返した。


「……むっ!?」


 それを見たカルギデは咄嗟に飛び退いていたが、その判断は正解だった。

 カルギデの甲冑に抉るように亀裂が入り、判断が遅れていれば決して浅くない手傷をその身に受けていたのは確実だったのだから。


「今のは……? 奥義の打ち合いは私の勝ちかと思っていましたが、貴方にはまだ私に見せていない切り札があると言うことですか」


 ――そう、俺は妙に落ち着いていた。

 ――今なら、俺はあの奥義を完璧に扱える実感があったからだ。


「全力でかかって来い、カルギデ。次の攻撃でお前は倒されることになる。少しでも手を抜けば、負けるのはお前の方だ」


 俺はカルギデをあえて挑発した。奴に本腰で奥義を繰り出させるために。

 あの技は相手の攻撃が強力である程、こちらの威力は増す特性があるからだ。


「……面白い。その挑発、受けてみるとしましょう。私も先ほど私の最高奥義を押し返した貴方の技が気になりますのでね。あれが如何なるものか、次なる一撃にて見極めるとしましょう」


 カルギデはさっきと同様に鬼刃タツムネを下段に取ったかと思うと、そこから更に身を屈めて、目一杯後ろに引いた構えを取った。

 より威力を引き出すため、先ほどよりも構えを攻撃に特化させたのだろう。


「これが私の最高奥義『アポカリプス』です。刀身に纏った暗黒色のオーラが、漆黒の竜の姿を形成し、相手を穿つ。今度は正真正銘、全力で使わせて頂く」


 カルギデに対し、俺はルーンアックスを地に下ろして全身を脱力させ、相手の出方をただ待った。

 それが如何なる威力の技であろうと、完全に決まりさえすれば勝つのは自分だと言う自負があった。


 ――決着の時が刻一刻と確実に近付いていた。

 ――次の一撃で勝負が決まる。


「来い、カルギデ」


「ええ、お望みとあらばっ……!」


 どこかで石の破片が地面に落ちた。

 そして……その微かな音がした瞬間が、雌雄を決する立ち合いの合図となった。

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