第百三十二話

 遂に本気を出したエリクシアだったが、その姿は異形の者なれど全身と両翼の虹のような色彩はどこか美しさをも感じさせた。

 そして虹色の怪鳥から放たれる、凄まじい気の高まりに私は確信する。


 ――今、窮地に立たされているのは、自分達だと言うことに。


「くっ……ヴァイツ兄。もうしばらく持ち堪えて。あと少しなのよ」


 私の能力の発動まで、まだもう少し時間がかかる。

 だが、今の状況は安穏としている場合ではなく、私は焦りを感じていたが、そんな時、ヴァイツ兄が私に向かって叫んだ。


「ノルン、僕らなら心配いらない! 自分達の身くらい守ってみせるさ! だからお前は雑念を捨てて、自分のやるべきことに専念してくれていい!」


 私はその言葉にはっとして自分を取り戻すと、自分が一番やらねばならない、自分にしか出来ないことに、意識を集中させた。

 あと少し、それまでヴァイツ兄とギスタが耐えてくれることを信じて。


「ちっ、まさか高等妖精種族のみが使えるって真の姿の解放ってやつかよ! ただでさえ手を焼いてたってのに、更に強くなったってことか!」


 ギスタがそう吐き捨てながらも、右手にアサシンナイフを握り締め、じりじりとエリクシアから距離を取りながら、攻撃の機を窺っている。ヴァイツ兄も同様だ。

 だが、機先を制し、先に動いたのはエリクシアの方だった。


「シャリム様の……大いなる目的の邪魔はさせない。後少し、後少しで……あの方と、私達のその望みが叶う。邪魔立てするなら……容赦はしない」


 エリクシアは突如として、両翼を広げて空へと飛び立った。

 そして上空で旋回するように飛び回っていたが、やがて空中で静止すると眼下にいる私達に向けて、羽ばたかせた翼から雨のように羽根を降り注がせた。


「ちぃっ……!!」


「ギスタ、ノルンを守るんだっ!!」


 ヴァイツ兄とその声に反応したギスタは私の前まで駆け寄って立ち塞がると、放たれた羽根の雨から私を守るように、それらを手にした武器で叩き落とした。

 だが、完全ではなく、二人は幾らかは攻撃をその身に受けてしまっていた。


「つぅ~~っ……痛いな。全部を防ぎ切るのは無理だったか。けど……ノルンは何とか無傷で守りきれたから、良しとしよう」


「だが、ああも空を自由に飛ばれちゃ、俺達は攻撃出来ねぇぜ。いや、空間跳躍すれば可能は可能だが、あれだけのスピードで動き回られたらアドバンテージがあるのは、悔しいがエリクシアの方だ」


 ヴァイツ兄はしばし考える素振りを見えていたが、何かを思いついたのか空を見上げると、ギスタに言った。


「僕が全力でジャンプするから、君は僕の背を踏み台にして、エリクシアに向かってその勢いを上乗せした上で、攻撃を仕掛けて欲しい。出来るよね、君の技量と空間跳躍の奥義ならさ」


「……ああ、やれないことはないと思うが、簡単にはいかねぇだろうな。けどよ……あの女に一発、ぶちかましてやれるなら俺は何だってしてやるぜ」


 ギスタの肯定の返事を聞いたヴァイツ兄は、しばらくタイミングを計るように上空からこちらを執拗に付け狙っている、エリクシアの一挙一動を見逃すまいとしていたが、やがてギスタに「行くよ」と合図を送ると、動いた。


