第百二十五話

「こいつら、速いっ!! これでは考えている暇などないな……っ!!」


 投げ放たれた投擲物のように凄まじい速さで一斉に飛びかかって来た猿達に俺は咄嗟に奥義を繰り出し、螺旋を描くように光の波が奴らを飲み込んでいくが、肉を抉られつつ、それでも奴らは笑みを絶やさず、怯むことは一切なかった。


「ちっ、駄目か!」


 俺は人差し指と中指を揃えて天に突き出し、地面から壁のようにせり上げた覇王影で奴らの突進を遮って止めた。

 しかし影の壁に一体また一体と次々と重なり合って突進し続け、その凄まじい力技により今にも破られそうだった。


「まったく……この大陸に上陸してからというもの、自信を圧し折られそうな出来事ばかりだな。災厄の本場とはよく言ったものだ!」


 俺は右腕に黄金色のオーラを集中させ、最高奥義である光速分断波・輝皇閃を前方に向けて放つ。と、同時に、覇王影の壁を解除した。


「ぎぃぃっ!? ……あひゃひゃひゃぁぁーーー!!!」


 猿達を覆い尽くすような光の波が炸裂した爆発と、それによる衝撃波によって迫りつつあった奴らの群れは道路の向こう側へと吹き飛ばされていく。

 だが、すぐに着地し、再びこちらへと向かって走り始めた。


「駄目なのか!? 最高奥義を以ってしても!」


 俺の攻撃は奴らの体を損傷させているのは確かだった。だが、まるで痛みを感じていないかのように恐怖も躊躇もなく、ひたすらに向かってくる。

 そうして俺が手をこまねいていたその時、ギスタの叫びが聞こえた。


「おいおい、今度はずいぶん体格の大きいのを連れてやってきたぜ!」


 ギスタが向けた視線の先に俺達も目をやると、小柄な猿達に混じって他の個体より明らかに背丈が高く、一匹の筋骨隆々とした猿がこちらへとニタニタと笑みを浮かべながら、走って向かって来ていたのである。


「ずいぶん腕力に自信がありそうな野郎だな。面白ぇじゃねぇか! よし、あいつは俺様の相手だ!」


 喜々とした表情を隠しきれずにハオランは手にした戦槌を背に戻し、たった一人で大柄な猿の前まで進み出ると、俺達が止める間もなく向かい合った。

 だが、他の猿達はそんな一人と一匹には目もくれずに俺達へと飛びかかる。


「こんな北の極寒の地で毎日が退屈だったよな? 遊び相手になってやるぜ」


 ハオランは言葉が通じるかも分からない相手に話しかけていた。

 そんなハオランに警戒感を抱いたのか、やはり言葉を理解出来ないからなのか大柄な猿は仕掛けることなく、黙って聞いていた。


「よろしくな、俺様はハオランってもんだ。それじゃ、お前からかかってきな。決して自分からは先に手を出さないのが、俺様の喧嘩の流儀なんでな」


「なっ!? やっぱりただの馬鹿なんじゃないの、あの男っ!? こんな状況で何をやってるのよ!」


 まるであの怪物と喧嘩でもしようかと言うように、無防備で立つハオランにノルンは猿達と交戦中にも関わらず思わず大声を上げて、目を見開いていた。

 俺とギスタとヴァイツはすぐさま加勢に入ろうと駆け寄ろうとしたが、陛下は「好きにやらせてやれ」と言って、俺達が加勢に向かうのを引き止めた。


「さあ、どうした!? 来な!!」


 果たして言葉が通じたのか、大柄な猿は行動によって明確な答えを示した。

 ハオランの顔面を右拳でぶん殴ったのである。

 その猛烈な一撃により、ハオランの体は地に足を付けたまま、折れ曲がった。


「う、おっ……こいつぁ……さすがに……」


 だが、弱々しい言葉とは裏腹にハオランは大柄な猿の腕を左手で掴むと、更に右手でもう片方の腕も掴んで、相手の両腕からの動作を封殺してしまう。


「じゃあ、今度は俺様の番だな。これで躊躇なく攻撃出来るぜ」


 言い終えるや否や、ハオランの頭突きが大柄な猿の顔面に直撃していた。

 全身の筋肉を十二分に生かしたそれはさながら大砲の如き破壊力であり、鼻を潰された大柄の猿は、噴水のように顔面から血液を吹き出させた。


「ハオランは心配ない。面倒な流儀を優先するきらいがあるが、それでもあの男の膂力は大陸随一。そして喧嘩なら天下一なのだからな」


 俺達が手を焼いている猿達の中でも強力な個体と思われるあの猿と、素手でまともにぶつかり合っているハオランに驚きを隠しきれない俺達だったが、ただ一人、陛下だけは事もなげにそう仰られた。


