第百十四話

「迂闊だった。まさかと思って、最初から思い至らなかったぞ。こいつらに空を飛行出来る可能性があったとはな……」


 目前で口から無数の触手を蠢かせて、異形と化した黒衣の者達を見据えつつ、俺は先ほど上空から異形の一体が落下してきた理由を分析していた。


「その可能性も考慮すると、こいつらは限りなく危険ですねぇ。胞子を吸気して僅か十数秒で発芽してしまう、その感染力。空から胞子をばら撒かれなどしては、鼠算に増えていくと言うことです。ワクチンが存在しない以上、念入りに焼却しておく必要がありますか」


 マクシムスは言い終わるや否や、両掌にそれぞれ黒い火球を出現させると、素早く突進し、異形達の口内に手で押し込んで、次々とその体内で異形の本体に炸裂させていった。


「これで……三体撃破。残る四体を頼みます、アラケアさん、ラグウェルさん」


 その言葉と同時に、俺とラグウェルもまた弾かれたように飛び出していた。


「ああ、引き受けた!」

「うん、任せて!」


 俺はこれまで以上の慎重さでルーンアックスに青白い火炎を纏って振り抜き、異形の体を両断すると、ラグウェルもまた灼熱のブレスを吐いて、最後の一体に至るまで、消し炭となるまで念入りに燃やし尽くした。

 今度こそ、すべての敵を倒した俺達だったが、失った犠牲の多さを考えれば勝利の余韻になど浸れず、しばし無言で燃えゆく仲間達を見つめていた。

 だが、そんな沈黙を最初に破ったのはマクシムスだった。


「奴らに寄生されたアールダン王国兵が近くにいたと言うことは、私達はガイラン国王が率いる、騎士団に限りなく近づいていると言うこと。一刻も早く合流して、この大陸の侵攻方法を考え直すべきです」


 マクシムスは眉一つ動かさずに俺達を見据えると、そう言い放った。

 悪人とはいえ、かつて俺と戦った時には自身の部下の死は惜しんでいた。

 今もその死を悼んでいない訳ではないだろうが、そのポーカーフェイスぶりにラグウェルは不満らしく、口を尖らせてマクシムスを見ている。


「ああ、そうだな。だが、残る仲間は俺とラグウェルを入れて十人か。この短期間にずいぶん減ったものだが、得られた情報もあった。彼らの死を無駄にしないためにも、俺達が有効に活用しなくてはなるまい」


 仲間達の犠牲を踏み越えて、決意を新たにした俺達は、より一層、慎重に北の大地を踏み締めて進み始めた。

 その道中に広がっていたのは……。


「う、うわ。何なの、これ。沢山、死んでるよっ……!」


「……ベヒーモスだな。それと、それに勝るとも劣らない巨躯の魔物ゴルグ達だ。それが……これだけ死んでいるとはな。倒したのは誰かは考えるまでもない。ガイラン陛下だ。こんなことをやってのけられるのは」


 俺はその光景を見るなり、思わずニヤリと笑みを浮かべた。

 陛下はたとえこの大陸であっても比類なき強者であることを、実際にこの目で目の当たりにすることが出来たのだから。


「実に規格外、なのですねぇ。貴方の国の国王は。そのことが私達にとって、追い風になるといいのですが。それでは、このまま進んで合流を急ぎましょうか」


 僅かながら希望が見え始め、陛下達の足跡を追って進み続ける俺達だったが、行く道はいつしか、すぐ右手が切り立った崖となっていた。

 崖は底がまったく見えない程に深く、暗黒の空洞のようになっている。

 そのすぐ側を、俺達はゆっくりと慎重に歩き進んで行く。


「どうやら、どこかでガイラン国王達の通った経路を外れましたかねぇ。このような場所を、大人数の騎士団が進軍出来たとは思えませんし」


「そのようだな。陛下達は俺達とは別ルートを通り、先へ進まれたのだろう。だが、陛下達が残していった足跡から判断して、上陸してからは俺達と同様に、更に北を目指しておられるのは間違いない。ルートは違えど、俺達もこのまま進めば、いずれどこかで合流するはずだ」


