第百二十話

「ぐっ……うぐ……魔女、ベルセリ、ア……」


 俺は放り出された豪雪の大地を這いながら、墜落の際に手から離れたルーンアックスを探し求めた。

 寒さと痛みで手足の感覚が鈍くなりながらも、俺は俺からそう遠くない位置に転がっていたルーンアックスを見つけると、柄を握り締めて立ち上がった。


「……無事か!? ラグウェル、マクシムス、皆!」


 俺は周囲を見渡したが、すぐに俺と同様に墜落の衝撃でラグウェルの背中から放り出された全員の姿を確認することが出来た。

 しかしその誰もが地面に横たわったままで、返事は返ってこない。

 だが、皆の無事を心配する暇もなく、俺の前にあの魔女が立ちはだかった。


「この大陸をここまで辿り着けた人間なんて珍しいのよ。長い歴史の中でも、グロウスぐらいのものじゃないかしら。それがこの時代ときたら、これほど大勢の人間が足を踏み入れてくるなんて今回はずいぶんと豊作なものね」


「饒舌だな、魔女ベルセリア。お前が何者なのか知らんが、大陸をより深く最深部まで進むには、まずはお前を倒す必要があるらしい。例えお前がいかに強大であっても、俺は……いや、俺達は決して屈さん」


 俺が言った通りに今、魔女の背後ではマクシムスが立ち上がっていた。

 その手には武器を携え、正面と背後から魔女を挟み撃つ構えである。


「ええ、分かってるわ。仮にも災厄の殲滅者私の仲間達の幾つかを潜り抜けてやってきた、

貴方達だもの。私だって、過信をすれば身を滅ぼすことになるでしょう。まあ、けれど私もそれらの一つに数えられる、この大陸の番人なのだけどね」


 魔女はそう言うと、手を天に翳した。

 その瞬間、俺は魔女の威圧感がより大きく強大に高まるのを感じた。

 五つ存在すると言う災厄の殲滅者の一つ、あの猛毒を放つ巨大飛行生物にも匹敵するかのような圧力を放つ魔女に、俺は自然と警戒感が増していく。

 そして大陸に上陸後、最大の戦いが始まると予感した、その時であった。


「困るな、マダム。私の目の前で、私抜きで事を進められては。そちらの男は私の友人なのだ。この戦い、私も一枚噛ませて貰おうか」


 いつの間に現れたのか、しかしそのお姿を確認するなり俺は思わず安堵した。

 俺の前に突如、現れたのは、あのガイラン陛下だったからだ。

 そして陛下が手にした剣によって、魔女の首筋に鋭い刃が当てられていた。


「凄い殺気ね、貴方。それに強いわ。ここまでの力強さを内に秘めた人間が、あのグロウス以外にいただなんて、人の世もまだまだ奥が深いと言うことね」


 首に剣を突き付けられていながら、それでも魔女は動じる様子はない。

 まるで死など微塵も恐れてもいないかのような振る舞いだ。


「生憎と、貴様とお喋りに興じるつもりはない。さっそくだが、死んで頂こうか、マダム」


 間合いのない密着状態から陛下の奥義が繰り出され、空が歪んで見える程のその剣の切っ先は、凄まじい暴風のごとき剣圧と共に魔女に炸裂した。

 その際の衝撃波で地面に積もった雪が舞い上がり、俺の視界をしばし閉ざす。

 そしてそれが次第に晴れていった時……俺の目に飛び込んできたのは。


「なっ!?」


 俺は思わず目を疑った。それもそうだろう、なぜなら……。


「ほう、驚いたな。私の『牙神』を素手で受け止めて平然としているとは。このような事は初めてだ」


 信じられないことに、魔女は陛下の剣を右手で掴んで止めていた。

 そしてぎりぎりと互いの力で押し合い、両者は膠着していたのである。


「……ば、馬鹿な! あり得ない、陛下の『牙神』が止められたなど!」


 だが、紛れもない現実に俺は思わず歯噛みする。

 今、目の当たりにした光景は俺が魔女に敵わなかったのも頷けるものだった。

 しかしそれでも陛下は動揺した素振りすらなく、両手に力を込めていった。


「ふっ、嬉しいぞ、マダム。武を極めてからと言うもの、私と対等に戦える相手がいなくなって久しかったのでな」


「そうでしょうね、国王様。これだけの強さを持っていれば、今まで満足に戦える相手を見つけるのも一苦労だったでしょう」


 陛下も魔女も互いに一歩も譲らず、両者揃って顔には笑みを浮かべている。

 だが、その均衡が崩れる時がやって来た。

 陛下が魔女に掴まれた右手から、剣を引き抜くと再び牙神の構えをとった。


「『牙神』ッッ!!!」


 先ほどよりも威力を増した陛下の牙神が発動し、魔女の後方まで駆け抜けた。

 魔女はその炸裂した勢いで仰け反ったものの、踏み止まり、そして……。


 ――ビキッ!!


