災禍の都市ティアラント

第百二十四話

「揃ったようだな、我が頼もしき臣下達よ。そして……カルティケア王、貴方達のご協力にも感謝します」


 翌朝、目的地である都市跡に向かう前、陛下の御前で俺達は勢揃いした。

 俺以外にはヴァイツ、ノルン、ギスタ、マクシムス。

 聖騎士隊からはハオラン、アルフレドが。そしてデルドラン王国の一行からはカルティケア王、ラグウェル、バーン、レイリアが、それぞれ集まった。


「して、ガイラン国王。あの猿どもに対抗する手立ては考えてあるのかな?」


 カルティケア王が腕組みをしながら、陛下にそう訊ねた。

 陛下は王を真っ直ぐに見据えて、その問いに答える。


「ええ、以前の失敗は敵にこちらの懐に入られたことだと、私は考えた。味方は同士討ちを恐れ、反撃もままならず悪戯に犠牲を増やしてしまったのが前回の反省点。だから今回はメンバーを少人数の最精鋭だけに絞り、突破を図ることにしたのですが、如何か、カルティケア王?」


「まあ、妥当でしょうな。余も異論を挟むつもりはない。こちらの面子は貴方と余を含めて全員で十二人。十分な数だと言えよう。それと、出発前に貴方にお渡ししたいものがある。受け取って頂けるか?」


 そう言うと王はバーンに指示して、包みに包まれた何かを陛下に差し出した。

 陛下は包みを開き、中から出てきた物を確認するが、僅かに眉を動かす。


「これは……村正か。私がミコトに与えたものだ。そうか、ミコトの死後にまさかこれが貴方の手に渡っていたとはな」


「知識がなくとも見ればすぐに分かった。それは妖刀であるとな。あまりに不吉な物故、貴国に返還するのを躊躇っていたのだが、万が一それが必要になる状況もあるやもしれんと、ここまで持ってきていたのだ。砕けた剣の代わりとしては十二分の務めを果たせるのではないかな」


 陛下はしばらく鞘に納められた村正を見ていたが、やがて予め腰に差していた騎士剣に加えてその村正を二本差しにした。


「感謝する、カルティケア王。この村正が騎士剣ブレイクブレイドに優るとも劣らない切れ味を誇ることは、これをミコトに与えた私がよく知っている。これから向かう先で行われる戦いを前にして、申し分ない贈り物だ」


「そう言ってくれると、持ってきた甲斐があったというものだ」


 王に感謝の言葉を述べた陛下は踵を返すと、全員に向けて言い放った。


「では、これより都市跡に向かう。数十分も進めば辿り着けるだろう。私から出せる忠告はただ一つだ。決して無理はするな。先に進むことより、自分の命を最優先に考えて行動しろ、いいな?」


「「「はっ!!」」」


 そして俺達はいよいよ進軍を開始した。

 再び雪が降り積もった大地を踏みしめて十二人の最精鋭が滅びし都へ向かう。

 道中、幸いにも敵からの襲撃はなかったが、逆に嵐の前の静けさにも思えた。


 ――そして、しばらくして俺達の目に飛び込んできたのは……。


 赤黒く輝く光の帯が緩やかに渦巻く、古き廃墟と化した街並みであった。

 黒い霧の中であっても、その煌々とした赤黒い光は肉眼ではっきりと見える。


「ずいぶん幻想的な光景だ。これほどの光源があるなら妖精鉱は必要ないな」


 これが何なのか、俺はグロウスの言葉を思い出していた。

 北の大陸には災厄の根源が渦巻く、大深穴アビスなる場所が存在すると。

 もしかしたら、ここがそうなのかもしれないと、俺は気を引き締める。


「ゆくぞ、都市跡に一歩踏み入れば猿どものテリトリーだ。もし混戦となった場合、最低でもスリーもしくはフォーマンセルで固まって行動をするのだ。必ず仲間と行動し、決して逸れるな」


 陛下のお言葉に俺達は頷くと、意を決して都市跡へと足を踏み入れた。

 そこは明らかに今まで踏破してきた場所とは、根元的に異なっていた。

 高度な技術で建設されたであろう建物が無数に建ち並び、しかもそのいずれも年月を感じさせるものの、殆どが朽ちることなく残っているのだ。


「恐ろしく静かだ。だが、気配は感じる。無数の何者かの息遣いがな」


「……前もそうだったよ。先日、都市跡に入った時も立ち並ぶ建物の間で、無音のままいつのまにか僕らは襲撃を受けていたんだ」


 ヴァイツがその時のことを思い出したのか、身震いしてそう呟いた。

 王国を出発した時と比べると、あの場所でテントを張っていた騎士団らは数を大きく減らしており、その疲れ切った顔を見れば、戦いに参加していなかった俺でもここで行われた戦いがどれだけ過酷だったかが容易に想像出来た。