「なるほど、除隊処分から再び聖騎士隊に返り咲いたのは伊達ではないと。では、俺達も負けてはいられないようですね」


 そう言い放った俺は黄金色のオーラを噴出させると、頭髪が逆立ち、俺の全身の筋肉が盛り上がり始めた。


「あの男の戦いからは学ばせてもらった。こいつら相手にはスピードよりもパワーに大きく割り振った方が、分が良いと言うことをな」


 飛びかかってきた猿の拳による攻撃を俺は左手で難なく受け止めると、拳を握りしめたまま、力任せに相手側へと押し返していく。

 そしてカルギデがそうしたように、自身のオーラを対象へと送り込ませた。

 すると黄金色のオーラで包み込まれた猿は、瞬く間に肉体が崩壊していった。


「これで一匹。だがっ……こいつらの数を考えると気力と体力の勝負だな」


 見渡すと、互角以上に戦えているのは陛下と王とハオランとマクシムスだけで他の面子は劣勢気味だった。

 俺は改めて敵の根城の難攻不落さを実感するが、考える暇もなく、次々と襲い掛かって来る猿達に援護に向かう余裕はなかった。


 ――そんな時だった。


「私が道を切り開く。通り道が出来た後は、私に続いて走れ。いいな?」


 陛下はそう言うと、体勢をかなり低く屈伸させ、その状態で剣を構えた。

 そして……全員がその声に反応し、陛下に注目した次の瞬間、陛下の体は雷を纏って、猿達の群れの中央を突破するように、蹴散らしながら駆け抜けた。


「っ!? 今だっ、陛下の後に続くんだ! 猿どもは無視しても構わない! だが、決して仲間と逸れるなよ!」


 俺が放った声を合図に、その場の全員が一斉に動いた。

 戦いを中断し、一目散に陛下が駆けていった方向に向かって走り抜けていく。


「アラケア、まだ余力はどれくらい残ってる?」


「七割程度は温存している。これから先も戦いはまだ続く訳だからな」


 俺の隣に並んで走るヴァイツが、それを聞いて安堵の声を漏らす。


「安心したよ。ここから勝ち抜いていくには君の力は間違いなく必要だからね。こんな状況でも、陛下と君がいてくれさえすれば、僕らはまだ希望を持てる」


「ああ、そうであってくれればいいんだがな……」


 俺達は走りながらも、時々後方を確認すると猿達はやはり追って来ていた。

 少しでもペースを落とすと、追いつかれかねない勢いだ。

 が、その時……俺の視界にふと猿達以外の誰かが映った。その人物は……。


「あ、あいつは……まさか! シャリム……いや、グロウス!」


 目を疑い、もう一度確認しようとすると、その姿はすでに消えていた。

 だが、あれは間違いなくあの男だった。見間違えなどではない。

 俺の胸中に突然、言いしれないような不安感が広がっていく。


「何? どうしたの、アラケア? 僕らの後ろに誰がいたって?」


「いや……何でもない、気のせいだった。それよりペースが落ちてるぞ。口よりも足を動かせ、ヴァイツ。でないと、猿達に追いつかれるぞ」


 今はともかく猿達から逃げおおせることを最優先とすべきだ。

 余計なことを言って皆に動揺を広げさせないためにも、一瞬だけ視界に映ったあの男のことは一先ずは頭から追い出した。だが……。


(どうやら、この廃都市での戦いはもう一波乱も二波乱もありそうだな……)


 それでも抑えようのない不安が、俺の胸中を支配していた。

 だが、俺はそれを決して顔には出さず、街中を走り抜けていったのである。

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