第百三十話

 台風のように赤黒く光の帯が渦巻く、この廃都市のその中心部にて、猿達に調べさせた通りに彼らはいた。ついに私達は対峙することとなったのだ。


「いやぁ、よく来たねぇ。尊敬するよ、劣勢を覚悟の上でここまでやってきた君達のその勇気と、暴食の獣達を退けてきた、その大健闘に」


 異能の力を手にした数多の軍勢を背にしながら、ギア王国元宰相シャリムは仰々しく私達にお辞儀をし、頭を上げるとそう言い放った。

 その表情はいつも通り穏やかだったが、ただ一つ……目だけはこれから獲物の命を刈り取ろうとする、捕食者さながらだった。


「前置きはいい。それよりアラケアをどこへやった? お前達があの男の身柄を隠したのだと言うことは、大よそ見当はついている。答えぬなら、このままお前達を我々の手により撃滅に追い込むだけだ」


「そうだねぇ、僕らを倒せたら教えてあげるよ、ガイラン国王。総勢約三万の東方武士団と忍び衆の精鋭部隊で、君達の相手をしてあげよう。それじゃあ……お望み通りにそろそろ始めようかな?」


 シャリムは微笑みながら腕を上げると、それを一気に振り下ろした。

 そして……それが開戦の合図となった。

 彼が従える大軍勢が、さながら洪水のように堰を切って、僅か十一名の私達を蹂躙せんと大量に押し寄せてきたのだ。


「……来たか。だが、勝負は数の致す所ではない。いや、むしろ大軍ならではの弱点と言うのがある。それは一度、恐れや迷いが伝染した大軍は、その戦場ではもう二度と立て直すことは出来ないことだ。……まずは、お前達の出鼻を挫いてやるとしようか」


 だが、大軍勢を前にしても陛下は少しも動じることなく、深く腰を落として騎士剣の切っ先を相手に向けたと思った、次の瞬間。


 ――陛下のあの技が発動していた。


「『牙神』ッ!!」


 駆け抜けた後の空気を焼き焦がし、残像を作り出していった程の陛下の奥義は、前方に迫った奴らの先遣部隊を瞬く間に肉片へと変えて、吹き飛ばしていった。

 それによって敵兵の叫び声や怒号が、敵陣の前方を中心として聞こえ始めた。



「凄いわ、さすが陛下が絶対の自信を持つ技ね。ヴァイツ兄、私達もいくわよ」


「うん、僕らだって最初から本腰入れて、彼らの相手をしなきゃね!」


 私は目の前で両腕を高速で交差し、印を組むと足元の影が膨れ上がり、まるで巨大な体躯を持った、荒ぶる猛虎のように変化していった。


「さあ、敵をその牙で喰らいながら暴れなさい、『巨獣影・虎咬牙破』ッ!!」


 跳躍した猛虎の影は敵陣の真っ只中に着地すると、その手で敵兵を掴んでは次々とその口に放り込んで、噛み砕き食べていった。

 そしてヴァイツ兄は連射式ボウガンの弦を張り、気を込めていくと、淡く光を放ち始めた無数の矢が、一斉に解き放たれた。


「『超弾道破砕弾』!!」


 敵の先遣部隊の肉体が吹き飛ぶ程に、激しく被弾した矢の数々は、そのまま襲いかかってくる軍勢の陣形に穴を穿ち、突破口を作り出していった。

 それを好機と見た仲間達は、そこを一点突破するように一気に突撃していく。



「エリクシア! あの女はどこだ!? 俺と勝負しやがれ、エリクシア!」


 戦いの最中において、ギスタが仇敵のエリクシアの姿を求めて叫んでいた。

 そんなギスタに襲い掛かる敵兵を彼はアサシンナイフで喉元を、そして心臓を掻っ切り、貫くことで返り討ちにしていっていたが、その声は不意に響いた。


「私なら……ここよ。私との再戦をお望みなら……また相手をしてあげるわ」


「……エリク、シア!! へっ、やっと姿を見せやがったな! 会えるのをずっと待ってたぜ。今度こそ、お前を倒してセッツの仇を討つ!」


 ギスタの前に姿を現したエリクシアと彼はこの戦場の真っ只中で対峙するが、そこへ野暮を入れようとする者は敵にも味方にも誰一人いなかった。


「へっ、さすがに周りも空気読んでくれてるんだな、嬉しいぜ。じゃあよ、そろそろおっ始めるとしようか、エリクシア!」


「ええ……」


 ギスタが殺意に満ちた目でエリクシアに斬りかかり、彼女はそれを弾くように短剣で受け止めると、生じた衝撃圧が二人を中心として周囲に飛び散った。

 ギスタとエリクシアの因縁の戦いが、ここに開幕したのである。



「さて、復讐を求めてきたのはギスタだけではありませんからねぇ。とはいえ、この激闘の真っ只中では、あの男だけを狙うのは至難の技。では、まずは目障りな雑兵退治に勤しむとしましょうか!」


