第百三十一話

 私は確かに見た。シャリムの刀から生じた燃え上がる炎が刀身に纏わりつき、すれ違った際に、陛下の牙神と斬り結んでいたのを。

 そしてシャリムの背の後方まで駆け抜けていた陛下が、振り返って言った。


「ほう、外してしまったか」


「僕の方も、ねえ」


 シャリムもまた振り返って、そう漏らす。

 陛下とシャリムの服の袖が互いに破れていたが、どちらの体にも傷一つない。

 かに思えたのだが……。


 ――突然、陛下の袖が「ぼわっ!」と音を立てて小さく発火したのだ。


 それを陛下はすぐに手で払って消したが、その意味することは分かっていた。

 僅かながらとは言え、打ち勝っていたのはシャリムの奥義だと言うことを。


「驚いたぞ、あの魔女ベルセリアと同等……いや、それ以上と言うことか。立て続けにこうも強敵と出くわすとは、本当に恐ろしい大陸だ、この地は」


「身長でも筋肉量でも君に劣る僕では、剣の技量で勝負するしかないからねえ。ま、僕もそれが分かってるからこそ、ここまで磨き上げてきた訳だよ。それじゃあ、続きといこうか、ガイラン国王!」


「……いいだろう。受けて立つ、シャリム!」


 互いの刃が幾度も打ち合い、激しい力の激突によって両者は後方に弾かれる。

 だが、それでも双方共に怯むことなく、その度に即座に態勢を立て直しては、そのまま次なる奥義を繰り出して、相手に向かって突っ込んでいった。


「『牙神』ッッ!!」


「『無限刃・火迅焔』ッッ!!」


 陛下とシャリムの刀の切っ先が交わり、衝撃が周囲にいた兵達を消し飛ばす。

 それはまるで天が叫ぶかのような殺気と、大地が唸りを上げる程の闘気に、人知を超えたパワーとスピード、そして極限の奥義同士のぶつかり合いだった。


「これほどの戦いは初めてだ、血沸き肉躍るとはこのことだな!」


「おかしいかい、ガイラン国王。まあ、僕も楽しいけどねえ!」


 だが、そんな生と死が一歩手前の激闘の最中にあって、二人は笑っていた。

 すでに彼らの周りには互いの奥義の激突の余波により、屍の山が出来ていたが、両者共に気にする様子すらなく、ひたすらに自分達の戦いに専念していた。



 それを遠目に見ていた私は、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。

 それほど二人の戦いは凄まじかったのだ。しかし……。


「……あれほどの戦い……私達なんかじゃ、とても立ち入れそうにないわね。なら、陛下がシャリムを抑えてくださる間、私達は私達の戦いをしないと!」


 私は光臨の槍を振り回し、または巨獣影を操作しながら敵兵と戦いながらも、目だけは陛下とシャリムの戦いを追っていたが、私はあえてそれをやめた。

 私だって女とはいえ、戦闘に身を置く者の端くれだ。

 人類の頂上を決めると言っても過言ではない、あの戦いの行方が気になるのは確かだったが、自分達の方が徐々に押され始めているのが分かってきたからだ。


「ヴァイツ兄、仲間達の援護に向かいましょう。あのギスタも、マクシムスさえ決して楽には戦えてはいないわ。敵軍を打ち崩すためにも、戦力の要となっている奴らの幹部達を叩かないと、数で劣っている私達は、このまま押し切られて負けてしまうわよ」


「分かった。じゃあ、どっちに加勢に向かう? 見た所、マクシムスの方は今にも負けてしまいそうって程じゃない。一方、ギスタは……エリクシアに手こずってるようだね。じゃあまずは……」