 ……俺は、はっきりとそれを見た。

 陛下の愛剣である騎士剣ブレイクブレイドの刃がひび割れ、欠けた瞬間を。

 俺のルーンアックスと同様に、名工ダールが手掛けた伝説の一振りがである。


「ほう……これほどか、マダム。いや、魔女ベルセリアとやら」


 陛下は振り返って魔女の方を向くと、魔女と欠けた愛剣を交互に見つめた。

 一方で、その魔女も……。


「……血? これほど力が拮抗していると、いくら私の皮膚装甲が竜鱗以上の堅牢を誇ると言っても、ダメージを受けるのは避けられないみたいね」


 そう言った魔女の手と腕からは、流れ出た血液が滴り落ちている。

 それを見つめながら、魔女はやがて「ふふっ」と、微笑みを浮かべた。


「こんな貴重な体験をしたのは、グロウスと戦った時以来かしら。あの彼でさえ、一度はこの大陸の脅威に屈して敗走した訳だけれど、果たして貴方達はどこまで私達を楽しませてくれるのかしらね?」


 そして再び手を天に翳すと、空に投影された無数の目玉の間を先ほどと同様に稲妻が駆け巡り、天高くで増幅されたそれはより巨大な稲妻となった。


「これはかつてヒタリトの民が操ったと言う魔導の技なのよ。特大のをお見舞いしてあげるわ。とくと味わいなさい」


 閃光が走り、落雷が落ちると、白銀の大地は赤々と炎に包まれる。

 俺とマクシムス、そして陛下は雪原を疾走し、次々と放たれる稲妻を躱して魔女を目掛けて距離を縮めていった。そして……。


「『牙神』ッ!!」


「助太刀致します、陛下!」


 俺は陛下に息を合わせる形で自身の奥義である、光速分断波・螺旋衝覇を繰り出すと、俺達二人の必殺と呼べる攻撃が同時に魔女に直撃した。

 魔女は腕をクロスして防御の体勢をとったものの、肌が露出した部分から血が滲みだしている。


「まだまだっ……これで終わりではありませんよ」


 更にその背後からマクシムスが奥義である画竜点睛を放ち、魔女の頭上から彼女を飲み込むように命中し、炎上。その体を焼き焦がしていった。

 俺達は炎が轟々と燃え上がる様子を、固唾を呑んで見守っていたが……。

 だが、しかし……その時は訪れた。


「……私を前にして絶望をしていない。それだけでも評価出来るわ」


 声がした刹那、魔女がいた場所を中心として、燃え上がる炎が弾け飛んだ。

 そして……中から絶望を具現化したかのような、それが悠然と姿を現した。


「貴方達の目からは、希望の光が今も消えてはいない。まだ何か切り札があると言う顔だわ。今までの攻防はまだまだ貴方達にとって本意気ではない、と言った所かしら?」


 こちらへと歩いてくる、魔女のその姿は明らかに軽傷だ。

 幾らかのダメージは負っているものの、深手を与えたとは言い難かった。

 だが、魔女の言う通り、陛下はまだ最高奥義を温存している。

 そして俺も……この窮地で確実に物にしておきたい、奥義があった。


「陛下、ここは俺に任せてください。どうしても成功させたい技があるのです。それを会得さえすれば、俺は更に上のステージに行くことが出来ます」


 俺は脳裏にデルドラン王国でのミコトとの戦いを思い起こしていた。

 正直、まだ手探りの状態だが、一度は成功させた技なのだ。

 今、試してみる価値はあると、俺は横に並ぶ陛下よりも一歩前に進み出た。


「お前のことだ、その未完の奥義を完成させる自信はあるのだろうが、危険を感じたらいつでも横槍を入れさせて貰うぞ。お前が戦うのは構わないが、私もそれだけは譲れん。よいな、アラケア?」


「はっ」


 俺は陛下のお許しを頂いたことで、すっかり雪が溶けてしまった地面を踏み締めて、歩を進めると魔女と面と向かって相対した。


「今度は貴方が一人で相手をすると言うのね、アラケア・ライゼルア。力の差を理解していながら、勝機を見出している程の貴方の切り札。実に興味を惹かれるわね。いいわ、見せてみなさい」


 今、目の前にいる女は陛下と互角に渡り合う程の実力者。

 この至近距離で相対したことで、それがひしひしと伝わってくる。

 だが、あの奥義の特性を考えれば、そう言う敵にこそ有効な技なのだ。

 そう思い、俺は恐怖心を抑え込んだ。


「いくぞ、魔女ベルセリア。お前の首を、とらせて貰おう!」


 俺はルーンアックスを静かに構え、全身から黄金のオーラを絞り出すように噴出させると、大地を抉るような衝撃波を放つと共に魔女に向かい駆けていた。

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