第百二十二話

 俺の体は思考によらず、無意識に動いていた。

 なぜなら害意に反応して動けと、そう暗示を自身にかけていたからだ。


「うおおおおおおおっ!!!」


 そして……発動させていた。

 ミコト戦で編み出し、奇跡的に成功させたあの最高奥義を超える技。


 ――究極奥義、光速分断波・無限螺旋衝をッッ!


 飛ばされていた思考を俺が再び取り戻した時、俺が目にしたのは放たれた光速分断波・無限螺旋衝が魔女の体を捩じるように飲み込んでいく様だった。


「ふふっ……素敵ね、アラケア。貴方が強ければ強いほどに、その体が欲しくなる。さすがは私達の王が危惧していた王を倒せる器の一人だわ」


 だが、魔女の口から放たれた言葉は焦りや苦悶ではなく歓喜。

 魔女はこの状況においても尚、笑っていたのである。


「まさかっ! この究極奥義を以ってしてさえ通用しないと言うのかっ!?」


 いや、螺旋状に突き貫いていく究極奥義の波動は魔女の体を捩じり流血させ、決して軽くはない負傷を与えていっている。だが、それだけだった。

 それでも魔女を殺すまでには至らないことを俺は理解する。

 つまりまだ俺は完全な形で究極奥義を成功させた訳ではなかったのだ。


 ――そして、魔女は動いた。螺旋の波に逆らい、こちらに向かって歩き出す。


「世界を蝕み続けている災厄って、何なのか知りたくはないかしら? 好奇心はあるわよね。だってそれが貴方の一族の悲願なんでしょう? 貴方も私達と同様に魔と一体化すればこの世の真実を知ることが出来るわ」


 魔女の両手が俺の顔を掴み、俺に口づけをしようと顔を近づけた。

 だが、その時だった。


「男女の営みの最中に悪いが、アラケアから離れて頂こうか、マダム!」


 魔女の横っ腹へと、これまで傍観していた陛下の牙神が激突した。

 その際に生じた衝撃が近くにいた俺にまで及び、何とか踏み止まるも、魔女は衝撃波が突き抜ける方向へと体が浮かび上がり、大よそ十メートル程先まで突き飛ばされていった。


「へ、陛下!?」


 陛下は俺の方をちらっと見た後、すぐに視線を魔女へと向けた。

 俺も倣って魔女の方を見たが、牙神を無防備で受けてさえ、魔女は平然と地に足をつけて堪え切ったのである。


「……重いな。あの女、細い体からは想像もつかない程に重量がある。私と同等かそれ以上か。今のはまるで強固な岩盤を打ったかのようだったぞ」


 陛下はまたも愛剣を見やるが、刃の亀裂が僅かに大きくなっていた。

 それでも動揺した様子がないのはさすがと言えるが、陛下が持つ最強武器さえ押し負けてしまう、鋼の強度を持つ魔女に、俺の方が戦慄を覚えていた。


「仕方がないな。あまり手の内を見せたくはなかったが、切り札を使うか。私の最高奥義『牙神・天波』をあの魔女に叩き込んでやる」


 そのお言葉を聞いた時、俺は安堵感と同時に僅かな不安を覚えた。

 陛下の強さを信頼していない訳ではないが、俺は内心で恐れていたのだ。

 度重なって晒されたこの大陸の異常とも言える脅威に、虎の子である陛下の最高奥義であっても、もしかしたら通用しないのではないか、と。

 その結果を知ることにより、更なる絶望が訪れることを俺は怖かったのだ。


「男女の関係に水を差すなんて野暮な真似をするわね、国王様。けれど私達を取り囲んでいる騎士団の面々も貴方を信頼しているようだし、貴方の存在が皆の精神的支柱になっているのが、よく分かるわ」