 私はこくりと頷きながら、「ええ」とだけ答えると、迫る敵兵を倒しながら真っ直ぐにギスタとエリクシアが戦っている戦場へと向かった。



「俺は……俺はっ! お前を倒すためだけに、この大陸までやってきたんだぜ! だってのに、負けてたまるかよ! エリクシアァ!!」


 ギスタの両手が跳躍し、エリクシアの死角となる背後にそれぞれ出現して、首筋を掻っ切るべく、手刀とアサシンナイフが間近に迫った。


「へえ……面白い技ね。けれど、お前は何も……分かっていない。……見せてあげるわ、私達の力量差は……縮まってなどいないことを」


 それをエリクシアはミリ単位の正確さで背後を振り返ることなく、紙一重で回避してのけた。

 だけではなく、そのままギスタに向かって突進し、鳩尾に拳を炸裂させた。


「がっ……おえっ、ぐあああっ!!」


 ギスタが元に戻した両手で腹を抑えて蹲り、血反吐を吐いた。

 更にその頭をエリクシアが思いっきり踏みつけて、地面に押し付けた。


「……無様ね、ギスタ。こうなるために、この大陸まで追ってきただなんて、……物好きもいい所だわ、本当に」


「く、そ! ……ち、ちくしょっ……う!」


 エリクシアが冷徹な目で見下ろしているギスタに、手にした短剣でその命を刈り取らんと首筋に突き立てようとした、まさにその時だった。

 私が投げ放った光臨の槍を彼女はその短剣で弾くと、飛び退いていた。

 ぎりぎりのタイミングで私達の救援が間に合ったのだ。


「まだ立てる、ギスタ? 貴方もこれぐらいで諦めるつもりはないでしょ?」


「ノ、ノルン。それにヴァイツか。すまねぇ、恩に着る」


 ギスタは喉から絞り出すように、それだけ言葉を吐き出すと、ふらふらと立ち上がったが、その目からはまだ戦意は消え失せてはいなかった。

 それを横目で見ながら、ヴァイツ兄はエリクシアに対し、連射式ボウガンの照準を向けながら、ギスタと私に言った。


「デルドラン王国の地下監獄以来だね、この面子であの女に挑むのはさ。けど、僕らだってあの時よりも強くなってるんだ。前のようにはいかない。僕らが力を合わせさえすれば……きっと勝てるはずだよ、今ならさ!」


 その言葉にギスタも、そして私の顔にも少しだけ笑みが浮かんだ。

 私達がこれまで磨き上げてきた強さは決して軽くないものだと、私達自身が、誰よりも知っていることだったからだ。


「じゃあ、今度こそ私がを使ってあの女の力を奪ってやるわ。ギスタ、ヴァイツ兄、今回は失敗する訳にはいかないわよ」


「分かった、任せといてくれ、ノルン。お前は能力の発動に専念してくれ。影響はギスタにも出ると思うけど、発動さえすれば大逆転のチャンスだよ」


 私の切り札が何なのかを知らないギスタは飲み込めてはいないようだったが、大逆転のチャンスだと言う言葉を聞くと「面白れぇ」と言い放って構えた。


「また時間稼ぎをすればいいってんだな。やってやるよ、今度こそはよっ!!」


 そう吐き捨てるように言ってから、ギスタは真っ先に動き、駆けていた。

 だが、真っ向からぶつかっても勝機はないと学習したのか、距離を取りながら様子を伺っていた……と思っていたが、指先を勢いよく地面に突き立てた。


「個人の強さで勝てねぇってんなら、物量で勝負すればいいんだぜ! 見せてやる、俺の奥義っ! 『土塊の兵隊ペトロ・ソルジャー』を!」


 ギスタが見せたのは皆既日食の時の戦いで彼が使っていた、あの技だった。

 土塊とも石塊とも言える、巨躯の人形達が地面からせり上がるように現れて、ギスタの指示の元、エリクシアを取り囲んだ。


「妖仙力を……こんな風に使うだなんて。少しばかり……見くびっていたわ。まあ、それでも……」


 それでも表情を崩さないエリクシアが言いかけた、その時だった。

 彼女の真上から、まるで雨のように射出された矢が降り注いだのだ。

 避けようにもその隙間すらなく、さすがの彼女もその身に矢を受けてしまった。

 私達は彼女の体をとうとう傷つけるに至り、血を流れ落ちさせたのだ。


「これが今の僕らの強さだよ、エリクシア。確かに君は個人では、僕らよりずっと強い。だけど、見くびらないで欲しいね。僕らだって、この危険な大陸をここまで生き延びてやって来たんだから」


 巨躯の人形達の1体の背中から、ヴァイツ兄がひょっこりと顔を出したが、その手にはたった今、使用したのであろう連射式ボウガンが握られていた。


「へえ……」


 しかしその言葉がまるで耳に入っていないかのように、エリクシアは体から滲み出る血を手に付着させ、意外そうな表情でしばらくそれを見つめていたが、やがて顔を上げると、口を開いた。


「……まさか、私に血を……流させるだなんてね。やるじゃない、貴方達。そういうことなら、もう手加減は出来ないわね……本気で行かせてもらうわ」


 両手の爪が肩に食い込むほど力を込め始めたエリクシアは、徐々に徐々に……その姿を変えていった。元の姿よりも一回り……いや、二回りは大きいだろう。

 そんな虹色の羽を持つ怪鳥へと化した彼女は、空を仰ぎ見て、廃都市全体に木霊する程のけたたましい鳴き声を上げた。


「くっ……!! な、何なんだよ……一体、彼女は!?」


 その鼓膜を劈くような鳴き声にヴァイツ兄はビクリと体を震わせていたが、しかしその問いに答えられる者は、この場には誰一人いなかった。

 何しろ、私にしてもギスタにしても、初めてみる彼女の姿だったからだ。

 だが、私達は彼女の逆鱗に触れ、本気を引き出してしまった……。


 ――それだけは確かだったのである。

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