 マクシムスは両掌からアーチを描くように高熱の炎を展開させ、頭上で両手を合わせることで、溢れんばかりの炎を圧縮した。更に……それを前方へと突き出すことで、膨大な熱エネルギーを敵軍勢に向けて解き放った。


「っっっ!! ぐぁわああああっ!!!!」


 その超高熱線は敵陣の中で大きな爆炎と共に爆発し、奴らを吹き飛ばした。

 その破壊規模たるやアラケア様の最高奥義にも劣ってはいなかった。


「私はこの時のために、あの男を殺すために、長き時を生きてきたのです。それを邪魔立てをしようとする者は、何者であろうと消えて頂きます」


 だが、混戦の中、そんなマクシムスの眼前に飛び入るように現れた男がいた。

 彼の強さを目の当たりにしても尚、己の勝利を確信して疑わない、その男は私もよく知る、そしてアラケア様にとっての仇敵とも言える相手だった。


「ほう、強いですなぁ。まず、私が戦うに値する資格の持ち主のようです。私の相手をして頂けますか、悪名高き傭兵団の長、マクシムス殿」


「確か……カルギデ・クシリアナ、さんでしたか? お望みとあらば、私は一向に構いませんが」


 その返答を聞くなり、カルギデの表情は瞬時にして歓喜に変わった。

 と、同時に彼は自身の両腕と、手にした鬼刃タツムネが掻き消えてしまう程の剣速で以って、先手を打ちマクシムスに仕掛けていた。


「なるほど……これは凄まじい斬撃ですねぇっ……!」


 それをマクシムスは両腕に装着した太刀筋を逸らしてしまう手甲によって、捌いて防いだ、はずだったが……その直後のことだった。


「っ……!?」


 エリクシアの姿に擬態した彼の右肩から鮮血が迸っていたのである。

 ドクドクと流れ落ちる血をマクシムスは手で押さえて、止血をするものの、その顔からはいつもの余裕の笑みが消えていた。


「油断大敵ですなぁ。次は本気でかかって来て頂けますか、マクシムス殿。それが貴方の全力でないことは、私には分かっていますのでね」


「……どうやら、貴方とまともに正面から戦っては分が悪いようですねぇ。では、ここからは武芸者としての私ではなく、ネクロマンサーの私として、貴方の相手をさせて頂きましょうか」


 マクシムスは天を見上げると、亡者のような悍ましく獰猛な咆哮を上げた。

 そのこの世ならざる者の叫びによって、戦場から一人、また一人と戦死者達がアンデッドと化して立ち上がり、戦列に加わり出したのだ。



「やれやれ、あっちこっちで強者同士の激突が始まってるみたいだねえ。でも、この戦場では君を止められるのは僕だけだと思うし、他のメンバーの加勢には向かわせないよ、ガイラン国王陛下」


「それは私とて同じだ。あのアラケアを倒したと言うお前は、ここで私が抑えておかねばならん。仲間達の負担が増えることになってしまうのでな。だから……お前は私が相手をしよう。来い、シャリムよ」


 シャリムはやれやれと肩を竦めると、腰に差した刀を鞘から抜き放った。

 だが、私にはその刀身はどこかで見た覚えがあった。あれは確か……。


「奇しくも手にしているのは同様に妖刀、とはねぇ。今、ここで僕と君が激突することを含めて、何らかの因果を感じるよ。まあ、いいか。どうせ勝つのは……僕だし、ね!」


 シャリムは羽織っていた暗色のコートを脱ぎ捨てると、刀を構えた。

 その全身からは戦場のどこにいても存在感を感じる程の、力強い赤いオーラが立ち昇り始め、この場にいる誰もが一時的に戦いの手を止めた程だった。


「さて、この僕に匹敵するかもしれない人類でただ一人の男、ガイラン。見せてあげよう、天賦の才に恵まれ、技を極めに極めた僕の剣の腕をねえ」


 そして対峙した陛下とシャリムは、構えたまま、しばし睨み合っていたが、膠着状態に持ち込むことに意味はないと悟ったのか、両者揃って口を開いた。


「それじゃあ、いくよ……?」


「ああ、私の方からも、な」


 そして、ついに満を持して両雄は……動く。


 ――陛下が繰り出したのは奥義、牙神!

 ――対するシャリムが見せたのはっ……!


 二人の激突の瞬間、迸るような閃光が戦場全体を覆う様に包み込んでいく。

 そんな中、私が辛うじて目で捉えられたのは、陛下とシャリムが刀を振るい、互いの体がすれ違っていった姿だけであった。

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