第百二十三話

「いずれもダール作程ではないが、名剣だ。だが、戦力ダウンは避けられんな」


 陛下は予備として持ってきた剣をずらりと並べると、その中の一振りを手にしながら、そう仰られた。

 刃が折れた騎士剣ブレイクブレイドはダール殿が生涯において、最高傑作と言わしめた業物中の業物だ。それと他を比べれば見劣りするのは当然と言えた。


「しかし無い物ねだりをしても仕方があるまい。敵に敗北を喫したとしたら、それは私が未熟だったと言うことだ」


 陛下はその剣を鞘に納めて腰にさすと、俺の方に振り返った。


「先ほどのお前が繰り出した奥義だが、見事だったぞ、アラケア。もし完全な形で成功させることが出来ていたなら、私の最高奥義にも匹敵……いや、相手の攻撃の威力を上乗せして放つことを考えれば、その破壊力はあるいは私を超えることもあり得るだろう」


「ご謙遜を。カウンターと言う限定的な状況でなければ使えない奥義です。それにまだ成功させるのも危うい有様ですから」


 これは決して卑下した訳ではなく、あの究極奥義が死と紙一重であることを、実際に俺自身が誰よりもよく理解していたからだ。

 失敗は即ち、相手の攻撃を無防備で受けることを意味するため、技としては非常に不安定だと言わざるを得ないのだ。


「今後も精進するのだな。お前が私達の本隊から逸れてから厳しい道のりを歩んできたのは想像に難くないが、よくここまでやって来てくれた。今日はここで私達と共に体を休めるがいい。お前の同行者達もここまでの道中で疲労が蓄積している様子だからな」


 陛下は近くにいた数人の騎士達に俺達に食事を出すように指示を出すと、俺とラグウェルとマクシムスらは一旦、別れて騎士団が予め野営していたのであろう、幾つも張られていたテントの中の一つへとぞれぞれ案内されていった。

 そしてそこには俺もよく知る面々、ヴァイツやノルンやギスタ達もいた。


「それにしても……君が海に投げ出された時は肝が冷えちゃったけどさ。でも、きっと生きてるって信じていたよ。だけど……こうして、久しぶりに君の顔を見たらさ。何だか、ずいぶんやつれちゃったみたいだね」


 俺達は再会を喜び、それぞれ地面に腰を下ろして火を囲みながら保存食を口にしていたが、ヴァイツが俺にそう口火を切った。


「ああ、これまで以上に無茶な戦いを何度も繰り返したからな。今、自分の顔を鏡で見たなら、確かにそれは酷い顔をしているだろう」


 そんな俺をノルンは今にも泣きそうな顔で見て、目に涙をためている。

 何か言いたいことがありそうだが、嗚咽のためにそれもままならない様子だ。


「だが……正直、俺一人だったなら確実に死んでいただろうな。ここまで生き残ってこれたのは、マクシムスとラグウェルがいてくれたお陰だ」


 俺は俺達から少し離れた場所で焚き火に当たっているマクシムスら傭兵団やカルティケア王の側で食事をとっている、ラグウェルにそれぞれ視線を送った。


「へっ、まさか吐き気を催す大悪党のあのマクシムスがな……。相変わらずエリクシアの姿に擬態してやがるってのは、気に入らねぇがよ。それにラグウェルのガキも、あんなにお前を恨んでたのにな……」


