第百二十一話
放った衝撃波が直撃するのと、俺のルーンアックスが魔女の首元に目掛けて斬りつけたのはほぼ同時だった。だが、しかし!
それらの攻撃は魔女に一滴の血を流させるにも至らなかった。
「やはりこの程度では歯が立たないか!」
だが、陛下の牙神すら有効打にならない相手に対し、元からこれしきの攻撃で通用するとは思ってもいなかった。しかし、とにかく攻めて攻めて攻めまくる。
なぜなら、俺の狙いは魔女に本気を出させることにあるのだから。
「続けていくぞ! 『光速分断波・螺旋衝覇』ッ!!」
振り抜かれたルーンアックスから螺旋を描いて放たれる黄金色の波が、魔女の全身を飲み込んで、その後方まで通り抜けていった。
今度はさすがに魔女も防御の体勢をとったものの、やはり効き目は薄い。
「あのグロウスと同じ家系の当主である割には、彼には遠く及ばないわね。まあ、それも現時点での話なのかもしれないけれど。何しろ、貴方は
「何のことだ? その王とやらは俺のことを知っていると言うのか?」
俺の問いにすぐには答えず、魔女は微笑みながら右手をこちらに向けた。
そして右掌の上でバチバチと雷を帯びて鳥の姿が形作られていった。
「ええ、とてもよく知っているわ。あの日、貴方が死の淵から目覚めた時、彼の感覚は敏感に反応した。まるで小動物のようにね。それと時をほぼ同じくして、同様に死から目覚めたもう一人の男のことも。貴方達二人がいずれは自身を脅かしかねない敵となり得ることを、彼はその時に感じ取っていたのよ」
魔女はそこで言葉を一旦、区切るとより大きくなった雷の鳥を伴ったまま、こちらへと向かって手を振り切った。
「だから試させて貰うわ、貴方の成長性を!」
すると優雅に形成された雷鳥が俺に向かって羽ばたいた。
あれが命中すれば感電によって、しばらくまともに動けるか分からない。
先読みによって事の起こりを見極めていた俺はすっと最小の動きで回避する。
「どうした、魔女ベルセリア。こんな小手調べの技では俺は倒せんぞ。俺が脅威だと言うなら、もっと本気を出したらどうだ!?」
俺はあえて魔女を挑発した。
実力で大きく劣る俺が勝つには、あの奥義によるカウンターを狙うしかない。
だからこれはあの女が乗ってくれるか、一か八かの大ばくちだった。
そして……その答えが出た。
「いいわよ。なら貴方を葬るに相応しい技をこちらも見せてあげるわ。貴方の狙いが何なのかは知らないけれど、ね」
ついに来た。俺の中で魔女の本気を引き出せた喜びと恐怖心が入り混じる。
俺は全身を脱力させると、魔女の動きを一寸たりとも見逃すまいと努めた。
そして魔女は……何らかの術を身に纏い始めた。
「これから見せるのはヒタリトの民が操った魔導の技ではない、私が災厄の殲滅者として王から貰った力よ。その特殊効果は……わざわざ教えてあげる程、私は親切じゃないから自分の身で確かめることね」
魔女はオーラのような膜を全身に覆い、ゆっくりとこちらへ歩み始めた。
警戒感と同時にその動きに勢いがないのを、俺は不可解に感じていた。
そして攻撃をする素振りも見せずに、俺の目前までやってきた魔女は言った。
「いきなり終わってくれないようにね。じゃあ……始めるわ」
俺は先読みで魔女の事の起こりを見極めんと気を張ったが、その刹那だった。
突如、体を突き抜けるような衝撃と共に、腹部に鋭い痛みが走った。
「ぐあっ! なっ、何!?」
俺は堪らず地面に膝をつく。
先ほどの言葉通りに魔女はその答えを教えることなく、俺を見下ろしている。
そして再び激しい衝撃が俺を襲う。
まるで見えない強い力で蹴りあげられたように、俺の体は宙を舞った。
「ぐっ……!!」
俺は自身に何が起きたか分からないまま、地面に何とか両の足で着地するが、先読みを用いても動きがまったく捉えられない現実に戸惑いを覚えた。
何しろ攻撃をしたと言う動き自体が一切、ないのだ。
にも関わらず、俺はいつの間にか攻撃を受けていたと言うあり得ない事実。