 俺達は崖への落下に細心の注意を払いながら、狭い道を進んだ。

 だが、飛行能力があるラグウェルだけは、漆黒の両翼を羽ばたかせて先行し、いくつもに枝分かれしている道先案内の役目を買って出ていた。


「大丈夫、この道はまだまだ奥に続いてるよ、アラケア! もうしばらくしたら、この道も少し開けた場所に出られるみたいだし、だから後ちょっとだけ辛抱して、そのまま進んでよ!」


 頭上からラグウェルが叫んでいたが、俺達が危惧していたのは何も、この崖から落下してしまうことばかりではない。

 それ以上に、もしここで敵に襲われたなら、俺達は一貫の終わりだからだ。

 だから感知能力をフルに発揮し、足を進めながら周囲の索敵も行っていたが、今、この瞬間に俺の感覚はここへと近づきつつある、何かを感じ取っていた。


「おい、マクシムス。どうやら急いだ方が良さそうだぞ。今、何者かがここへ急接近している。それも飛行する力を持った奴らだ。もし、こんな場所で襲われたなら、俺達には為す術もない」


「なるほど、ではペースを早める必要がありますねぇ。皆さん、聞こえていましたね? 今、聞いた通りです。進行速度を気持ち早めに……いえ、もう全力で走ってください」


 俺や殺し屋として訓練を受けた彼らであれば本来、綱渡りのような足場の移動は機敏に行うことが出来るのだ。

 ただ大陸上陸後からの次から次へと起きた異常事態に用心に用心に重ねて、移動ペースを抑えていたに過ぎなかった。

 だが、緊急を要する事態に、俺達は本来の動きへと移行した。


「アラケアさん、敵はどこまで近づいてきているのですか?」


「ここから北東の方角、約百八十メートルほど先だが、かなりの速度だ。敵は飛行している個体と人型の二人……だがっ、このままでは間に合わん! くそっ、俺が感知できる範囲外から、これだけの速度で接近されるとは見事に感知能力の穴を突かれたな……!」


 言っている内にも、その二人または二匹の敵はこちらへと距離を詰めてくる。

 そしてついにそいつらは俺達の頭上を通り越したかと思うと、再び舞い戻り、上空を旋回し始めたため、俺は見上げてその敵の姿を確認する。

 すると、そこにいたのは……。


「虹色の鳥、だと? あれはっ……!」


 頭上を飛び回っているのは、大きく虹のような鮮やかな羽を持ち、背中に何者かを乗せて羽ばたいている、一匹の巨大な雉のような鳥だった。

 だが、数旬後に響き渡った、その声を聞いて何者なのかを俺は理解した。


「当主殿、やはりここまでやって来れたようですなぁ! 強者のみが生き残れる、この魔の大陸へと! これから送るのは、まずは私から貴方達への挨拶代わりです!」


 虹色の雉に跨り、そう言い放ったカルギデは鬼刃タツムネを振りかざし、俺達が体を支えている足場となっている細い道に向けて、黒く光るオーラの波動を真っ直ぐに繰り出した。


「カ、カルギデ! お、うおおおおおっ……!!」


 俺達は動きが制限されてしまう狭い道で咄嗟に跳躍して逃れようとしたが、そんな努力も空しく、足場を広範囲に渡って大きく崩されてしまい、重力の法則に従って真っ逆さまに、眼下の急唆な崖下へと落下していった。


「ま、待ってて! アラケア、マクシムス! 今、助け……っ!」


 最後にラグウェルが俺達の名を叫んだのが聞こえた気がしたが、その声もあっという間に遠のいていき、聞こえなくなっていった。

 そして俺は共に落下していくマクシムスらと、光すら届かないような暗黒の大空洞内へと、望まぬ形で足を踏み入れたのである。

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