 ギスタもまたマクシムス達やラグウェルの方を見やったが、その顔は俄かには信じられないと言った表情である。

 ヴァイツは感謝のつもりか笑顔で向こうに手を大きく振ったが、マクシムスは僅かにこちらをちらりと見返しただけで、ラグウェルは照れ臭そうな顔を見せた。

 そんな中、ノルンだけが我関せずと言った感じで泣きそうな顔で俯いており、食事にも碌に手を付けていない。


「おい、ノルン。大丈夫か、泣きたいなら我慢することはない。感情を発露させてもいいんだぞ。言いたいことがあるなら俺が聞いてやる」


「う……うえっ……私は、アラケア様のご無事が、分かっただけでも……こんなに嬉しいことはないんですよ」


「そうか、お前に貰ったこの指輪もちゃんと指にはめているぞ。お守りのようだったから、もしかしたらご利益があったのかもしれんな」


 ノルンはそれでもまだ泣き続けて何事かを泣き声で呟いているが、それを俺は何も言わずにただ静かに見守っていた。

 そしてようやくノルンの嗚咽が収まってきた頃に、この場へと陛下が数人の白騎士達を伴ってやって来た。


「アラケア、食事中で悪いが、今後のことで話がある。そのまま楽にしながらでいいから、聞いてくれ」


 陛下は俺の真正面に腰を下ろすと、俺もよく知るある男の名前を出された。

 忘れたくても忘れられない、俺を圧倒的な力で破ったあの男の名を。


「元ギア王国宰相シャリムはこの先の都市跡近くに軍勢と共に陣を張っている。奴らもそこから向こうへの進軍には、手を焼いているようだ。何しろ、あの都市跡には強力な化け物どもが巣食っているからな」


「都市跡? この大陸にも、かつては文明があったと言うことでしょうか?」


 聞き返した俺の言葉に陛下は頷く。

 そして干からびた生物の腕と思しきものを、俺達の前に取り出してみせた。


「ああ、私達も一度はその都市跡に足を運び、そして敗走してきたのだ。これはその際に私達を襲撃し、こちらに大きな被害を出させた後、激闘の末に私が腕を斬り落とした、一匹の猿に似た化け物の左腕だ」


「この大陸に都市跡があったことも驚きですが、陛下やあの男も手を焼く程の猿の化け物ですか……。もしやそれも災厄の殲滅者と言うやつでしょうか」


 俺の疑問に答えるように陛下は続けてその害悪である、猿の名を口にされた。


「恐らくはな。あの猿達をシャリムは暴食の獣ガスラム、と言っていた。獰猛な食欲で人の肉でも何でも食い漁り、部下達も多くが餌食になった。だからシャリム達だけではない、私達もこの先には進軍出来ずにいたのだ。だが……そんな所へお前が現れてくれた。もしかしたら今なら膠着状態を崩すことが出来るかもしれない」


「期待してくださるのは光栄です。しかし陛下でさえ苦戦する化け物を相手に、私などが一人加わったとしても戦況は変わるとは思えません」


 しかし陛下は真剣そのものの表情で、俺をじっと見据えている。

 臣下として陛下の期待に応えたい気持ちは大きいが、俺一人が犠牲になるならまだしも、俺のせいで騎士団や黒騎士隊に犠牲を出させる訳にはいかない。

 俺はそう考えていた所だったが……。


「安心しろ、私も部下達にこれ以上の犠牲を強いることをするつもりはない。都市跡へは私を含む、選び抜いた少人数のみで向かうつもりだ。生半可な強さの者が頭数だけ揃えても、あの猿共には通用しないことは、実際に戦って敗走したことで、身に染みてよく分かったからな。だから私と共に向かってくれるか、アラケア」


 陛下は俺が危惧していたことを見抜いていたようだった。

 そしてもし俺が行かずとも、陛下は都市跡へ向かう決意をされていることも。

 ならば……俺の答えは一つしかなかった。


「……分かりました。微力ながら陛下の背中をお守りする位はしてみせます。そのような危険な場所に、陛下だけを向かわせる訳には参りませんから」


「すまない、よく言ってくれた。食料の備蓄も減ってきていたからな。お前が現れなければ、この大陸からの撤退も視野に入れていた所なのだ。神頼みなどしたこともないが、これも神の思し召しなのかもしれん」


 そう言うと陛下は立ち上がり、地面に置かれた猿の干からびた腕を、鞘からすらりと抜いた剣で突き付けた。

 すると、その腕は強い弾力で剣先を跳ね除けてしまった。


「覚えておくのだ、こいつらの肉体は半端な力では傷つけることも叶わん。太刀打ちできるのは、攻撃に気を纏える者だけだと言うことを。明日の朝、それが出来る者達だけで都市跡に向かう。だから……ヴァイツ、ノルン、ギスタ、お前達も明日は頼んだぞ」


 陛下は剣を鞘に納めると、踵を返し白騎士達と共にこの場を立ち去られた。

 だが、その去り際の表情は己の力だけでは、どうにもならないことを悟られた俺達がこれまで見たことのないような、そんなお顔だったのだ。

 それは来るべき明日の戦闘が、陛下であっても死と隣り合わせとなることを、俺達に否応なく理解させるには十分だった。

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