(……一体、何だ。俺は何をされたのだ。この謎を解かなくては、奥義によるカウンターで勝負を仕掛ける所ではない)
俺は魔女から一旦、距離を取ると努めて冷静に状況を考えてみた。
距離を空けてからは、攻撃が来る気配がない。
つまり接近してからでないと、使えない技だと言うことだろう。
「限定的な攻撃のようだが、攻撃手段が分からない以上、厄介だな。だが、何となく性質は掴めかけてきた」
俺は指先を噛んで僅かに出血させると、魔女へと近づいていった。
そして至近距離からルーンアックスを振り抜こうとしたその瞬間、またもや強い衝撃が俺を襲った。
「くっ……!!」
俺は腹部を抑えながら、何とか耐え切り地面を注視したが、それを見た時、俺は魔女が使っている力の正体をはっきりと確信する。
「……なるほどな、見抜いたぞ、お前の能力を。お前は一定範囲内にいる人間の思考を一時的に飛ばしているのだな? もし時を止めているのなら、地面に滴り落ちた俺の血液が気付かない間に増えているはずがないからな」
俺の分析結果を聞いて、魔女は感心したように微笑んだ。
「ご明察よ。よく見抜いたものね、アラケア・ライゼルア。まあ、それが分かったとしても、どうやってこの力に対応しようと言うのか、貴方のお手並みを拝見したいわね」
魔女が言った通り、技の正体が分かったことと、防ぎ切れるかは別の問題だ。
だが、恐らくこの思考飛ばしは高い集中力を要し、燃費が悪いのだろう。
他の攻撃手段と併用して使ってこないのはそのためだ。
ならば……付け入る隙はある。
「それでも近づいてくるのね。何か策があるのかしら?」
そう言い放つ魔女に俺は距離を縮めていくが、俺の頭には一つ疑問があった。
魔女は明らかに加減をしている。その気になれば思考飛ばしの間に、俺の首を手刀で掻っ切ることも出来たにも関わらずだ。
「なぜ俺を殺さなかった? 殺ろうと思えば何度も機会はあったはずだ。所詮、俺は格下の敵だと侮って遊んでいるのか?」
俺の問いに魔女は微笑むと、俺を頭からつま先まで舐るように眺めて答えた。
「いいえ、私は貴方を過小評価などしていないわ、アラケア・ライゼルア。だって加減をしないと、その体を醜く損傷させてしまうじゃない。私のこの体……作り出した手駒のアンデッド達に集めさせたものの中から、見繕ったものなのだけれど、そろそろ飽きてきた所だったのよ。だから貴方を気絶させてから、その力強さに溢れる体を私が頂こうと思ってね」
「……なるほどな、お前はその方法で現世を生き続けてきたと言う訳か。見た目は人間の女でも、中身は人ならざる何かなのだな」
まるで服を着替えるように、体を取り換えて生き続ける。
そのような存在がいたことに驚きは特になかったが、俺も大人しくこの身を利用させてやるつもりも毛頭なかった。
「仕掛けてこい、魔女ベルセリア。俺も次の一撃に賭けるつもりだ。加減をして、俺を倒せると思うなよ。お互い本気での勝負だ。今度こそ、お前のその思考飛ばしを破る光明を見つけてみせよう」
俺は更に魔女を挑発する。
強力な技であればあるほど使った瞬間に、大きな隙が生じるもの。
俺の通常の攻撃などまるで魔女には通用しない以上、勝機を見出すためにはその隙間をカウンターで突く以外になかった。
「じゃあ、正面から一撃。それで貴方の心臓を停止させてあげるわ。出来るだけ綺麗に仕留めてあげるから、覚悟することね」
これが最後のチャンスだ。
それが到来したことの気持ちの昂ぶりを抑えて、俺は全身を脱力させた。
そして両目を閉じ、自身に暗示をかけるように勝利への軌跡を思い描く。
「来い、魔女ベルセリア。勝つのは俺だ」
その挑発の後、ついに魔女の気配が動いた。
そして思考が飛ばされようとするその刹那、その害意に反応して俺の体は弾かれたように動き出していた。
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