「だあぁあああああっ!!!!」


 エリクシアに向かって高く跳躍したヴァイツ兄は、同時に連射式ボウガンの照準を彼女に定めて射ち放った。

 しかし彼女は人間の姿の時と同様に、精密で高スピードな動きで無数に迫ったそれらを易々と回避していった。

 だが、そこへギスタが続いて跳躍し、ヴァイツ兄の背を蹴って加速すると、彼女に向かって一直線に飛びかかっていった。


「喰らいやがれ、エリクシア! 暗殺奥義『鬼輪斬』ッッ!!」


 ギスタがアサシンナイフを振り下ろすと共に、車輪状の気の斬撃が放たれる。

 本来よりも加速して放たれたであろう、その奥義であったが、それでも空中のエリクシアを捉えるには至らず、不発に思われたが……。


「かかりやがったな、エリクシア! 本命の作戦はこっちの方だ!」


 その時、空中を跳躍していたギスタの姿が掻き消えた。

 いや、恐らくは全身丸ごと奥義によって空間を飛んだのだろう。

 私が目で彼の姿を探すと、いつの間にかエリクシアの背面に飛び乗っていた。


「その姿になって強くなったんだろうが、弱点もあるようだな、エリクシア! こうして背中に飛び乗っちまえば、もうお前は俺に手出しは出来ねぇ!」


 ギスタは怒号を飛ばすや否や、彼女の背面をアサシンナイフで斬りつけた。

 怒りのままに何度も何度も、斬っては斬り、そして突き刺し続けた。


「死ね! 死ねぇっ! エリクシアァ!!」


 エリクシアは苦し気に廃都市の建造物に体当たりをして、ギスタを背中から振り落とそうとするが、彼はしぶとく掴まったまま、尚も攻撃し続ける。

 やがて、血を流しすぎたのか彼女は羽ばたく力を失い、地上へと落下した。


 ――そして、ついにそれと時を同じくして、私は能力を発動させていた。


 私の切り札である、魔物ゴルグ達から戦う力を奪っていく歌をである。

 私は全身から淡い緑の光を放ちながら、力を込めて歌を歌った。


「神は最も最初にヒタリトの民をお作りになった……続いて我らの手足としての人間をお作りになられた……さあ、歌おう。未来永劫、我らヒタリトの民の繁栄を願い、そして、世界の隅々にまで遍く歓喜の光を」


 すると、その効果は瞬く間に戦場に広がっていった。

 東方武士団の武士達や忍び衆の暗殺者達の攻撃の手が緩みだしたのだ。

 私の予想では、魔物ゴルグの部位を体に移植を重ねたエリクシアにのみ効果が現れる可能性を期待していたのだが、ギア王国国王ダルドアの体液を口にしたことで、異能の力を得た彼らにも、その影響が出たのは私達にとって嬉しい誤算だった。


 ――だが、同時に私達の読み違いもまたあったのだ。


「……何なの、この歌は。力がほんの少しだけど……抜けていく。私やカルギデやシャリム様はともかく……部下達には大きな負担みたいね」


 先ほど空から墜落してきたエリクシアは、虹色の怪鳥の姿から人型をベースに背には虹色の両翼を、全身には羽毛を生やした、鳥人の様な形態となっていた。

 しかも……その手は血まみれのギスタを頭を掴んで、持ち上げていたのだ。


「くっ……くそおっ! お前らの切り札ってのは失敗だったってことかよ!」


 ギスタが血反吐を吐きながら、弱々しく言い放った。

 効果を期待してたエリクシアには、私の歌はさほど効いておらず、戦うだけの余力はまだまだ残しているようだった。


「幾らかは……私にも効果があるみたいだけどね。だけど、かといって……戦いに大きな支障が出る程じゃ……ないわ」


 エリクシアは手でギスタの顔面を掴みながら、勢いよく地面へと叩き付けた。

 だが、その時に舞った血飛沫はギスタのものだけではなかった。

 ポーカーフェイスのエリクシアの顔が僅かに苦痛に歪み、ギスタを地面に押し付けた勢いで彼女の体からも鮮血が吹き出していたのだ。


「へっ……ざまあ、みろ。さっき俺が何度もぶった斬って、やったからな。さすがの鉄化面のお前も……平然とはしてられねぇよなぁ、そりゃ」


「私にここまで傷をつけたのは……お前達が初めてだわ。けど、これしきの傷でっ……」


 エリクシアがギスタに振り下ろした拳で追撃を仕掛けようとしたが……その時、ギスタは彼女の顎を強烈に蹴りつけていた。

 蹴りの勢いでエリクシアの体は仰け反り、その隙にギスタは私の横まで空間を跳躍し、飛び越えてきていた。そこにヴァイツ兄もすぐに駆け寄って来る。


「ナイスプレイだったね、ギスタ。君のお陰でちょっとは勝機が出てきたかな」


「ああ、俺とお前の二人だけで、引き続きあの女と戦闘続行だ。妹にはそのまま歌わせててくれ。僅かでも効果があるってんなら、上出来だ」


 私はギスタにこくりと頷くと、雑念は捨てて歌うことに専念した。

 この二人なら勝負が拮抗し始めてる状態で、最後のひと押しをしくじることはないと、今ならそう信じられる気がしたのだ。


 ――そうして私達は再度、エリクシアと対峙した。


 この戦いで間違いなくどちらかが命を落とし、どちらかが生き残る。

 どちらに転んでも、彼女との最後の戦いになるであろう、この一戦に私は……いや、私達は全力を傾ける覚悟を決めたのだ。

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