 魔女は手の甲で吐血した血をぐいっと拭うと、薄ら寒くなる笑みを浮かべた。

 その言葉通りに俺達から一定の距離を置いて見守っている騎士団や黒騎士隊は陛下に全幅の信頼を寄せた表情をしており、勝利を確信しているようだった。


「打ち砕いてあげるわ、その支柱を。知りなさい、この大陸の恐ろしさを。ここは生身の人間ごときが太刀打ちできるものではないと言うことを」


 魔女の姿が陽炎のように揺らめいた。

 と、思った時には魔女は陛下の目前まで急接近し、その剣を掴みぎりぎりと強く握りしめ始めた。軋むような音と共に剣身の亀裂がより広がってく。


「その剣、ずいぶん使い慣れているようだけれど、そろそろ壊れそうね。いくら貴方の腕が立つと言っても生身の人間が武器もなく、通用するような場所じゃないのよ、ここは」 


「やれるものならやってみるがいい、マダム。この愛剣とて名のある名工が打った業物、そうヤワではないのだからな」


 陛下は剣に気を纏わせると、力任せに引き抜いた。

 掴んでいた魔女の手から血が飛び散って、地面を赤く濡らす。


「お前の強さがどの程度か知るには、こちらの最強の技を出すしかあるまい。お前の竜鱗以上の皮膚装甲とやらを貫いてみせよう」


 陛下は体勢をかなり低く屈伸させ、剣を構えた。

 俺もこれまで2度だけ目にしたことのある、陛下の最高奥義の構えである。


「力強い気が立ち昇っているわね。けれど宣言するわ、私は決して避けないと。この身で以ってその技を受け止め、打ち砕いてあげるわ」


「ほう、良い覚悟だ。ならば……いくぞ!!」


 陛下の剣から全身へとバチバチと雷を纏ったオーラが広がり、間合いのない至近距離から陛下は疾走し、ついに牙神・天波が発動した。

 天を擘く程の轟音と眩い閃光と共に、陛下の剣の切っ先が魔女を捉える。


 ――そして、俺はその一部始終を目にした。


 正面から激突し、両腕で防御する魔女の肉を貫き突進するものの、心臓に突き付けた刹那、魔女が纏う赤黒い気に阻まれ、陛下の剣が砕け折れる様を。


「……ば、馬鹿な。陛下の騎士剣ブレイクブレイドがっ……折られた!?」


 砕けて大きく弾き飛ばされた剣の切っ先が地面に転がる。

 振り返った陛下は、真ん中で砕け折れた剣を眼前まで持ち上げ眺めると、今度は魔女を見やって呟いた。


「なるほど、私達が足を踏み入れたここは心底、人知の及ばぬ地らしい。だが、私がお前に与えたダメージはこちらが受けた損失に見合ったものだ。当然だ。私の最高奥義を受けて、平然とされていては沽券に関わるのでな」


 確かに見れば魔女の体はすでに満身創痍。

 先ほど俺が与えた負傷に加えて、陛下の最高奥義をまともに受けた代償は決して軽くはないものだった。


「ふ、ふふっ……言ったはずよ。この体はただの入れ物に過ぎないと。新しい体さえあれば、私は何度でも蘇ることが出来る。けれど、貴方達の命は一つだけよね。勝負は最初から、見えているのよ。ふふっ……あははははっ……まだ戦いは終わりじゃない。いずれまた会いましょう、国王様。そして、アラケア・ライゼ……」


 そこまで言ってから、魔女は前のめりに倒れた。

 赤黒い血がじわじわと地面を染めていき、魔女の体は完全に動かなくなった。

 それを確認し終えた俺は、陛下の側へと駆け寄った。


「愛用の剣のことは残念でしたが、お見事でした、陛下。しかし陛下が振るうに値する代わりの武器があればいいのですが」


「……ああ、恐ろしい女だった。ここまで手を焼かされたのは初めてだ。だが、最後の言葉を信用するなら、これで終わりではないということか。ならば尚更、新しい武器がいる。今、他の災厄の殲滅者とやらに遭遇すれば、私とて負けるかもしれんからな」


 そのお言葉に、俺も今までは陛下が負けるお姿など想像もつかなかったが、この大陸ではそれもあり得ることを身を以って理解していた。

 ここに辿り着くまで、それだけの過酷な道中を歩んできていたからだ。


「しばらくは予備として持ってきた武器で代用するしかあるまい。一先ずは、な」


 だが、伝説の一振りたる騎士剣ブレイクブレイドをして、ようやく互角の勝負に持ち込めた、あの強力無比の災厄の殲滅者との戦いが再びやって来た時、間に合わせの武器など通用しないことは、俺も陛下もよく分かっていた。

 俺は来るべきその戦いの行方に、一抹の不安を覚えていたのである。

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