「気を付けてよ、アラケア。あの猿達は単純に強さ自体がこの北の大陸を徘徊する魔物ゴルグよりも高くて、しかも知能が高いんだ。今もきっと僕らの動向を窺ってるのは間違いないんだからね」


「ああ、肝に銘じておく」


 俺はヴァイツから渡された都市跡のマップを確認しながら、先へ進んでいく。

 前の突入時にヴァイツが再度、足を運んだ時のことを考えて迷わないように、四苦八苦しながら都市跡の地形などをマッピングしていったのだと言う。


「しかし……この地にはずいぶん高度な文明があったのだな。この地面一つとっても、石造りではない未知の材質が敷き詰められているし、立ち並ぶ建物も我々以上の技術で作られたのだろうことは想像に難くない」


「ええ、私も最初は驚きました。この窓だって……」


 ノルンが拳の甲でこんこんと小突いた窓を見ると、どんな硝子よりも澄み、この寒さの中、結露すらしていなかった。

 俺は進む度に広がるこの都市の光景に圧倒されながらも、警戒を怠ることなく最奥部を目指して歩いていった。


 ――そして奥へ行くと、街並みは次第に血生臭さが漂い始めた。


 廃都市とはいえ、溜息をつきたくなるほど美しい街並みの通路の所々に、人間のものと思われる、流れ出た血が水溜まりのように広がっていたのである。

 だが、それを流したはずの人間の死体はどこにも見当たらないのだ。

 俺がそのことを疑問に思っていた所、それに答えるように陛下が口を開かれた。


「喰われたのだろうな。猿どもはあの時も部下達の肉や骨を貪り喰っていた。貪欲にただ獲物を殺して喰うことしか頭にない奴らだが、さっきヴァイツが言ったように知能が高い。今、すぐに私達を襲ってこないのも、私達の戦力を値踏みしているからだろう。だから……決して隙を見せるな」


 確かに先ほどから何者かの気配は一定距離を保ち、仕掛けてくる様子がない。

 だが、俺達はすでに奴らによって包囲されているようだった。

 見えない位置から前後左右いずれからも、こちらを取り囲んでいるからだ。


「数はざっと百体か。だが、このまま黙って行かせてくれるとも思えん。問題はいつ仕掛けてくるか、だな」


 と、俺がそう思っていた時だった。

 やや狭まった通路を進んでいた時、ふと俺達の視界を何か黒い影が横切った。

 更に屹立する建物の屋上や内部からも、一斉に複数の気配が揺れ動く。

 そして最後尾から振り返って背後を確認していたマクシムスも警告を発した。


「どうやら様子見は終わりですか。敵は痺れを切らして姿を現したようです。来ますよ……皆さん、戦闘態勢を」


 マクシムスがそう言った直後だった。

 左右の建物の窓や屋上から顔を出したのは、猿にも皺くちゃな老人にも見える肌の色が浅黒く、そして干乾びたような小柄な獣達だった。

 そして次に俺達を驚かせたのは、奴らが手にしていた物だったのである。


「あ、あれは……まさかっ!?」


 それはアールダン王国式ビッグボウガンだった。

 騎士団や黒騎士隊が装備していた対魔物ゴルグ用に開発された、強化ボウガン。

 その引っ張られた弦から矢が放たれ、俺達を目掛けて上空から降り注いだ。


「ちっ! 死体から装備品を奪ったのか!」


 俺達は弾かれたように駆け出し、空から襲い来る矢を巧みに回避していく。

 そして続けて俺は人差し指と中指を揃えて、天に向かって突き出した。


「『覇王影・獣乱舞』!!」


 無数の小ぶりの獣と化した俺の影が空に向かって次々と放たれ、空高くから一気にシャワーのように猿達に襲い掛かった。

 それは周囲の建造物を次々と破壊していったが、猿達はかなりの機敏さで躱していき、そのほとんどは被弾することはなかった。


「下がっていろ、私がやる。戦闘開始の挨拶代わりだ」


 陛下は騎士剣を抜き放って牙神の構えをとると、掛け声と共に通路先にも大量に現れた猿達の間を、一気にその後方まで駆け抜けた。

  蜘蛛の子を散らしたように、猿達が衝撃によって吹き飛ばされたものの、奴らは体の至る所からドクドクと血を流しながら、ケタケタと笑っていた。


「やはり浅いか。『牙神』を受けて、あの程度で済むとは脅威な肉体の強度だ。すでに取り囲まれているようだが、数人単位でまとまって動き、対応するぞ」


 俺達は陛下の指示通りに、俺とヴァイツとノルン。ギスタとマクシムス。

 そして陛下とハオランとアルフレド。カルティケア王とラグウェルとバーン、レイリアとで別れて集まり、それぞれ猿達と向かい合う。


「続けて襲って来るぞ! 気を付けろ!」


 俺は叫んだが、それを合図としたかのように猿達が建物の物陰からぞくぞくと姿を現し、それが俺達と奴らの本格的な戦いの幕開けとなったのである。

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