第百三十六話

「マクシムスはアラケア様の居所を掴んだから、案内させると言っていたわ。つまりまだ生きておられるってことよね……?」


 私は私を守るように一緒に走っている、アンデッド兵達に声をかけてみたが、残念ながら彼らから返事が返ってくることは一切なかった。

 ただ主の指示に従っているだけで、意思の疎通は出来ないと言うことだろう。


「ハオランとアルフレドが騎士団を連れてきたから、今の戦況は一時的に拮抗し出しているけど……シャリムとカルギデの二人がまだ生き残っている以上は、安穏とはしていられないわね。急がないと……」


 私は戦場を駆け抜けながら、敵勢の中で残る強敵であるシャリム、カルギデと現在進行形で交戦している陛下やマクシムス達の戦いぶりを目で追ってみたが、いずれも壮絶の一言でしか表現しきれない、凄まじい戦闘だった。

 私は焦燥感を感じつつも走り続けていたが、やはりそう易々とは事が運ばず、東方武士団の武士達が、先を急ぐ私の行く手を遮ってきたのだ。


「東方武士団のっ! やっぱり、そう簡単には向かわせてくれないわよね。いいわ、邪魔をするなら戦ってあげる。来るなら来なさいっ!」


 私は立ちはだかった中隊規模の武士達に光臨の槍を突き付けると、全身から淡い緑のオーラを放って、戦う意思を見せたのだが……。

 しかし、突如として私の目の前で、信じがたいことが起きたのだ。


 ――ぐるるぅあぁああああっ!!!


 空間より歪が生じて、そこから何体もの魔物ゴルグ達が姿を現し、雄叫びを上げた。

 しかも私は咄嗟に攻撃の矛先を魔物ゴルグ達に変えようとしたのだが、その魔物ゴルグ達は私には目もくれずに振り返ると、東方武士団の武士達だけに襲い掛かったのだ。


「ど、どういうことなの? 何で、魔物ゴルグ達が私を助けるような真似を……? いえ……きっとたまたま。魔物ゴルグの行動なんて気にしてても仕方ないわよね」


 私はこれを運命が私に味方してくれたと受け取って、先を急いだ。

 先ほどから私達が戦っていた場所は廃都市でも開けた広場のような所だったが、私を案内するアンデッド達が向かおうとしているのは、その向こう側。

 それはさながら古城とも言っても差し支えない、大きな建築物だった。


「あそこにアラケア様が……?」


 その問いに答える者は誰もいなかったが、私に先だって古城の大扉を開門して中へと入っていくアンデッド達の後に、私も続いた。

 古城の内部は不気味なまでに静まり返っていたが、アンデッド達は迷いのない足取りで、より奥へ、より奥深くへと、駆け足で進んでいく。

 そしてとある一室の扉の前で立ち止まり、振り返ると私に入るよう促した。


「アラケア……様? いらっしゃるのですか?」


 扉を開き、私がそう声をかけた時、部屋内から微かに人の呻き声が聞こえた。

 私はすぐにその方向に目を向けると、そこには糸状の細い鋼鉄製の線を何本もより合わせた子縄によって体を縛られ、拘束されているアラケア様がいた。


「アラケア様!」


「ノルンか、よくここが分かったな。外では戦いの行方はどうなっている?」


 お姿を確認するなり、咄嗟に名前を叫んでいた私に、アラケア様は至極冷静に尋ねてこられたが、外傷は見た限りでは、そこまで酷くはないように見えた。

 いや、手当てをされた形跡があることから、負傷されてない訳ではないのだ。


「今、この古城前の広場で陛下達とシャリム率いる東方武士団と忍び衆の軍勢が戦っています。エリクシアはギスタが倒し、残る強敵はシャリムとカルギデの二人だけですが、どちらも並みの相手ではなく、予断を許さない戦況です」


「そうか、ではまだ負けた訳ではないと言うことだな。ならば俺も早く加勢に向かわねば。ノルン、すまないが、この縄を解いてくれないか。この縄、鋼鉄製の上に力が入りにくいように縛ってあるようなんでな」


 私は無言で頷くと、アラケア様を縛りつけている縄を緩めて解こうとするが、一筋縄ではいかず、しかし苦戦しながらも何とか分け離すことに成功した。


「ふう……何とか助かったようだな。礼を言うぞ、ノルン。後は俺の武器だな。恐らくこの城のどこかにルーンアックスが置いてあるはずだが……。一緒に探すのを手伝ってくれ」


「分かりました、アラケア様」


 だが、私とアラケア様がルーンアックスを探そうと部屋を出ようとした時、部屋の扉が開いて、アンデッド達の中の一体が入ってきたのだ。

 しかも両手にはアラケア様ご愛用のルーンアックスを抱えながら。

 その思いがけない光景に私達は少しの間、目をパチクリさせていたが、やがて互いの顔を見合わせて、あの男の手際の良さに舌を巻いた。


「良い仕事をするじゃない、マクシムス。あの男には何度も助けられるわね」


「ああ、そのようだな。後であの男には改めて礼を言わねばならないな。では、俺達も向かうとするか、戦場へ」


 アラケア様はアンデッドから受け取ったルーンアックスを背負うと、部屋を出て古城の入り口を目指して真っ直ぐに走られ、私もそれに続いた。

 そして大扉を開き、古城から出た私達を待ち受けていたのは……。

 東方武士団と忍び衆、そして私達の騎士団と黒騎士隊に加えて、魔物ゴルグ達までもが入り乱れて死闘が繰り広げられている、混戦となった戦場だった。


「ずいぶん派手に戦っているようだな。グロウスは陛下が抑えておられるが、カルギデと戦っているマクシムスとハオランとアルフレドは劣勢気味か。では、俺がまず向かうべきは……」


 アラケア様は戦場となっている広場を見回し、黄金色のオーラを身に纏ったかと思うと、地面に足形が出来上がり、姿が掻き消える程の爆発力で疾駆していた。

 私はすぐに目でアラケア様を探したが、行き先は見当がついていた。

 恐らくアラケア様が向かったのは……。


 ――だから私もまたその場所を目指して、戦場の中を走り抜けていった。


 急がなければ、すでに彼らの戦いは決着を迎えようとしていたのだから。 

 それも敗北と言う、最悪の結末で。

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